第4話職業案内所

 文明が進んでいない世界では、夜にやることは殆ど無い。

 出歩いても仕方ないし、電気のような気軽な明かりもない。

 特に一人で居るとなれば、寝る以外の選択肢は無いわけで。


 食事の後すぐに眠ってしまい、朝も暗いうちに目が覚めてしまった。


「おじいちゃんみたいな就寝時間だな」

 そう呟きながら、お隣さん達に迷惑にならないようにこっそりとかまどへ行って、お湯を沸かして体を拭いた。


 空が白け始めるくらいの時間帯だというのに、寒さを感じることはない。

 健康的な生活というのはこういうことなのか。

「ぐぅぅ」

 頷くようなタイミングで腹が鳴る。


「まずは食費だけでも稼がないとな……」

 俺は一張羅いっちょうらのホコリを落とすと、なるだけキリッと見えるように、ヨレヨレ感を正した。


 ちなみにこの服は神様が用意してくれたのだろうか、脱色された白い麻のシャツに、厚手の生地で作ったベストと、同じ色のズボンに革で出来た靴。

 昨日河川敷をさ迷った際に同じような格好の人を見かけることはあったし、わりと無難な服装なんだろうな。



 無難、目立たない。

 俺の以前の人生ではそうやって生きてきた。

 自分にはこれといって特別な才能も無かったし、運も良くなかった。


 これはこっちの世界でも相変わらずなんじゃないかと思う。

 転生と言ったら普通は、チートや異能の一つくらいは持たせてくれても良いじゃないか。

 体力も、資金もその辺の人間達と同程度。


 唯一わがままが通ったこのステータスウィンドウですら、一旦開いても閉じないままになっている訳で。

 今は服を着る間のタオル掛けに成り下がっている。


「どこに行っても、才能にも運にも見放されてるなぁ」


 俺はひとつため息をつくと、町が動き出す時間まで部屋に戻ることにした。



 この世界にも時計のようなものはあって、数時間ごとに近くのやぐらから鐘を叩く音がする。

 町の人はこの鐘に合わせて動き始めるようだ。


 後で聞いたところによると、一日は24時間で前の世界と同じだった。

 きっと神様が同じフォーマットで世界を創造したんだなと納得したものだ。


 さて、起きてから3回目の鐘が鳴る頃になると、俺はしゃきしゃきと町を闊歩かっぽしていた。


 昨日エリーゼちゃんから聞いた、食事を売っている屋台は今の時間は朝食を売っているらしく、パンに食材を挟んだものや、スムージーというか青汁のような飲み物。

 果物を店頭でカットしただけのものまでが売られ、町の人も盛んにそれを買っていた。


 とても活気のある町の雰囲気に、以前の世界にはなかった人間の力強さを感じると共に、少し圧倒されたりするわけで。

 どうせ買う金もない俺はそこを小走りに走り抜けて、目的地へと急ぐことにした。



 ともすれば目の前に漆喰しっくいのような白い壁の大きな建物が現れる。

「職業案内所……ここだよな」


 一見教会にも見える建物に怖じ気づいたが、ステータスウィンドウの地図もここだと示しているから間違いないんだろう。

 重厚な扉に手を掛け、隙間から中へ足を運ぶ。


 中には木製の長いカウンターが設けられ、それに向かって同じく木製の椅子が待合室のように設置されていた。

 何となく病院か市役所のような、整然とした雰囲気に胸を撫で下ろす。



 だってさ、ファンタジーの世界の職業案内所って、ごろつきの集まりで、新参者が入ってくるとちょっかい掛けたりされるイメージが強くて。

 こんな一般人がノコノコ入る場所ではないと思っていたんだよ。


 でも実際はそんなこともなく、受付のお姉さんに仕事を探していると告げると、すぐに専用のカウンターに通されたのだった。


「どのようなお仕事をお探しですか?」

 書類と共にそう告げられる。

 といっても、紙ではなく透明なガラスのような板。

 そこに名前や年齢、住所等を書く欄がある。


 少し戸惑っていると、書き方が分からないのだろうと、親切に一つづつ説明してくれた。


「すみません、南方の島国から来たので」

 何となく謝ってしまうのは日本人の癖のようなものだろう。


「大丈夫ですよ、文字が書けるだけでも教養のある方なのは分かりますし、仕事の幅も広がりますから」

 受付の女性はにっこり笑う。


「あとは住所だけですね、ちょっと待ってください」

 俺はステータスウィンドウの中の住所の欄をタップして、情報を写し出す。


 それを不思議そうに見ている受付嬢。

「何をされてるんですか?」


「ん、えっと、住所覚えてなくて、ちょっと情報を……」

 そこまで言って、このステータスウィンドウは普通の人は見ることができないというのを思い出した。


 これは、奇異な目で見られるのでは?

 あまり目立つつもりの無い俺としては、また変人扱いされるのではないかと生唾を飲み込む。

 

 しかし受付嬢は笑って口を開いた。

「物忘れ用の魔法ですか? 珍しい魔法をお持ちなんですね」


 その発言に理解不能な単語があったので、聞き返してみる。


「魔法?」

「えっ、今さっき手でいんを切ってたんでしょ?」

いん?」

「えっ?」

「えっ?」


 えーっと。

「あ、そっかあはは。そうなんですよ。自分の居たところではそう言わないのでちょっとピンと来なかったです」

 盛大に誤魔化しておく。


 昨日のエリーゼちゃんの時もそうだったが、ステータスウィンドウは自分にしか見えてないないので。

 先程住所を拡大した俺の動き、すなわち……設定ボタンをタップ、出た情報を指二本で拡大、左手にスワイプ。という一連の行動が、どうやら魔法を使っているように見えたのだろう。


 言葉だけじゃなくってこの辺の一般常識なんかも入れといてくれよ神様!



◆◇◆作者からのお願い◆◇◆

この、作品の世界観は

少しだけ良くあるものからはズレてます。

作者はそういうのが好きなんです☆

みなさんにも楽しんで頂ければ幸いです。


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