第5話ガラの悪い人達

 さて早速だが、俺は憂鬱ゆううつである。


 職業案内所のお姉さんに紹介をして貰った場所が、結局俺の思い描いていた場所だったからだ──。



「わりとすぐにお金の貰える仕事って無いですか? 実は本日の食費もなくって」

 そうこぼしたのが良くなかったのかもしれない。


「ここに行けば、薬草の納品などの簡単な仕事報酬を即日で貰えます。もちろんモンスターの討伐とか危険なものではなくて、家の裏の草むしりくらいのものからありますので」


 簡単な仕事でいいから、まずはその日をしのぎたかった俺は、ついその話に乗ってしまった。


 それがどうだろう。

 庭の草むしりなどの簡単な依頼を張り付けてあるらしいボード。

 それにたどり着くためには、こちらをニヤニヤ凝視してくるガラの悪い男達の、間を縫って移動しなければならないわけだ。

 むしろ草むしりよりこちらの方が難易度高い気がする。


 だってさ、モヒカン頭に、革のジャケット。

 鎖にトゲトゲに……思い付く限りの世紀末ファッションでお出迎えされたらたまったもんじゃない。


「おいおい見かけねぇ顔だなぁ!?」

「ビビってねぇで入ってこいよ、俺たちは何もしねぇからよぉ、ヒャハッ」

「ははっ、そういって昨日は絡んでたじゃねぇかよ」


 ギャハハと下品な笑い声を上げながらも、こちらの一挙手一投足を値踏みするように見てくる。


 言うなれば、缶コーヒーは欲しいが、コンビニの前にヤンキーがたむろしていて、こっちにガンをつけてきている状態の進化番だ。


 俺の緊張した手足が、あからさまに椅子からはみ出たヤンキー達の足に引っ掛からないように気を付けながらゆっくり進む。

 ようやく掲示板に到着すると、簡単そうな依頼を探してカウンターへと持っていった。


 受付のお姉さんはこちらも落ち着いた感じで、ニコニコと応対してくれたので、何となく地雷源を抜けたなと感じて、ふぅとため息をつく。

 毎回この地雷源を抜けないとお仕事が貰えないなんて、不便な事この上ない。


「お兄さん始めてかにゃ?」

 受付の女の子が不思議な語尾で話しかけてくる。

 良く見ると、依頼書を確認するために受け取った手にはふわふわの毛と、肉球があった。


 ファンタジィー!


 その喜びを噛み締めながら、質問に答えることにした。

「ええ、南方から昨日引っ越してきたばかりで、仕事を探して来ました」

「じゃぁ、職業案内所にも行ったにゃ?」

「はい」


 その返事を聞くと、机の下からさっき自分の情報を書き込んだ板と同じものを取り出した。


「ここに触れるにゃ」

 言われるがまま指先で板の端をタッチすると、板にさっき書いた情報が写し出される。


「共有されてるんですね」

「そうにゃ、そして君はまだFランクなのにゃ」

「ランク? ああ、どれだけ強い冒険者かの指標みたいなものですか」

「ちがうにゃ。社会貢献度にゃ。いくら強くても社会に貢献できていないと信用は無いにゃ」


 普通ここは沢山敵を倒したとか、Sランクが伝説級のパーティでとか、そういう仕様なんじゃ……。

 どっちにしても最低ランク扱いには変わらないのだけど。


「だから、この薬草採集は無理にゃ、こっちのお庭の剪定せんていなら受けれるのにゃ」

「あ、そうなんですね。じゃぁそれで良いので紹介お願いできますか」


 まずは地道に、その日暮らしで良いのでお金を稼ぎたい。


「はいにゃ」

 手渡されたのは、地図と紋様の入った石の板。

「これを持っていけばここの紹介だとわかるにゃ」

「そうなんですね、では行ってきます」

 早速踵を返す俺の背中に受付嬢が声をかける。


「その辺に座っているのはBランク以上の先輩だにゃ。分からない時は教えを乞うといいにゃ」


 俺はそれには答えなかった。

 つまり、このコンビニヤンキー集団は、社会貢献度のかなり高い集団ということになるわけだが。


 モヒカン、肩に尖った金属のびょう、刃物を舐める男。

 見た目には全く社会貢献度の高さを感じさせない!


 前世でも今世でも、ちょっとかかわり合いになりたくないです。


 俺は足早にその場を立ち去った。

 扉に体当たりするように勢い良く開け放つと、鈍い音と共に嫌な感触がした。


「いってぇ!!」


 外に出ると、男が鼻血を垂らしてうめいているじゃないか。

 みんなは扉を開けるときは向こうに人が居るか確認してから開けよう!


 その仲間だと思われる男がポケットに手を突っ込んだままこちらへ歩み寄ってくる。

「おいおい、何をやってんだてめぇはよぉ!」

「すみません!」


 つい謝ってしまった。

 もちろん俺の不注意なのは間違いないので、咄嗟とっさに出ても仕方ない言葉ではあったが、それを聞いた男はニヤリと笑って畳み掛けてくるのだった。


「こりゃぁ鼻が折れちまってるな、治療費と慰謝料をよこしな」


 そんな一瞬で鼻が折れてる診断をできるわけもなく、当たり屋だなと理解した。

 やっぱり柄の悪いところに来ると、こういう奴に絡まれるんだ。

 ぶっちゃけ来なきゃ良かったと心で嘆いている間にも、男は騒ぎ立てる。

 その声に何だ何だと、もっと柄の悪い連中がさっきの建物から出てきたことで、俺の退路も塞がれてしまった。


「すみません、俺ここに引っ越してきて無一文なんです、だから慰謝料だなんだと言われてもお渡しするものがなくて……」


「はぁ? こりゃまた都合の良い話だな! 金をもって無いなら着ぐるみ剥がしてやろうか?」

「アニキ……そこは身ぐるみです」

 鼻血を抑えながら被害者の男が訂正すると、イキった男は恥ずかしさ紛れにその頭を殴る。

 

 着ぐるみだか身ぐるみだか知らんが、やめて欲しい。

 未遂には終わったが昨日は引っ越し初日から叫ぶ奇人になりかけたのに、今日全裸帰宅しようものなら引っ込んだ奇人疑惑も再燃するというもの。

 あの親切で可愛い大屋さんに、汚い物を見る目で見られてしまったら、俺は半年間あそこで生活を続ける自信はないぞ。


「すみませんお金はないので」

 俺の一点張りに話が進まない。


 野次馬は「当たり屋か?」「あの兄ちゃんが喧嘩を吹っ掛けたのか?」と、勝手な論争が持ち上がり始める。

「怪我してる方、こないだも同じような騒ぎを起こしてなかったか?」

 野次馬の呟きに、当たり屋が色めき立つ。


「金もねぇ、身ぐるみも剥がさせねぇじゃ俺の顔が立たねぇんだよ! せめてお前の鼻っ面もこいつと同じにしてやる!」


 どうやら素性を知っている人間がいたので、金を取るのを諦め方向転換、しかしここまで騒いだ以上引っ込みも付かないのだろうか。

 上手く行かなかった恨みまで俺が買ってる気がするんだが。


「お金も払えないし身ぐるみも剥がされたくないが、殴られたくもない!」


 俺本音をながながと叫んでいる間に、相手が顔の前辺りで空中に字を描くような仕草をすると、その手が青白く光り始める。

 さっき寄った職業案内所で、俺のステータス画面の操作が【魔法】の様だと言われたのを思い出す。

 手の動きがまさにそんな感じだった。


「一発で半殺しにしてやる!」


 当たり屋がそう叫ぶと、一瞬でその間合いを詰めて、拳を放った。



 神様。

 俺一般市民なんですが、なんか凄い魔法でぶん殴られたら死んじゃいませんかね?


 こちらに来てあまりの短い人生に走馬灯すら流れなかったが。


 俺が死ぬことはなかった。

 怖さにつむってしまった目を開けると、当たり屋がその拳を押さえて転げ回っているではないか。


 ちょっと状況が把握できないんだけど。

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