第14話 現場復帰

「ランクDのくせに長期休暇は楽しかったにゃ?」


 久々なタマールさんの口の悪さに心をえぐられながら、俺はDランククエストを探す。


「やっぱりこれかな」


 俺はここ二週間誰も手をつけなかったであろう、スライム退治のお仕事を手に取った。


「アンタが休んでいたから、スライムが増えて困っていると苦情が来てるにゃ」


「これ俺専用クエストじゃあ無いんですけどね……まぁ受けますけど」

「行ってこいにゃ」


 俺は投げるように渡された受領証を引ったくると、颯爽さっそうと狩り場へ向かった。



 場所はこの間の近くではあったが、以前より林の奥の方だった。

 同じ農家からの依頼もあったが、今度は少し広範囲に散らばってるらしい。


「さて、やるか」

 気合いを入れたのは、視界にターゲットが映ったからだ。


 距離は10mはある。


 俺は水筒の水を地面に垂らした。

 そして魔法を選択。


 基本型の【オペレートウォーター】の印を結ぶと、その最後で指のお腹を上にして止める。

 すると地面で泥水になった筈の水分が、泥と分離して浮かび上がる。


 そこからさらに指先を立ててくるくる回すと、半径20cm程度で水分が回りはじめ、土星の輪っかのように平たく回転しはじめた。


 最後に指をスライムに向けると、その水分が滑るように加速し、対象を半分に切り裂いた。


「うおお。怖っ」


 自分でやっておいてなんだけど、対人で使う気にはなれない切れ味だ。


 運良く核は傷つけていなかったらしく、しおれたスライムからそれを拾い上げる。

「まず一匹!」


 その後も水を針のように尖らせて刺したり、散弾のように飛ばしたりしながら狩り続ける。


 不意に眩暈めまいがしたので一旦休憩を取ったのだが。

 MP《マジックポイント》という表示が2になっていた。


「危ない危ない。0になったら昏睡こんすいするんだっけか」


 ちょっと調子に乗りすぎたようだ。

 しかしまぁこの眩暈がある意味警報的な役割をしてくれて逆に助かる。

 掃除機のコードの赤いテープみたいなもんだな。

 ……最近の若い子はコードレスだから知らないか。


 などと一人考えていると腹がなった。

 ステータスも空腹と出ている。


「分かっとるわい」


 いつものように突っ込んでからお弁当を開く。

 屋台で買ったものを詰め込んだだけだが、これがまたうまそうなんだ。


 マーレをミンチにして、辛い香辛料で炒めたもの。

 ニムラやモイルをクタクタ炊いてとろみのあるスープ状にしたものにレールを……


 って、俺この世界の食べ物に馴染みすぎてる!!


 ニムラはマンゴーのような甘みの果物で、モイルは青リンゴ。

 レールははじめての屋台でたべたタイ米のような香りの良い穀物だ。



 そしてお馴染みマーレ。

 一度は食わないと誓ったものの、マーレの貴公子と呼ばれるようになった選別の仕事をしていると、もう食べ物にしか見えなくなっていた。

 もちろんあいつの見た目は蛙だが。


 その足の肉は前世の鶏肉と何ら変わりがない。

 むしろプリプリとしているのに油が少ないという奇跡の食べ物だ。



「くそっ、マーレうまいんだよなぁ!」

 何故か悪態を付きながら食べる俺。


 この世界でマーレを食べないと誓ったなら、食事の殆どは食べることが出来ないだろう。

 そのくらい一般的な食べ物だった。


 そして、昼食を食べるのにはもう一つ理由がある。


「ふぅ、腹一杯だぜ。どれどれ……」

 俺がステータス画面を見るとMPが80まで戻っている。

 食べ物に含まれる魔力を取り込んだことで回復したというわけだ。


 そして。


「おっ、さっきのスライムでレベルが8か」


 ステータスが見れる特権というか、醍醐味というか。

 レベルアップが表示されていた。


 色々なステータスにボーナスがついたので、体も当初よりすこし軽く感じる。


「流石にスライムでのレベルアップはきつくなってきたな」

 あとどれくらいでレベルアップするのかは、その欄の下にある青色のバー。

 それが右端まで延びたらレベルアップして、全部白に戻る。


 そしてそのバーは【魔法】や【剣】などの下にも表示されていた。

 熟練度というやつだろうか。

 今のところ魔法が一番高い。


「よし、今日はこれが溜まるまで狩るぞ!」


 一人やる気を出す俺だった。




「何なのにゃ、これは」


 日が傾く前に俺は相談窓口まで戻ってきていた。


「いや、スライム退治!」


 俺が持って帰った核は全部で238個。

 8時間労働であれば2分に一匹のペースだ。


「根絶やしにでもする気にゃ?」

 タマールさんの口がひきつっている。

 耳もピクピク動いている。

 いつも悪態ばかりの受付嬢の、この顔を見るために頑張っても良いかもしれない。


「根絶やしにはしていませんけど、増えすぎても困るでしょ」


 スライムの繁殖は倍々ゲームだ。

 分母が小さければ管理も簡単だが、一度増えてしまうとその数は天文学的に膨れ上がる可能性を秘めている。


 といっても、ある程度の数になると共食いをして、一定の数に保たれるのだが、そうすると一個体の容積や強さが上がっていくらしく、それはそれで困るのだとか。


 結局のところ、倒すに越したことはないわけだ。


「それにしても多過ぎにゃ、数えるのが面倒にゃ!」


 そこかよ。


「それは業務規定に入っているのでは?」

「シャーッ!」


 普通に威嚇されたんですけど。

 一瞬瞳孔が縦に細くなったし。

 この人役場の受付の人だよね?


 とりあえず数え終わるまで、待合室で待つことにしよう。


「復帰初っぱなから飛ばしてますね」


 そんな俺に話しかけてきたのは、ローブで顔まで隠れた男。ダートだ。

 半月の魔法の特訓に付き合って貰ったお返しにというか、最後は魔法の新しい効果が出る印を教えたりもした。


 魔法自体を教えるわけではないので、一応法律には引っ掛からないらしい。


「ああ、まぁ動かないまとだから簡単だよ」

「練習にもならないでしょう」


 確かに、もう少し実践に則した戦い方もしたいとは思うが……


「いや、しばらくはこれでいいよ。日銭が稼げれば」

「って、借金の返済もありますぜ?」


 くそう、イヤなことを思い出させる。

 そうでなくとも、所持金の下にマイナス表記されてる金額が目の端でチラチラし続けてるってのに。


「まぁ最初の返済期限は今月末なんだし、ボチボチやってりゃ貯まるだろ」

 俺は水筒を取り出して喉を潤す。


 ここトレマーズの溜まり場は、その見た目の柄の悪さに反して、アルコール類は一切禁止だ。

 まぁ公共施設だしね。


「そんなぁ兄貴、あの魔法で一発でかい山を当てましょうよ」


 そんなことをささやくダートは悪い奴ではないのは分かっているのだが。

 目を合わせようにもフードに隠れて見えないし。

 唯一見える口許は、嫌らしく歪んでいるので、どうやっても悪巧みにしか見えないわけで。

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