第6話 市民相談窓口
俺が戸惑っていると、野次馬の中から一人の人物が現れる。
緑色のフードを目深に被った細身の女性は、すぐに彼のとなりにしゃがみこむと、傷口を手に取る。
その拳は砕けており、骨が見えている場所もあるようだ。
「だいぶ酷い様子ね、ヒールをかけてあげるわ」
女性がもう片方の手で空中に文字を書くように動かすと、砕けた拳がみるみる治ってゆく。
「すっげ、本当に魔法だ」
俺から出た言葉が耳にはいったのか、女性は呆れ顔でこちらに視線を向けたが、すぐに当たり屋に話しかけた。
「さて、当たり屋さん。ヒール代もらえるかしら?」
男はビクッと肩を震わせるが、俺を指差してこう言った。
「あいつが俺の拳を潰したんだから、アイツから取れよ!」
俺は目を
「貴方が先に殴りかかって、それを彼が障壁で止めたように見えたけど?」
ため息混じりに魔法使いの女性が言葉にすると、野次馬もそうだそうだと同調した。
「せめてこいつの鼻はそこの兄ちゃんのせいだろうが、そこは間違いねぇんだ」
彼の正当性はそこしかないわけだが、魔法使いはその男の治った腕を捻りあげた。
あの細い腕にそんなに力があるのだろうかと思わせるほど、男は痛がっている。
「となり町でも当たり屋やって、顔が知れたから流れてきたクチでしょう? 今回は運がなかったって早めに退散しておけば良かったわね」
きっと図星だったのだろう、男はこっちを一度睨んでから、空いた方の手で銀貨を2枚取り出した。
「ホラよ、離せってんだ」
「早くしないと、そっちの彼の鼻も治しちゃうわよ?」
魔法使いの女性がそういうと、それ以上ヒール代をたかられるのは勘弁という事なのか、慌てた様子の男は鼻血で顔が汚れた仲間を立たせて、野次馬の輪を掻き分けて去っていった。
「危ないところを助けていただき、ありがとうございます」
危機が去ったとみるや、現金な俺は魔法使いに頭を下げた。
「余裕だったじゃない、ああいう連中に絡まれたら、普通の人間ならすぐにお金を支払って逃げるわ。でないと殺されちゃうでしょ?」
「そんなに物騒な話でしたっけ」
俺はきっついパンチを一発貰うくらいのつもりでいたんだが。
「貴方が
魔法使いは鼻で笑うと、銀貨一枚をこちらに投げて寄越した。
俺が慌ててキャッチする間に、魔法使いは踵を返して去っていくのだった。
「障壁って、貴女が張ってくれたんじ……グハッ」
俺の呟きを吹き飛ばすように、背中をどつかれた。
「兄ちゃんのビビってる演技が上手すぎて、俺達まで騙されちまったぜ」
「この建物の前で立ち回るなんて良い度胸じゃねぇか」
ガハハと笑うのは、先程のコンビニヤンキー……ではなくモヒカン達。
今度はこっちに絡まれるのか!
「で、兄ちゃんは怪我しなかったか?」
「どこか痛いところがあったらポーション使ってやるぜ」
そう言いながら俺の体のあちこちを見回してくる。
ん?
なんかイメージに無い言葉を聞いた気がする。
「災難だったな、今時当たり屋なんて流行らねぇぜ」
「全くだ、ああいう民度の低い連中にはこの町からさっさと出ていって欲しいもんだな」
と、民度の低そうな格好の人間が言うのはどうかと思うが、人は見かけで判断できないのかもしれない。
地域貢献度Bランクというのは伊達じゃないな。
俺は丁寧に接することにした。
「怪我はありません、お騒がせして申し訳ありませんでした」
俺が頭を下げると、みんなニヤニヤと笑っている。
何か企んでいるようにも見えたが、それは見た目のせいだろうと流して。
「昨日この町に引っ越してきた
俺は頭を下げたまま、先輩方に自己紹介をした。
しかしその反応はイマイチだった。
「ボーケンシャギルド?」
棒読みで顔を見合わせる男達。
「ここの建物はそういう受付ではないのですか?」
俺は頭を上げ、木で出来た建物を見る。
壁面は板を横に渡して重ねてあるだけの簡素なもので、表面には柿渋なのか防水防腐加工のみの処理をしてあるようだが、これはきっと壊されても修理がすぐに出来るようにしてあるのだろう。
まさに冒険者と名のつく、荒くれ者の集まる建物にふさわしい外見だ。
しかし、少し戸惑う表情で帰ってきた答えは、俺の予想に反するものだった。
「ここは役場の市民相談事窓口だぜ?」
────俺は今、近所のおじいさんの庭木の
「パチン、パチン」
高枝木りバサミの軽快な音が響くのを耳で聞きながらも、
相談窓口に屯していたBランク市民が、
まずこの世界に冒険者は居ない。
いや、居るには居るのかもしれないが、それは勝手に冒険している人間に誰かが言うことはあっても、職業のような呼称ではない。
魔法は使えるし、エルフやドワーフも居るわけだが。
「冒険するほど未開の地が残ってるわけでもねぇしな」
というのが、Bランク市民の言い分だ。
なるほど。
俺の前の世界でも、冒険者と言う職業は無かった。
たまに洞窟等を探して潜るのが好きな人等が自分を自分で冒険者と
「
結局冒険者というのはあっちでもこっちでも、地面の下に潜りたがる人間の事を言うのかもしれない。
で、結局、相談窓口に
それは【トレマーズ】と言われる職業にあたるそうだ。
いわゆる【便利屋】だ。
その便利屋である俺は、近くのおじいさんの庭木の剪定をして、日雇い給金をいただくわけだ。
「パチン、パチン」
モンスターを倒してレベルを上げて、冒険の日々を過ごすと思っていた俺としては、かなり拍子抜けだ。
「あ、だったらステータス画面とか意味なくね?」
今だ消えずに目の前で浮いているステータス画面を睨みながらも、もはやため息しか出ない。
今は最小限小さくしているが、それでも30cm四方くらいの大きさを保っていて、非常に邪魔だったりする。
ただ、切った枝が落ちてきても、ステータスウィンドウに阻まれて、顔に当たらないのだけがこいつの利点か。
「ってことはあれか、当たり屋パンチもこのウィンドウにぶつかっちゃったってことか」
自分で殴ってみたときも、このウィンドウはびくともしなかった。
体重を載せて思いっきり岩に殴りかかれば、拳も砕けるというものだ。
「思いがけない副産物ではあるけど……やっぱり邪魔だ」
だとしても、必要なときに出したり引っ込めたり出来てこその利点だ。引っ込まないこいつは欠点の方が多い。
俺は剪定の仕事を終えて、おじいさんに確認して貰う。
「終わりやしたぁー」
この世界のワクワク感を失った俺はやる気がない。
投げやりにそう伝えると、何やらおじいさんが石板を出せと言う。
「ああ、ギル……じゃなかった、相談窓口で貰った板ですね」
俺はぶっきらぼうにそれを渡すと、おじいさんは何やら板を指でちょいちょいやって、返してきた。
きっとクエスト終了の手続きなのだろう。
俺はそれを持って案内所へと戻る。
この世界って、すんごい地味。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます