第3話可愛い大屋さん

 俺はふらふらと歩いていた。


「やっちまった」


 せっかく神様が用意してくれた家にもかかわらず、ご近所さんへの印象は最悪。

 後ろ指を指されながら生きていくのは実際辛つらい。


「っていうか、何でこれは閉じないんだよ!」


 頭に来て殴ってみたが、骨にヒビが入るんじゃないかってくらい固い。

 歩けば先をついていくし、横を向けば横に動く。

 壊すことも消すことも出来ないこいつに、ジト目を向けながらも取り合えず神から何か連絡がないか待ってみる。

 ご神託を待つような気分だ。


 行く当ても無さすぎてただ歩く。

 河川敷はある程度護岸工事が進んでいるらしく、川に沿って土が盛り上げられており、大雨でも市街地に水が流れ込まないようになっているみたいだ。


 その河川敷に体育座りをしたまま太陽が沈むのを眺めていると、だんだんと辺りが暗くなり、心も一緒に沈み始めた。


「ぐぅぅ」

 腹の虫まで鳴り出した。


 俺の現状。

 家に入れない、お腹空いた、ウィンドウ消えない。

 あれ? 涙が溢れてくるよ?



「オートリケンゴさぁーん」


 その時この見知らぬ土地で俺を呼ぶ声が聞こえた。

 夕暮れ時、声のする方向、全てがオレンジ色に染まるその河川敷の土手を、一人の少女が歩いている。


「オートリケンゴさぁーん!」


 この状況で同姓同名など居るものだろうか?

 俺は涙を袖でふくと立ち上がって声を出す。


「あっ、あ。俺です、大鳥です」


「あっ、良かった、ずいぶん探したんですよ」


 少女は高校生くらいだろうか、土手を走り降りて来ると俺のすぐ近くで止まった。


「ごめんなさいオートリさん、お部屋の鍵を渡しそびれてしまって」


「えっと……君は?」


 もちろんこの少女に面識はない。

 むしろまだあのオバチャンしか面識がないのだが。


「申し遅れました、長屋の管理人でエリーゼって言います」

「あ、管理人さん……」


「そうなんです。裏のカセフおばさんが、オートリさんがドアの前で閉じてるとかクローズとか叫んでるって教えてくれて、鍵を渡しそびれてることに気付いて。本当、ごめんなさい」


 申し訳なさそうに眉間にシワをよせて、しっかり頭を下げるエリーゼ。


「いや、大丈夫。怒ってる訳じゃなくって、驚いたっていうか、あははは」


 裏のオバチャンは心配してくれただけで、勘違いとはいえこの子も好意的に接してくれてるみたいだし。


「勝手の分からない場所で戸惑ったっていうか」

 ちょっと照れ臭そうに誤魔化しておく。

 結局、人間関係の悪化はまぬがれて、家の鍵も手に入ったわけだし、問題の半分は一気に片付いたわけだ。


 なにも、全てを悲観することはないんだ。


「あと、これ、使ってくださいね」


 そう言ってエリーゼがハンカチを差し出してきた。

 袖でグリグリしただけだと拭いきれなかったか。


「恥ずかしいところを、見られちゃったかな」

 25歳になって河川敷で泣いてる大人ってどうなんだ。


「私もたまにここで泣いたりしてます……きっとここ泣きやすいんですよ」

 そう言って河川敷の土手を軽快に駆け上がる。

 若いなぁと苦笑しながらも、俺もそれに続く。


 学生くらいの年齢で、泣くことがあるのだろうかと思ったが、若いからこそなのかもしれないと思い、深くは考えないことにした。

 むしろ彼女は自分の恥ずかしい話をすることで、俺の気持ちを紛らわせてくれた上に共感もしてくれたんだ。


「気を使わせちゃったね」

「気を使うのが大家のお仕事ですから!」


 そうやって少女の笑顔を見せるその奥に、しっかりした大人の顔が見えかくれするような、不思議な子だなと思ったり。



 さて。

 問題なく鍵を開け中に入った俺はベッドの上にどかっと胡座あぐらをかく。


 ここはファンタジーの世界だ。

 部屋には冷蔵庫もコンロも無い。

 浴室にシャワーも無いし、水栓トイレなど影も形もない。


 俺の居た世界がいかに文化的であり、それに慣れすぎていたかを思い知る。

「早まったか」


 俺は取りあえず胡座をかいたままそう呟いた。

「ぐぅぅ」

 腹の虫が返事をするが、こいつを黙らせる術すら俺にはない。


 ステータスウィンドウにも【空腹】と表示されている。


「分かっとるわい!!」


 突っ込みすらむなしい。



────コンコン。


 そんな独り言こだまする部屋にノックの音が転がった。


「はい」


 少し驚いたが、立ち上がって鍵を開けにいく。

 ちなみに鍵は単純な作りで、出掛けるときは外に。

 部屋に居る時は中に同じ南京錠をかけるというものだった。


 俺は南京錠を引っ掻けては居たが、鍵はかけていなかったのでちゃっちゃと取り外して扉を開いた。


「あれ、エリーゼさん?」


 そこにはエリーゼが器を持って立っていた。


「お食事まだですか? 鍵の件のお詫びに、お夕食を買ってきたのですが」

「まだでした、ありがとうございます」


 もう、恐縮しきりである。

 頭をぺこぺこと下げながら器を受けとる。


「おじいちゃんからは、オートリさんが南方の遠い島国からいらっしゃったと聞いています、お口に合うと良いのですが」

「空腹は最高のスパイスって言いますけど……この匂いはそうでなくても食欲をそそられますね」


 器の中には茶色みがかった透明なスープが入っており、串に刺さった大きめの具材がいくつか浮かんでいた。

 自分の知る限りではおでんに近い食べ物のようだ。


「ここに住んでいる方は、自炊されているのですか?」


 冷蔵庫もガスコンロも無い環境で自炊をどうやるのかと、疑問が湧いたので聞いてみる。


「殆どの方は目抜通りの屋台で済ませられますよ、たまに自分で仕留めた獲物や、魚を料理する事はあるようですが、その場合共同竈を利用されていますね」


 ああ、そういうものなのか。

 もとの世界でも、外国はそういう文化があって、屋台での金額は結構安いので、作るよりそこで済ませた方が安くつくこともあるのだとか。


「あとは、水場の場所を……」

「ええっ? おじいちゃん、何も伝えてないんですか!?」


 ごめんなさい、神様が挨拶に行ったと思うんですけど、情報貰ってなくて。


「聞いたけど覚えることが多くて忘れちゃっただけかも」

「いえ、おじいちゃん最近ちょっとボケてて。ごめんなさい、今案内いたしますね」


 そう言ってエリーゼが歩き始めたので、俺は食事の器をテーブルに置いて、急いで後を追う。


 トイレは離れた場所に作ってある、いわゆるボットン。

 お風呂は無いらしい。竈でお湯を沸かして体を拭くか、すこし値は張るが銭湯のようなものに行くしかないのだと。


 うーん。やはり早まったかもしれん。


 とは思うが、嬉々として説明をしてくれるこのエリーゼちゃんも同じ環境で生きているのだ。

 ごうに入らずんば郷に従え。

 この環境でも、きっと楽しく生きていける。

 彼女の笑顔を見て心強く感じた。


「最後にひとつ聞きたいことが」

「なんですか?」


「お金を稼ぎたいんだけど、どこに行けばいいかな」


 聞けば俺の家賃は半年分先払いしてあるらしい。

 だとしても、明日食うものにも困るこの状況で、金策は最優先事項だろう。


「職業案内所ですかね、町が運営してますよ」


 そうか、この世界にもハローワークはあったか。


「ありがとう、田舎から出てきたからまだ慣れなくてね」

「ですよね、分からないことはまた聞いてくださいね」

「助かるよ。お休み」

「お休みなさい」


 部屋に戻り、すこし冷めた夕食を口に運ぶ。

 木の串に具材が刺してあるのでおでんかと思っていたが、ポトフのような味でスープまで美味しくいただくことが出来た。


「エリーゼちゃんに感謝」



◆◇◆作者のお願い◆◇◆

異世界飯。

美味しそうに書けると良いなぁと思ってます。

食べてみたくなるような、知らないご飯って気になるんですよねぇー個人的に☆


★や感想お待ちしております。

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