第7話 土下座と屋台

 さて。

 現在俺は正座して怒られている。


「まったく、何をやってきたにゃ!」


 お相手は猫の獣人族であるタマールさん。

 市民相談窓口の職員だ。


 俺が持って帰ってきた石板を見るやいなや。

「そこに座るにゃ……ちがうにゃ! 床にゃ!」

 と怒り心頭にまくし立て、既に30分。


「まぁタマちゃん、その辺で許してやんなよ」

 モヒカンの助け船さえひと睨みで押し返す。


「わかってんのかにゃ、わかってるんなら何で怒ってるか言ってみるにゃ!」


「はい、つまり、私の接客態度が悪く、おじいさんに不快な思いをさせてしまった上に、いい加減に剪定せんていをしたことで景観が悪くなったと苦情が入ったわけですね」


「しかもその上にゃ」


「しかもその上5段階評価の1を頂いてしまい、この相談窓口の評価を下げてしまったのが原因なんです」


「わかってきたにゃ」


 少し怒りが収まってきたのか、猛攻を止めてくれた。


「じゃぁ、土下座にゃ。額擦り付けるにゃ」


 収まってなかった。

 俺は仕方なく、恥を捨てて頭を下げた。


「擦り付けろにゃ!!」


 下げたが、目の前のステータスウィンドウが邪魔してこれ以上頭を下げれない。

「うごっ!」


 後頭部を踏みつけられて、床に押し付けられる。


「何を抵抗してるにゃ、擦り付けるにゃ!」


 語尾にゃの獣人女性に足蹴にされ、ちょっとだけ新しい門が開きそうになったが、俺の精一杯の土下座と、彼女の踏みつけによって床が抜けた。

 俺の頭は板をぶち破って下に潜り込んだ。


「それでいいにゃ、これからは市民に対して誠意一杯媚びるのにゃ!」


 動かない俺を放置してタマールさんはカウンターへ引っ込んでいった。

 その光景に、ワラワラとB級トレーマーズ達が寄ってきて、俺を抱え起こしてくれた。


「大丈夫か?」

「ここまでやられる奴は始めてだぜ」

「あそこまでプライドを守れるなんて男だなお前」


 自分はすぐにでも床に擦り付けるつもりだったが、ウィンドウが邪魔しただけなどとは言えない。


「大丈夫です、怪我はしてません」


 心配してくれてるのは分かるが、俺はその手を振りほどくと走って外に飛び出した。


 ぶっちゃけ恥ずかしい。

 仕事初日で大きなミスをして、みんなの前で土下座させられて、頭踏まれてちょっと興奮してた自分が恥ずかしい。


「しかも、達成報酬貰えなかったし!」

「ぐぅぅ」

 腹が返事をする。

 ステータス画面に【空腹】の文字が光る。


「やかましいわ!」


 転生二日目も涙を流しながら、ステータス画面をパンチした。

 痛い。


 と思ったが、よく見ると所持金の欄に100と表示されている。


「あ、そう言えば、魔法使いさんに銀貨を貰ったんだった」


 ポケットをゴソゴソとまさぐると、お目当てのものを見つけた。

 これでどれだけの食事が出来るか分からないが、とりあえず目抜通りで食事でも買おうと心に決めた。



 この町の大通りには沢山の店がある。

 その店の前には屋台が並んでいて、とても活気がある。


「おじさん、このスープ頂戴」

「串おまけしてくれよ」

「明日は隣の店で食べようかな」


 人の声が絶え間なく聞こえるそこで、俺はキョロキョロしながら一人歩いている。

「ぐぅぅ」

 俺と会話してくれるのは腹の虫くらいのものだが、これだけ食べ物の並んだ場所を歩いていればその声も大きくなるというものだ。


「どんな飯か分からん」


 しかし残念ながら、見たことの無い食べ物ばかりで、どれを選べば正解なのか俺には判断がつかない。

 とりあえず繁盛していそうな場所に近づいて、列に並ぶことにした。


「まぁこれだけ腹が減ってるんだ、何を食べてもうまいだろ」


 朝からなにも食べていないので、何でも良いから腹にいれたかったし。その後腹を壊したとしても、今食べろと腹の虫がうるさすぎる。


 5分ほど待って俺の前の人の順番になったので、後ろからこっそり食事を覗いた。


 パラパラした米のような形の黄色い食べ物を盛った横に、緑色のスープが注がれている。

 スープからは骨が突きだし、ちょっと異様な感じがしたが、それを前の人は笑顔で受け取って席に持ってゆく。


「お兄さん何にする」


 店のおじさんが話しかけてきて焦る。

 色々あるのか……。しかし、外れは嫌だ。


「さっきのと同じで」

「マールスープにレースだね」


 俺に答える頃には器を手に持って食事を注ぎ始めている。なれた手付きだ。


 俺はポケットから銀貨を一枚出すとおじさんに渡した。


「はいお釣り、96ヤーン」


 二種類の硬貨をジャラジャラと俺の手に乗せると、もう片方の手にお皿を渡してきた。

 俺は次のお客さんの邪魔にならないように、避けながら唖然としていた。


「これは4ヤーン?」


 聞きなれない単位だが、あの銀貨一枚で、これを25杯食べれるのかと思うとちょっと驚きだ。

 この街でお腹いっぱい食べ歩きしても20ヤーン使えるかどうか。


 あの銀貨一枚の価値を少し甘く見ていた。


「さて。こっちはどうだ」


 俺は恐る恐る皿を見る。

 緑のスープは美味しそうな香りを発しているが、色が色だけに二の足を踏んでしまう。


 先程前に並んでいた女性の方を見ると、スプーンを使って混ぜて食べているようだ。


「よし、ほうれん草のグリーンカレーだと思え」


 自分に言い聞かせながら、混ぜて口に運ぶ。


 まず最初に感じるのは、鼻に抜ける爽やかな香り、確かにこれはカレーのクミンのようなスッとする感じ。


「この香りはこっちの米のような食べ物からか」

 清涼感の正体は米のような食べ物、食感は柔らかいが日本の米のようにベタベタしていない。

 商品名がマーレスープにレースという名前だったことから、たぶんこれがレースなのだろう。


 だったらこのスープはマーレスープというものか。

 レースに絡む緑色のスープは塩味で、相性が抜群だ。


「この骨は、マーレかな?」


 何かの生き物なのだろうか。

 骨の大きさからするとウサギ等よりは多少大きな生き物のようだが。

 骨を持ち上げると、そこについていた肉が自然と剥がれ落ちる。

 長時間炊いた肉なのだろうか、口に入れるとホロホロと崩れ、食感でも楽しめた。


「ああ。これはうまい!」


 さっきまで悩んでいた自分がバカバカしくなる。

 きっとこの辺の店はどこでも旨いんだろう。

 俺は明日の食事に想いをせることで、落ち込んでいた気持ちも少しは回復してきていることを感じた。


 最後のひとすくいが上手くスプーンに乗らなかったので皿を持ち上げたが、顔の前のウィンドウに引っ掛かって上手く食べれなかったのを除いて、概ね気分は回復した。



「今回怒られたのは仕方ない、確かにあれは俺が悪かった。明日からは真面目に取り組もう」


 食事の帰りにそう呟きながら歩く。


「きっとタマールさんも、俺の就業態度を心配して怒ってくれたんだ」


 俺はそう解釈することにしたが、相談窓口の星評価が、彼女のボーナス査定に関わってくるからだということは俺は知らないままだった。

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