第15話 信用商売

「へいらっしゃいらっしゃーい」

 俺は露店の端でザルに商品を入れて叫んでいた。

 酷い喧騒の中、わりとみんな物珍しそうにこっちを見て行く。


 どうしてこうなった?


────話を少し戻そう。

 あれは水の魔法を研究するにあたり、水とそれ以外を分離して、純水を作り出す魔法を練習していた時だ。


「遠出する時にこの魔法はスゴく便利なんですよね」


 聞けば、移動には食料や水を数日分積み込んで出掛けるわけだが、夏の暑い日などでは、それが3日もたてば痛んでくるわけで。

 食べ物は生きたままの豚等も連れて行く場合があるのだとか。


「でも水が現地調達出来るだけでも、かなり助かりますからね」

 ちなみに、ダートが丁寧なのは、既に俺を兄貴と認めた後だからだ。


「だから水より悪くなりにくい酒なんかを積んだりはしますけど、馬や家畜、子供にはそうも行かないわけで」


 そりゃそうか。

 この衛生管理の行き届いていない世界で、生水を飲むのがどれだけ怖いことかは想像に難くない。


「これってさ、汚染水とか泥水じゃなくても行ける?」

「さぁ、やったことないっすけど」


 俺はおもむろに水気の多そうな果物、マンゴーに似た味のニムラを取り出して、魔法をかけてみた。


「ははは、妙なことするんですね」

 ダートが笑っているうちに、コップ一杯くらいの水が分離出来た。


「まぁ確かに、最後の緊急には良いかもしれないっすけど、それなら直接食べたほうが良くないですか?」


 それはその通りだが。


「それよりこっちだ」

 俺は水気が抜かれてシワシワになったニムラを持ち上げる。


「ドライフルーツみたいになってますね」

 ダートがクスクスと笑ったかと思えば、なにかに気づいたのか、はたと真面目な顔になる。

 それを見てある確信を持った俺はひとつ頷いた。


「干し肉、ドライフルーツ、何でも作れるぞ」


 元来天日干し程度の文化しかないであろうこの世界で、フリーズドライレベルの脱水はまぁないだろう。

 長旅のお供として持って行くには最高だ。



 というわけで、店舗を持たない俺たちは、首からヒモを通してザルを下げると、露店商の前を歩き始める。


「長旅に乾燥フルーツ、干し肉はいかがっすかぁ」


「なんだ、そんなものを売り歩いてるのは珍しいな」

 露店の店主が早速食いついてきた。


「新商品で、従来品より長持ちする商品なんですよ」

「へぇ、それは助かるな。ちょっと見せてくれ」

 俺は早速籠からニムラとマーレの干し肉を渡した。


「おお、これは……しかし、ちょっと干しすぎじゃないか?」

「はい、長持ちさせるためにかなり乾燥させてますが、口にいれて唾液でふやかせばわりと問題無いですよ」


 この世界の従来品は、確かに乾燥果物として売られているが、中身はほとんど生に近い。

 傷みにくくはなっているものの、カビが生えるか、食べるかの競争的な一面も多いと聞く。

 だったら、悪くなる前に食べれる量だけ従来品を買って、その後に食べるものとしてうちの商品を買って貰えれば良いわけで。


「乾燥肉は塩がしてありますので、お湯で煮れば出汁も取れますし、その後食べると柔らかくなってますよ」

 こういうのは具体的な使用方法を提示すれば売れ行きがいいって、前世の通販番組で言ってた。


「それと、そっちの袋に入っているヤツはなんだ?」


 ふふふ。もうこれに気付くとは。

 この行商人なかなかやりますな。


「味の元です」

「アジノ……はじめて聞く調味料だな?」


 これは、近場のレストランに協力して貰って、美味しいスープを作っていただき。

 そこから水分だけを排出したもの。

 つまり粉スープ。


 断じて前世の有名メーカーとは関係ない。


「コップありますか?」

「ああ、使ってくれ」

 俺はひと匙、味の元をカップに入れると、お湯を注ぐ。

 ついでにお湯の中には戻した肉を入れてあるので、それも一切れカップに浮かべると、行商人の前に差し出した。


「ほう、いい匂いじゃないか……どれ」


 行商人は口ひげをちょっと表面に浸しながらも、それを口にした。

 そして驚いたとばかりに目を見開く。


「これはうまい! あの少量でこんなに本格的な味が再現できるのか!」

「ええ、本格スープを材料に、水気がなくなるまで頑張っていますから」


 煮詰めているような表現はしたが嘘は言ってない。

 水がなくなるまで頑張ってるのは間違いない。


「品物は良い。しかしなぁ……」

 店主はスープで濡れた口ひげをハンカチで拭きながら少し苦い顔をした。


「Dか……」

 聞こえるか聞こえないか、ため息混じりにボソッと呟きながら悩んでいるらしい。

 これはきっとランクの話だ。

 信用に足りないというのが引っ掛かっているらしい。


「すいませんオートリさん、先に行かせちゃって」

 そこに助け船が入った。

「遅いよダート君。で、どうだった?」


 ダートはフードの隙間から片目だけを見せて、にひっと笑った。


「Bランクに昇格しました!」


 元々ランクアップ直前まで来ていたのだけど、後少し決め手に欠けていたらしい。

 それが先の「水魔法合宿」で色々な魔法の使い方を習得したことで、評価の高いクエストをこなせたらしい。


 今日は朝からその講習等に行って遅れると聞いていたのだ。


 そして彼が現れたことで、商談も手のひらを返したように進みだした。


「Bランクの方が取り仕切っているなら大丈夫ですな」

 先ほどの商人がホクホク顔で手揉みしている。


 俺がDランクということもあって、一歩踏み出せなかった回りの店主たちも続々集まってきては、サンプルを手にとって騒いでいる。

 物は良いんだから黙って買えば良いのに……と思わなくもなかったが。


 箱の上だけしっかりした乾燥果物で、下の方は乾燥が不十分のまま売る業者などもいるらしく。

 何度かそういう経験をした商人ならそれも仕方ないのかもしれない。



 殆どサンプルがなくなったところで今日は店じまいにしようと、露店街を離れた俺たちだったが。

 それを後ろから呼び止める声。


「そこの乾物屋、ちょっと商品を見せてくれ」

 ぶっきらぼうな言葉遣いだが、その声は女性で、しかも聞き覚えのあるものだった。


 振り返ると、そこには緑色のローブを着た女性。

 しかし、その耳は尖っていて、前世で言うところの人間ではない。


 その切れ長の瞳を一瞬細くしたと思えば、どうやら向こうにも俺と会った記憶を思い出したようだった。


「相談所の前でごろつきをカモっていたヤツか」

「ヒーラーの……ってか、カモられそうになったのは俺の方ですけどね」


 もう一度目を細めたが、今度は柔和に笑う。

「いや、カモったのは私か。有無を言わさずヒール代をせしめてしまったからな」

「半分貰ってしまった以上、俺も無関係とは言いにくいじゃないですか」

 俺が少し口を尖らすと、彼女は今度はしっかりと笑った。


 八重歯が覗くくらい口角を上げて笑うと、彼女は右手を差し出した。


「私の名前はリンクス。少し話す時間はあるか?」


 俺はそのほっそりとした手を握るのを一瞬躊躇い。

 ズボンで一度ゴシゴシと拭ってから握手をした。

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