第9話 マーレの貴公子
次の日から俺はマーレ選別の貴公子という二つ名が付いてしまうのではないかというほどの活躍を見せた。
些細なチートではあったが、お陰で俺の犯罪者生活は一週間で幕を閉じることになる。
「昇格にゃ」
窓口で茶色の耳をピクピクさせながら、タマールさんが笑顔で告げる。
「一度犯罪者になって心を入れ換えたのにゃ?」
全くそんなことはないが、お仕事はこれからちゃんとやるつもりではあるので、苦虫を噛み潰したような表情のまま頷いてやった。
「じゃぁ、Fランククエストを受けますね」
俺は選別所で思い付いたことを実践するために、クエストを絞ることにした。
「じゃぁ、キタムさんの家の雑草むしりと、薬草の採取でいいにゃ?」
こいつはどんだけ草むしりが好きなんだと言いたげなジト目を向けられる。
「どんだけ草むしりが好きにゃ」
「あ、口に出しちゃうタイプだ」
ぎろっと睨まれたが、石板を引ったくると、ダッシュで案内所を後にした。
さぁ、もう勘の良い読者ならお分かりだと思うが。
俺はキタムさんのおうちの草むしりをしながら、薬草になるものを避けて納品の足しにしたのだった。
お陰で効率良く仕事が出来たため、キタムさんからも高評価を頂いて、薬草の納品も同時に済ますことが出来た。
「報酬にゃ」
タマールさんは俺の石板の評価を確認すると、つり銭トレイに小銭を数枚放り込んで渡してきた。
この世界での初給料である。
23ヤーン。
丸一日働いて、しかも二つ掛け持ちしてこれだけか。
そんながっかりが顔に現れていたのだろう。
「Fランクならこんなものにゃ。もっとランクが上がれば大金も夢じゃないにゃ」
実際、Dランク以上の依頼書には前もって金額が書かれている。
逆に言うと、それ以下の仕事は出来高払いということなのだろう。
「逆に燃えるぜ!」
俺は訳の分からない自信と共にその日を終了させた。
「くっ……昇格にゃ!」
何故か悔しげにタマールさんがそう伝えるまでに2週間とかからなかった。
本来は一ヶ月程度かかることが多いのだが、俺が常時二つ以上のクエストをこなしたことで、少し早まった様子だ。
とはいえ、さすがにこの辺のご近所の庭という庭はむしり尽くしたし、3日前くらいからは薬草ももう必要なくなったのか、依頼に上がらなくなった。
それでも今度は自分からマーレ工場へ赴き、選別したものが間違っていないかを見分ける仕事をさせてもらった。
「さすがマーレの貴公子だ、手際が良いねぇ!」
あの時俺のことを値踏みして睨んできたおばちゃんがホクホク顔でこっちを見ている。
ていうか、マーレの貴公子ってアダ名付いてんじゃねぇか! おい、おばちゃん投げキスしてくんな!
そんな劣悪(?)な環境での仕事を終えると、管理職と言うこともあってか、少しは良いお給金を貰えた。
とはいえ毎日働いてもかつかつ程度のお金である。
「早く昇格してぇな」
と呟いて帰ったところでの、昇格のお知らせで俺は舞い上がった。
「Eランクからは魔物の討伐依頼なんかも出るにゃ」
「おおいいじゃん、ファンタジーぽくなってきたぜ!」
「ぽいてなんにゃ」
話の腰を折られたのが気にくわなかったのか、ものすごい睨んでくる。若干爪も出ている。怖い。
「で、どんなモンスターと戦えばいいんだ?」
「殆どがスライムとか、一角ウサギかにゃ。たいしたお金にはにゃらないけど、畑とか荒らすから定期的に討伐しにゃきゃダメなのにゃ」
まぁ困っている人を助ける事で貢献度を上げるってのは当然のことだな。
「オーケー、じゃぁ明日からはそれでも受けようかな」
「今からじゃないにゃ?」
「敵を知り己を知れば百戦あやうからずってね」
「何を言ってるにゃ、意味分からんにゃ、ばかにゃ」
酷い言われように悲しくなったので俺はカウンターを離れる事にした。
さて、気を取り直した俺の次の目的地はすぐそこだ。
カウンターから10歩ほど歩いたところで、フロアのテーブルにどすんと腰を落とす。
同じテーブルにはムキムキトゲトゲモヒカンお兄ちゃん達が座っている。
「なんだ小僧、俺たちに用でもあるのか?」
口の片方だけを上げて嫌味に笑う。
こう見えても彼らはBランクトレマーズ。
つまり町の人からとても信頼の厚い善人達だ。
「ああ、魔物について教えてくれないかな」
俺は背負い袋からワインの瓶を出した。
窓口へ来る前に、市場で購入したものだ。
「これが報酬だってか……へっ良いだろう。減るものではないしな」
快い返事と取ろう。
「だが公共施設での飲酒は他の人の迷惑だ、これは家に戻ってからいただくとするぜ」
マナーの良い彼らは割れないように丁寧に袋に入れると、改めて机で俺に向き直った。
「で、何が聞きたいんだ?」
「Eランクで出会う魔物の特徴と、発生地域について教えて貰えることがあれば助かります」
俺は丁寧に質問する。
彼らにとって情報とは命や金に近い価値があるのだろうと思うから無理は言わない、ただ出来る限りで良いので聞いておきたい。
「固くなるなよ兄ちゃん。そんなモンスターは俺たちはもう狩る必要ねぇからよぉ」
「助かります」
そして勉強会は夕方まで続いたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます