第16話 取引をしよう

 握手をしてさぁ本題に入ろうかと言うところで、割って入ったものがいた。


「おっと、ケンゴさんの前に俺に話を通しておきな」

 ダートは俺に話すときのような明るい声ではなく、ちょっとドスを効かせた声色で、俺の前に滑り込む。

 そういえばリンクスはヒーリング協会の会員であり、ダート含むこの世界の住人はあまり彼等を好まないと言っていたのを思い出す。


 当然そのような対応を受けるのは慣れているのだろう、眉尻を下げてただ申し訳なさそうに笑う。


「すまない、無視をしていたわけではないんだ。改めて商談の方を……」

「ヒーリング協会へ差し出す手なんて持ち合わせていないんでな!」


 握手をするために差し出した手を、パチンと払う。

 そう大した痛みは感じなかっただろうが、心の方はどうだろう。

 口角が下がって悲しそうな表情に変わったのを見て、俺はそれを放っては居られなかった。


「ダート……嫌いな相手だからって、やって良いことと悪いことがある」

 彼はこの世界では先輩でも18歳、俺は25歳だ。

 ピシャリと言った言葉に、なんだかバツが悪そうな顔をして、一歩横にずれた。


「リンクスさん、少し話せますか?」

「……えっ、ええ」

「女性を誘う際にあまり似つかわしい言葉ではありませんが、人目の少ないところを知っていますか?」


 もちろん、やましいことを考えているわけではない。

 彼女を知っている者に出くわせば、ダートのような感情を持つものに邪魔をされるかもしれない。

 先程商談が決まった露店商人に見られると、こちらもまずいことになるかもしれない。

 お互いの利益になる方法として、人目につかない場所を提案したわけだ。


「ではこちらへ」

 背を向けるリンクスを追うように歩を進める。

 ダートも納得のいってない顔をしているが、素直についてくるようだ。


 露店が立ち並ぶ目抜通りから一本裏路地の脇道。

 左右は壁に挟まれ薄暗い。


「隠れてこそこそしなきゃならないのは、悪いことをしている自覚があるってこったろ」

 ダートが後ろから吐き捨てた事で、リンクスの足が止まる。

 肩が震えているのは怒りか悲しみか、背中からでは表情が見えないので想像でしかないが、きっと嬉しいことではないだろう。


「ダート、話を聞いてからで良いんじゃないか? 何でも勝手に決めつけてたら話が進まない」

「俺は気が進みませんけどね」

 腕組みをしてそっぽを向くダートは放置して、俺は改めてリンクスへと問いかける。

 彼女は振り返って俺達のやり取りを見ていたようだ。


「商談に応じる代わりに、いくつか質問をさせて欲しいのです」

 少し彼女が警戒した気がするが、俺の得意の営業スマイルで、緩和に成功したようだ。


「何でもというわけには行かないが……」

「それで結構です」

 俺は笑顔を崩さずに、まずはリンクスに商談の内容を切り出させる。


「この度、私にダンジョン随行ずいこうの任が下されまして、そこにもって行く食料などを探していたのです」


 たしかダートが言う、日雇いで大銀貨2枚という、目玉が飛び出るほどの高給取りな仕事だ。

 俺の食ってる屋台飯なら500杯食える。


「しかし、同行する攻略班はアンチヒーリング協会の者で、仕方なく参加を認めているといった具合なんだ」


 彼女の顔から難儀な関係性を垣間見る。

 言葉遣いは男性の騎士のようなはっきりとした口調で、丁寧に話しては居るが、所々で声に張りがなくなる。

 真摯さを強調して少しでも信頼を得たいと、肩に力が入っている感じだ。


「そうか、だったら自分の食べ物は自分で確保しなきゃならないよな」

「話が早くて助かるよ」


 どこの世界にでも差別や軽蔑をする人間はいる。

 確かにこの団体は嫌われているのだろうが、その中にいる全ての人間が、軽蔑に値する人間だとは限らない。


 そして、俺の社会人経験は、彼女が悪人ではない事を告げていた。


「品物の提供の件は問題ない、少し割高になるが大丈夫だろうか?」


 ヒーリング協会員の貸与は元々かなり高額の依頼の筈だ。

 これっぽっちの経費など問題にはならないだろう。

 リンクスもそのように頷く。


「では今度はこっちの質問なんだが」

 少し身構えるリンクスをよそに、俺はさも気さくな雰囲気で切り出した。


「リンクスさんがヒーリング協会に入った動機を教えて欲しいなと思ってさ」


 こんな周知の上で嫌われている協会に、どういった人間が居るのかを知りたいと思った。

 彼らが関わるべき相手ではないのなら、今回の取引で最後にすればいい。


 リンクスは逡巡しゅんじゅんしたのち、とつとつと語り始めた。


「みての通り私はエルフだ……エルフは小さな隠れ里を作って暮らしているわけだが、そこで疫病が流行ってしまった。直ぐに死に至るものでは無いのだが確実に寿命を削ってくるものだ」


 リンクスの顔には心配そうな感情が現れていたが、同時に焦燥感のようなものも感じ取れた。


「ヒーリング協会へ入って、回復の魔法を学んだのだが……村に戻ることが出来ないのだ」


「それはまたどうして?」

「協会がヒールを独占したいからだろ」

 質問に答えたのはダートだったが、リンクスもそれに深く頷く。


「はじめは雰囲気のいい対応で入会させてくれたが、いざ村に戻りたいと話すと、豹変したように手のひらを返されたんだ」


 リンクスは先ほど頷いたまま顔を上げようとしないのでその表情は見えはしないが、握りしめられた両拳に力が入っている。


 だが、俺と違って根深い因縁を抱えたダートは、辛辣しんらつに追求を続けた。

「それでも、あいつらに従ってるってのは、君も同類ってことだろうがよ」


 力なく頭を横に振るリンクス。


「大金貨10枚で脱会できるらしいので、今それを貯めています」


 その額に俺もダートも驚いた。


「えっと、入会金が大金貨1枚で……1000万くらいの価値だったはずだから……」

 前世の価格にして約1億の違約金という事になる。


「まじかよ、えげつねぇな協会は」

 ダートも顔を歪めて、リンクスへ多少の同情を見せている様子だ。


「あっでも、今回のお仕事で……といっても日数にもよるのだが、目標金額に到達するかもしれないのです。だからそんなに悲観することでもないのだ」


 俺たちが彼女に同情の気持ちを向けたのに気づいたのか、慌てて両手を振りながら否定する。


 その気遣いと、しっかりしている風に見えるのにアタフタとする仕草に、俺はリンクスを信用しても良いと思った。

 やはり彼女は協会には属しているものの、非道な人間ではなさそうだ。


 俺は同じように感じたであろうダートの表情をうかがったが、その顔は硬く、何かを考えているようだった。


「取引に関して俺も一つ条件を付けたい」


 おもむろに口を開いてそう言ったのだった。

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