第8話 マーレ選別所

 翌日は少しゆっくりしてから出勤することにした。

 実際は自由出勤。

 仕事が欲しいならば行くし、要らないなら何日休んでも文句は言われない。


 俺は朝の一仕事が終わった大屋さんを呼び止めた。


「どうしたんですかオートリさん」

「もし時間があるなら、少しこの地方の事教えてくれないかな」


 実際は地方ではなく世界の事を知りたい訳だが、一応俺は南方の島国から来ていることになってる。


「はい、午前中のお仕事は終わらせちゃったので、大丈夫ですよ」


 エリーゼちゃんを部屋に招くと、椅子を勧めて、自分はベッドに座った。


「で、何が聞きたいんですか?」


────俺の質問にエリーゼちゃんは何でも答えてくれた。


 まずは通貨のヤーンについて。

 1ヤーンは小銅貨1枚。

 10ヤーンは大銅貨1枚

 そして、昨日俺が魔法使いに貰ったのは小銀貨だったらしい。


 一ヶ月分の家賃が小銀貨4枚で、400ヤーン。

 マーレスープセットが4ヤーンだったところを見ると、元の世界で言えば、1ヤーン=100円くらいの価値だろうか。



 次に魔法。

 実際に見たものも合わせて言うと。

 この世界での魔法は手で【いん】を切って発動するものらしく、空中に文字を描くように動かしていたのはその【印】だったらしい。

 確かに俺がステータスを表示させるために指を動かすのと似ている気もする。


 習得方法は、対応する精霊との対話なんだとか。

 その辺はあまり知らないらしく、今度また他の人に聞いてみることにしようと思う。



 市民ランクについて。

 これは俺が当初思っていた強さの指標では無いらしい。

 地域貢献度を表していて、そのランクが高いほど信用に足る人物であることの証しなのだとか。

 例えばお金を借りるとか、家を建てるとか、商売をするとかそういう時に関わってくるのだそう。


 特に地元の人間で無い流れ者等は、何をするにも信用あってこそ仕事を受けられる訳で、それを指標化して貰うことで便利に立ち回れるらしい。


 しかしそれは市民相談窓口を通した依頼でしかアップしないのだとか。



「えっと、それじゃぁエリーゼちゃんはFランクのままってこと?」


「ううん、その土地に住んで2世代目の人はEランク、私みたいな三世代目の人はDランクで……最高Cランクまで上がるよ」


 長くその土地に住むことで、信用があると見なされるのか。


「あんまりランクが低いと取引してくれないお店もあるし、受けられない依頼もあると思うよ」

「そっか、よそ者はまず信用を勝ち取ってからじゃないと、商売とか取引は難しいんだね」


 俺が納得したように頷くと、エリーゼちゃんもうんうんと頭をふる。


「で、他には何かある?」


 いっぱい聞いたのにまだエリーゼちゃんは大丈夫らしい。

 15歳だと聞いたが、この年齢でこの懐の深さは……お母さん!


「じゃぁ最後にひとつだけ……マーレって何?」

「蛙」


 蛙だった。




 昼も屋台で食事をしたが、マーレは避けた。

 代わりにニムラというペースト状の食べ物を選んだ。これはパンのような食べ物に塗って挟んで食べるようだ。

 これを選んだ訳は、果物っぽかったから。

 実際甘くて美味しく、マンゴーのような味がした。


 でも心に決めたのだ。

 もう、原材料は聞かない!




 昼食の後、市民相談窓口……へとおもむく。


「さて、Fランクで受注出来るクエストはと」


 ふとカウンターを見ると、タマールさんが手招きしている。

 招き猫なら縁起がいいのだけど、どうも表情から読み取るに、良い話を持ってくる雰囲気ではない。


「降格にゃ」


 嫌な予感しか無かったわけだ。


「降格って、最低辺のFじゃないんですか?」

「犯罪者と同じGまで落ちて貰うにゃ、ゴキブリのGと同じランクにゃ」


 俺が唖然としていると、他のトレーマーズ仲間から肩を優しく叩かれた。

 タマールさんを怒らせたのが悪い、頑張れよ。

 ということらしい。


「でも、掲示板にはFランクからしか依頼無いんですけど」

「そんなこともあろうかと、Gクエストを受注しているにゃ」




 タマールさんに渡された地図にある場所へと来てみると、そこは何かの工場のような場所だった。

 受付の女性に話しかけてみる。


「すみません、依頼を受けて来ました」


 受付の女性は、物凄い顔でこちらを睨む。

 こいつはどんな犯罪を犯したのかと値踏みするかのようだったが、あえてそこは説明せずにへらっと笑ってごまかしておく。

 ここで喧嘩でもしようものなら、G以下に落とされるかもしれない。

 あればの話だが。



 案内された先には沢山の人がいて、何やらかごの中をゴソゴソしている。


「あなたにはマーレのおすめすを分ける作業をして貰うわ」


 早速マーレかよ!


「この骨張っているのが雄で、雌は斑点が雄より多いから、雄はこっち、雌はこっち」


 それだけ言うとすぐに俺を置いて去ってゆく。


 そばにある黄色い籠の中を見ると、小さな蛙がウジャウジャ居て泣きそうになる。

 蛙嫌いな人ごめんなさい。


 というわけで一匹手に取る。


「骨張っているのが雄で……斑点が多いのが雌?」


 代わる代わる手に取ってみるが。


「分かるかこんなのぉ!!」


 俺は途方にくれて、俺の近くで選別作業をしている犯罪者の先輩にコツを聞こうとしたが。


「貴様! 雄の籠に雌が一匹入っていたぞ!」


 ちょうどその男性のところに監督らしき人物がやって来て怒鳴り始めた。


「今日の仕事報酬は無し! ムチ打ち10回!」

「ひぃぃいい!!」


 ミスに対しての刑罰がひどすぎるっ!

 心のなかで突っ込みをしている俺と、監督の視線が合ってしまった。


「お前、仕事を離れて何をしている、今日中に終わらせないとお前もムチだぞ」

「ひぃぃいいい!!」


 俺は自分の持ち場にすっ飛んで戻ると、籠から一匹取り出す。


「骨張っているのが……斑点が……」

 ぶつぶつ言うだけで全然見分けがつかない。

 半ば放心状態だ。


 そのうち蛙が手から飛び出した。

「や、やばい!」


 逃がしでもしようものならどんな体罰があるか分かったものではない。

 俺は慌てたが、ちょうとステータスウィンドウにぶつかったらしく、遠くへ飛んで行くことは無かった。


「ふぅ……危ない」


 俺はため息をついて、ちょっとだけステータスウィンドウに感謝した。


「ん?」


 そこでふと気づく。

 持ち物の欄にマーレが追加されている。

「あ、そっか持ってるから持ち物なのか」


 だがその表示をよく見ると

【マーレ雌】となっているではないか。


 これは天恵!!


 俺はその個体を雌の籠に放り込むと、次のマーレを手に取る。

【マーレ雄】

「雄だ!」


 それからは掴んでは放り込み、掴んでは放り込み。

 今日の仕事分をあっという間に終了させた。


「お前は新人の割に仕事が速かったな、以前にも犯罪を犯してGランククエストでも受けたことがあるのか? 明日はもっと沢山見て貰おうか」

 監督にそう嫌味を言われたが、俺は笑顔でそれに答えて工場を出た。


 俺は始めてこのステータスを見ることが出来る機能に感謝をしたわけで。

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