第13話 印との相性

 ダートに師事して早速水魔法を覚えることにしたために、当面の間お仕事はお休みだ。


「よろしくお願いします先生!」


 俺は気を付けをして、腰を90度にお辞儀をしたが。

 顔を上げるとダートは眉間にシワを寄せて睨んできていた。


「先生なんて呼ばれる柄じゃねぇぜ」

 照れているというより、はっきり嫌がっている様子。


「では何とお呼びしましょう?」


「じゃぁ先輩でいいから、そう呼べ」

「わかりましたダート先輩!」


 今度はわかりやすく照れている。

 先ほど眉間に寄っていたシワが深く刻まれているように見えたのは、そこに傷があるからだった。

 よく見ると、右の耳の下辺りにも大きな切り傷があったりする。

 生死をかけた戦いを繰り広げた証だろうか。


 自分自身怪我は負いたくないが、ああいう傷には憧れる。


「何をじろじろみてやがる。ほらやるぞ!」


 ダートは今度は少しイライラしたような口調で俺を急かしてくる。

 忙しい先輩だ。


「魔法ってのはな、印によって発動するのは分かるな?」


「ハイ先輩!」

 本当はよく分からないのだが、回復使いの女の子やエリーゼちゃん、当たり屋も使っていたから何となく分かるか

らまぁいいか。


 わりと適当な返事だったが、ダート先輩もひとつ頷いて次に進むことにしたようだ。


「まぁまずは真似てみろ」


 そういって指を空中で動かす。

 すると、練習用に用意したコップの中の水がくるくると回り始めたのだ。


「おお! すごいっすね先輩!」

 俺が手を叩いて、大袈裟に誉めたことでまんざらでもなさそうな顔をするダートであったが……。


 ────ここで黙っていたことがひとつある。

 魔法を習うに当たり、俺が最初に職を求めて初めて訪れた綺麗な方の公共機関で、お金のやり取りをした。

 まぁあそこは役場とか銀行みたいな業務を行う場所だ。


 そこで、俺は役場に金を借り、毎回の仕事から天引きされるように契約書を書いた。

 ダートのほうにはすぐに役場からお金が手渡されていた。


 契約が終わった際は、悲しいかなステータス画面に債務が表示されたわけだが。


 それと同時に、魔法の欄に【オペレートウォーター】と表示されたことに気付いていた。



 というわけでダート先輩にアゴでやってみろと急かされた俺は、ステータス画面の魔法を指で押す。

 すると画面に一筆書ひとふでがきの模様が現れたではないか。


 俺は苦笑を飲み込み、スタート地点に指を置くと、そのままなぞるように滑らせた。

 なぞった文字が一瞬発光して消えたと同時に、コップの水が回り始める。


「出来ました先輩!」

 コップからダートに視線を移すと、あのシャイでクールな先輩が、アゴを外さんばかりに口を開けて俺を見ている。


 考えれば俺は25歳、ダートは18歳。

 先輩と呼ぶにはちょっと歳の差が気になる。


 そんな下らないことを考える暇があるくらい、ダートは言葉をはっさない。


「ダート先輩?」

「お前今何をやった?」


 言ってる意味がよく分からない。

 俺はいまやってみろと言われた筈なんだが。


「印ってのはな、型にして体に覚え込ませるものなんだ。同じ動きを寸分たがわず行うことで正確に魔法を使えるようになっていくんだぞ!」


「つまり一発成功はあり得ないと?」

 ダートはまだ口を開けたまま頷いている。


「やだなぁ、じゃぁきっとまぐれですよ、やり方分かったんであとは自主練ってことで」


 ちょっとまずいと思ったんで逃げようとしたが、その肩を掴まれた。

「待てコラ、もっぺんそのまぐれをやってみろよ」


「そうですねやってみます、確かこうかな?」

 俺はさっきの動きをガイド無しでやってみた。


 もちろん魔法は発動しない。


「待てコラ! いまお前わざと適当にやっただろ!」


 ひぃい、バレてる!

 肩に置かれた掌の力が万力まんりきのようにギリギリと締め上げてくる。


「何も取って食おうってんじゃねぇんだ、印を正確にトレースできる人間は、珍しいがまぁまぁ居る。一発でってのは聞いたことがないが……もう一回ちゃんとやってみろ」


 取って食わないらしいので俺は、ステータスウィンドウの魔法の欄から、印の模様を出した。

 そしてそれをなぞってゆく。


 今度はコップの表面に薄い氷の膜が張った。


 それを見たダートは地面に手と膝をつき、ボソボソと呟いた。


「俺が習得したときは半月かかったのに……」


 あとで聞いた話だが、強大な魔法はその印も複雑で、習得するまでには殆どのものが腱鞘炎けんしょうえんで腕が上がらなくなるという。

 もちろん指でなぞるのは平面ではなく空中だ、俺のようにステータス画面がそこに無いなら、少し手前過ぎたり奥過ぎたりと、なかなかうまく行かないそうだ。

 師匠に当たる人物も、それが自分の書いている印よりどっちにどれぐらいずれているのかをずっと見ておかなければならないため、両方にとっての負担がものすごく大きいらしい。


「なんかごめん」

「いや、いいんだ。もう教えることは何もねぇ。短い付き合いだったが、もう先輩後輩は卒業だ」


 言いながら立ち上がったダートはなんだかすごく残念そうで。

 もっと先輩って言われたかったのかな?


「いえ、俺にとってはダートさんは先輩です、これからも先輩って呼んでいいっすか」

 まぁ心から思ってない訳じゃないよ?

 便利そうな魔法をこっそり格安で教えてくれた訳だし、実際にその辺は恩を感じている。

 それに、この怖そうだけどいい人と、気持ちよく付き合うために必要であればこのくらいどうってこと無いだろ。


 実際その言葉が嬉しかったのか。

 頬を染めると向こうを向いた。

「よせやい、でもお前が言いたいって言うんなら俺は構わねぇぜ?」


 ああ、この人……っていうか、あの窓口の人たちってみんな少し変だ。



 とはいえ魔法は一発で習得したのだが、すぐに帰ってしまうと自分があまりに非凡であることに目をつけられるかもしれない。

 ここは予定通り2週間ほど休んで、魔法の練度を上げる時間に使いたい。


 そう相談すると、ダートさんも快諾かいだくしてくれた。

 同じ魔法でも魔力の通わせ方等で効果が変わることもあるらしい。


 最初にコップの水を動かした魔法と、表面に氷を作った魔法。根本は同じだが魔力の込め方や、印の大きさなどが関係するらしい。


「よし、基本動作は完璧だぜ。あとは少しづつ変えてこの場面ではこの効果をって、ちゃんと使えるようにしていくんだぜ」


 まだまだ先輩から教わることは多いのだと胸を張るダート。


 しかし、すまん。

 魔法【オペレートウォーター】をタップすると分岐が出て、【水流操作・渦】と【水温操作・低】が派生してるんですよね。

 きっとこれを使うと、さっきと全く同じ効果が現れるんだと思う。


 実際に見比べてみると、二つ目の印は最後の線が長い。

 きっと2回目だったからと、勢いよく書いたのが原因だと思う。



 もちろんその通りなぞるだけで良いので、失敗することもなく。

 修行の後半は最後の書き方を色々変えて遊んだお陰で、魔法の分岐がえらいことになった。


 そしてダートもアゴが外れた。

 もちろん比喩ひゆである。


 しかしもう先輩とは呼ばせてくれなくなった。

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