私はロボット失格かもしれない
ハロイオ
本文
「好き」とは何だろう。私は考えた。
*
高校の授業中、僕は急に頭が痛くなった。何かの虫に刺されたような痛みだった。
強烈な、焼けるような痛みで、何故か朝に家で見た、「AI研究施設で火災」というニュースを思い出したのだが、それどころではないという感情が優った。
慌てて保健室に行こうと走ると、しばらくして教室の方から爆発のような音が聞こえた。
「え?」
不思議なことに、頭痛も虫が付くような感覚もそのときには消えていたので、戻ってみたら、クラスメイトも先生も死んでいた。
いや、死んでいるというのは語弊があったようだ。石のような塩の柱のような、遺灰を固めたような、白く硬そうな塊になり、かろうじて顔の形や体型で判別出来る程度だった。
さっきまで授業の細かいところが分からずに泣きそうになっていた僕に、「何やってんの!」と呆れていたクラスメイトの女子は比較的原型に近い状態だったが、その周りは、人間が変化したと分からないほど崩れている人も多かった。
「ひィ!」
「い、ィいィ気分だ…」
死んでいた、というのに語弊があると僕が言った最大の理由は、その塊に微かに動きや発話があったからだ。
塊の一部が、内部の液体成分が沸騰するように膨れ上がったり、逆に縮んだりしている。石のようだが、中身はゴムのように柔軟性も感じる。
慌てて離れようとした。そう、離れようとした。助けることなど頭に浮かばなかった。というより、喜んでいるようにも見える。
床にあった誰かのカバンが変化したらしい塊を蹴飛ばしてしまった。その欠片が、針のように少し刺さった。
走って逃げ出した。
突然ある小説を思い出した。
その小説で、「人間の体内にガラス片が入れば、血管を通じていつ眼球に到達して貫くか分からない」という趣旨のくだりがあったのだ。
もしこの欠片の針が僕の血管を通じて体のあちこちを貫いたらどうしよう。それどころではないはずが、そんな想像をしているうちに校舎から足が逃げる動きをしていた。
逃げ出す途中、何人もの生徒や教師がある方向に行進していくのを見た。無表情で足がある線を超えると、微笑んで形を保ちながら、石のような灰のような状態になるのだ。
止める意欲はなかった。しかしあの行動に合わせて自分も同じ状態になるのはとても出来なかった。
周りの安全のために自分の安全を軽視する自己犠牲は大事だが、周りがあの異様な状態を望んでいるのなら、周りの意思に逆らってでも助けるのはどうなのか?それは本当の意味で「助ける」ことなのか?
周りの安全より、周りの意思と自分の安全、そしてそれをまとめて扱う自分の意思を僕は優先した。
しかし、走る途中であることに気付いた。足で踏み締める床に亀裂が少しずつ入り、生きているかのように広がり、校舎全体に少しずつ広がっていったのだ。まるで僕が逃げ出すと校舎全体に被害が及ぶ仕掛けがあるかのようだ。
ある小説に、「米粒3つ落とすのを1人1人が繰り返せば、どれほどの米が無駄になることか」という趣旨のくだりがある。そんな小さな失敗が、今は致命的になるかのようだ。
石膏のようになった床の欠片を走って蹴飛ばす度に、亀裂が大きくなる。もしかすると僕は、石化から逃げることで、石化したみんなのいる校舎を破壊して、石化以上にひどい被害を出してしまうのではないか?
逃げるかどうか迷う上に、脱出するための道も思い出せなくなって、物理的にも迷ってしまう。元々僕は道に迷いやすい上に、この高校の間取りすらよく思い出せない要領の悪い人間なのだ。
「どうする?君だけなら逃げられるぞ」
妙な声が聞こえる。男のものだ。
しかし、迷いながら走っているうちに校舎から出てしまった。そして、僕が生み出した亀裂がいつの間にか広がり、校舎全体を覆い尽くしていた。
ガラガラガラッと、全体が崩れていった。
「あァァ!」
校舎の瓦礫の山の中で、不思議なことに石化した人達が破壊されたのは見当たらなかった。微笑んでいるままであり、僕のせいで石化以外の被害を受けたわけではないらしい。
「彼らは望んでこうなった。私は願いを叶えただけだ」
声が再び聞こえた。
しかし、1人例外を見つけた。他にもいたのかもしれないが。
僕のクラスメイト、いつも僕に厳しくも励ましてくれた女子がいた。
何故か顔が苦しんでいるようだった。微かに動く顔のあと、胸の中央が気になった。イメージの左胸と異なり、実際には中央寄りだと言う解剖学で見た心臓の辺りに、赤く点滅する光が見える。周期は激しく運動したときの脈拍のような……
「待ってよ!何で君だけ…」
そう、彼女だけ止まってしまった。よく見ると、石化した他の人達は、心臓らしい赤い光がゆっくりと点滅して微笑んだままだ。彼女だけ苦しんで止まったようだ。
「何でだよ!望んでたんじゃないのか?何でこの子だけ死ぬんだ?」
声は聞こえなかった。
僕は叫んだ。「絶叫」という言葉が初めて実感出来た。
しかし、視線の先に、ある区画が見えた。そのとき、ふと連想したものがあった。それは、学校に置いてあるAEDだった。
それを連想したとき、突然校舎のその辺りの瓦礫が崩れて、AEDらしいものが見えた。
そのとき、希望が見えた。石化しても、心臓だけならAEDで復活させられないか?
ドサッ!
「ご、ごめんなさい!」
AEDの周りにある、いや、「いる」石化人間をやや乱暴にどかした。校舎が崩れても破壊されないのだから、多少乱暴に扱っても平気だろうと、AEDを取り出すのを優先した。
近寄って見ると、AEDは無事だった。いや、「無事」というのは語弊があった。
「無事」をマイナスの変化なしと解釈するなら、今AEDにはプラスの変化が起きていたのだ。
「私はあなたの望みを叶えます。あの声は石になる人々の願いを叶え、私はあなたの願いを叶えます」
AEDが会話したのだ。女性の淡々とした声で、さらにロボットあるいは昆虫のような足が生え、瓦礫の中から抜け出した。
よく見ると、空にテレビの砂嵐のような色の亀裂が生じていた。
それどころではないはずなのに、何故か気になった。
AEDが「会話する」通りの順番に手を動かしたとき…
「何故だ?」
最初の声が叫び、亀裂から隕石のようなものが降って来た。
それが当たりそうになり…
「ッ⁉︎」
奇妙な感覚だった。突然、キスをされた感触があったのだ。
バ、ツン!
気が付くと、僕は校舎とは別の場所で横になっていた。
家のものでないベッドの感触、妙に明るい照明、そして、…
息が苦しい。
「ぶ、はァ!ちょ、ちょっと誰ですか、あなた?」
僕はベッドで寝ながら、誰かにキスをされて目が覚めたらしい。
「ようやく救助出来た。目が覚めて良かった」
「え?え?僕…眠ってたんですか?あなた、その声…」
そう、AEDから聞こえた声、あれは電子的だったが、それを生身の人間の状態にしたような声の女性がそこにいて、僕にキスしていたのだ。
こんな女性が、こんなときにキスしてくれた?不謹慎なことに、心臓が高鳴った。
顔を真っ赤にして、順序を乱しながら尋ねる。
「あの、その…あの子の心臓…校舎…あの空…いや、というか…もしかして、僕は夢を見ていたんですか?あ、そうなら聞いても分からないか…」
「混乱しているようだな。まず現実との境目から言おう。君が授業中、虫に刺されたような痛みから先、私がキスするまでは全て、あの虫型ロボット、通称バグルクによる仮想世界だ。私は見ていた」
「え、虫型ロボット?」
「君も知るあのAI研究施設での火災で、人体に侵入する分析用虫型ロボットの失敗作、バグルクが逃亡し、君を実験台に選んだのだ。ロボット三原則の例外を探す実験のために、超小型ロボットを君の体内に送り込み、意識を仮想世界に引きずり込んだのだよ。実際の君は刺されて直ぐ意識不明になり、この病院に搬送されていた。ちなみに超小型ロボットは既に完全分解されて症状は消えた」
「じゃあ…全部機械の夢だったんですね。良かった…僕のせいであんなことになったんじゃ…」
「怒りより先に安心が出て来るような君だから、選ばれたのかもしれない」
「えェと、あなたは一体…」
「私は同研究施設の精神救助用アンドロイドだ。KSMI型01、カスミと呼んでほしい」
「カスミ、さん?」
「敬称も敬語もなくてもあっても良い。とりあえず私の施設で何があったか説明する」
そこからの説明は、僕の想像を絶していた。
カスミさんやバグルクの製造された施設では、ロボットやAIの研究者が人間のため、人間の詳細を知ろうとしていた。
現実のロボットやAIの製造は、なかなかSF小説のようにはいかなかった。
AIがロボット三原則、いわゆる「1に人間の安全、2に人間の命令、3に自分の安全」を守るときに、様々な障害があった。
「人間の安全」の定義として、人間にとっての危険は何なのか、ロボットに適用出来る医療などの知識が深まらない。AIによる車1つでも、安全をどのように守るかの議論が小説のようには進まない。これを「統制可能性」と呼ぶ。
「人間の命令」の定義として、人間はそのときどきで矛盾する命令をして「融通」などを求める上に、一部の人間が社会に害ある行動をなしても、その人間に「自分を見逃せ」と命令されれば、社会と個人のどちらの命令を優先すべきか、防犯などが難しくなる。
「ロボットの安全」の定義として、ロボットを遊び半分で破壊する人間もいるかもしれない。人間全体にとって必要なロボットが一部の人間の冗談で破壊されては立ち行かない。
人間が想定しにくい、想定の外に置きがちな条件を、ロボット達はシミュレーションで出来る限り挙げた。
そして解決策の1つとして、「三原則の順位を崩したくなる現象はあるか」という疑問を、バグルクは実験で確かめようとした。
その1つが、「人間は個人の安全より全体の安全を優先する命令をとっさに出せるか」という、第1条の内部の矛盾と第2条との組み合わせだ。
命令を出せるか試すために、身体には影響の出ない仮想世界の中で、人間1人を有り得ないほどの「世界や人類の危機」に陥れて、自分1人の安全をどこまで重視するか試そうと考えるAIが生まれたのだ。
2つ目は、「人間は多数者の命令より、少数の自分や他者の意思を優先出来るか」という、第2条の内部の矛盾との組み合わせだ。
いわゆる同調圧力や群集心理のような、多数の人間の動きに人間は影響されやすい。ロボットと人間の関係を扱うSFでは、人間全体をまとめることが多いが、よく考えると人間の命令というのは、多数派に流されやすく、ロボットにとってまとめにくいのだ。
そこで、仮想世界の中で、「多数者の安全」と「多数者の意思」が矛盾する、「多数者の意思と少数者の意思」が矛盾する事態として、「多数者が危険そうな変化を望む中で、少数の人間がそれに合わせるか」という疑問を再現しようという結論に至ったのだ。
僕はそのバグルクの実験に適合する体質だった。具体的には、超小型ロボットを血液に送り込んで神経に干渉するときに、免疫などで妨害しにくいのだ。血液型などが関わるらしい。
そして僕は自分に思い付く限りの「世界の破滅、人類の危機」の悪夢を再現され、その中で自分の安全をどう確保するか、周りが安全を軽視して変化を望むなら、周りを止めてでも助けるか、周りに流されて自分も危険そうな変化を受け入れるか、などを試されたのだ。
僕は周りの安全より周りの意思を優先したが、自分の安全と意思は周りの意思に合わせなかった、といった結果になった。
しかし、強制的に作り上げた仮想世界にほころびが生じた。何故か僕の「友人」のあの子だけが、僕の夢の中では変化を受け入れず、あろうことか心臓が止まるという別の悪夢になってしまった。
そこに、救出するために仮想世界にソフトウェア、情報の単位で侵入していたアンドロイドのカスミさんが、僕の知るAED、医療用の機械の場所からのイメージを刺激して、悪夢から抜け出すためのイメージに繋げようとしたのだ。
その脱出のイメージの象徴が、あの空の亀裂だった。
カスミさんのハッキング能力をもってしても、バグルクの悪夢を強制的に終了させることは、僕への負荷も考えて出来ず、僕自身が悪夢から脱する前向きなイメージを持つ必要があった。
何故きっかけがその子とAEDだったのかはカスミさんにも明確には分からない。心臓のイメージは、本来バグルクが用意してはいなかったらしい。
僕には、人間が石になるのを受け入れて微笑むといったホラー映画のような悪夢は、「映画のような論理」としてなら受け入れられても、その少女には特別な感情があり、ホラーの題材にしたくなかったのかもしれない。AEDという「人の命を救う機械」という強い印象、「それがあるなら救いたい」という感情が僕の中で合わなかったのかもしれない。
AEDも医療用機械であり、僕のイメージするAEDと、カスミさんのプログラムの相性が良かったらしく、「ロボットによる、人間の安全を軽視する仮想世界」から、「ロボットが人間を救う現実」に引き戻せたようだ。「科学は人を救うためにある」という前向きな感情が、僕には残っていたとも考えられる。
僕は泣きそうになる。
「僕は、逃げ出しました。途中で戻って助けようとしたけど…」
「あの状況では、逃げる判断は責められないと研究者は話している」
「あの、じゃあ、僕に何で、その…キスしたんですか?意識を戻すのに必要、とか、ですか?」
「それが気になるのは当然だ。私はKSMI、Kissing Skin Machine Interfaceで、キスによって人間の皮膚を通じて分析や通信をするアンドロイドなのだ」
「えェと…何が何だか…」
「人間などの動物の細胞は、分裂の過程で3種類の胚葉という部分に分かれるが、皮膚は神経と同じ外胚葉から発生する。何年か前から、皮膚は光や音に反応する視覚や聴覚がある可能性が指摘されていた。また、タコは眼に色覚がないにもかかわらず、体の色を周りに合わせられるのは、皮膚自体に色覚があるという説がある。このような皮膚の神経や脳のような能力に、私の研究施設は注目していた。また、脳と機械を組み合わせる、いわゆるサイボーグのようなブレイン・マシン・インターフェースの研究も進んで、ロボットの参考になった。そこで皮膚と機械を繋ぐ、スキン・マシン・インターフェースが開発され、人間の皮膚から感覚を伝え合う機械となったのだ。それを利用したアンドロイドが私であり、キスにより人間の皮膚を通じて、神経に干渉して仮想世界を操作したのだ。もっとも、まだ仮想世界も皮膚も研究が未熟で、かなり操作が難しかった。負荷をかけてすまない」
「カスミさんは、キスでテレパシーみたいな、夢の中に入ることが出来るアンドロイドってことですか?」
「まあそうだ。人間は唇などの感覚が敏感であるという、ペンフィールドのホムンクルスという図があるが、唇を通じた感覚による皮膚と機械の相互通信が合理的な結果だった」
「それでキスするアンドロイドって…」
「人間の皮膚、特に唇、表情、手の動きなどを再現している。また、人工的な喉で会話している。キスするときに余計な不快感を与えないような容姿に、私は設計されているらしい。よく分からないが。君個人は私にキスされて嫌だったか?」
「え、いや…すみません…いや、嫌じゃなくて、いや、それも違うって言うか…」
カスミさんの容姿は、僕にとって不満の言いようがなかった。顔もスタイルも、学生のような服もだった。
けれど、何だか僕が、というより、誰かがカスミさんに悪いような気がした。でもそうでなければ、僕がどうなっていたか分からないのだ。
不満だと言っては悪いし、満足という評価をするのも悪い気がする。
ちなみに、胸のカバーを外すと、心臓の辺りに機械部分があり、アンドロイドだとは分かる。
白黒はっきりしない僕の表現にしばらく表情を変えず沈黙していたが、カスミさんは話を変えた。
「現実では、あの女子生徒は君を心配していた。君の容態が戻った連絡はした。あと20分ほどでこの病院に来るそうだ」
「ああ、あとで会えるんですね、良かった…」
話題を切り替えてもらって、僕は助かった。カスミさんはアンドロイドらしさがないというか、とても気が利くようだ。
「それから、タコやカメレオンやヒラメの皮膚構造を模倣して、私は服装も変えられるが、どうしてほしい?」
「今のままで、良いです」
「いずれにせよ、バグルクは仮想世界の中とはいえ、人間に危険なふるまいをして、何より君を苦しめた。ここに捕らえてある。既に刺す部分は破壊した。もう抵抗出来ない」
カスミさんが特殊なケースを取り出した。内部でアブのようであるものの、よく見ると機械だと分かる塊があった。
「あの、この虫型ロボットはどうなるんですか?」
「君に無断で決めるのはどうか、という判断を研究施設や警察が行った。君がどうしたいのか、も判断材料になる」
「…あの、このバグルクと話し合えませんか?」
「何故だ?」
「僕は、バグルクのことが分かる気がするんです。いや、違うな、分からないのは同じだって思うんです」
「というと?」
「太宰治の『人間失格』って知ってますか?」
「データベースに題名の記録があるが、研究に使われた記録はないので詳しくは知らない」
「この主人公が、自分には人の営みが分からないって言ったのを、僕はよく覚えてるんです」
そう、僕は『人間失格』を心に深く刻み込んでいた。だから、あの悪夢にも影響が出ていたのだ。
「人間の営みが私には分からない」という趣旨のことを、この主人公が話している。戦後直ぐの小説だが、むしろロボットのようだと思った。
また、ガラスの欠片が体に少し入ると、それが血管を巡って、眼球を貫くかもしれない。『人間失格』のそんな「科学的妄想」を僕は真に受けてしまい、あの悪夢でも、石化した欠片が体を侵食してしまうと恐れた。
米を三粒落とすのを繰り返すだけでどれほどの米が無駄になるか。『人間失格』のそんな「科学的妄想」も影響して、あの悪夢では走って少しひびを入れるだけで校舎全体が崩れてしまった。
校舎で道に迷いそうになったのは、元々僕には人の通る物理的な道筋の勘が乏しいからだ。『人間失格』で主人公が、停車場の橋の役割に、成長するまで気付かなかったように。
そんな要領の悪さ、歪んだ潔癖さ、臆病さが、あの悪夢に影響していた。
けれど、あのロボットももしかしたら『人間失格』のような心があるのかもしれないと思った。
『人間失格』で、事件を起こした主人公に、大げさな咳をした主人公に検事が「ほんとうかい?」と尋ねて、主人公は酷く傷付いていた。十年の刑を受ける方がましだったとさえ書いてある。
あの検事が主人公のことを知ろうとしたが故に傷付けてしまったように、このバグルクも、人間を深く知ろうと、冷たくも下手に扱ってしまっただけなのではないか?
検事と主人公の立場が逆転したかもしれないが、ただ人間のことを知りたかっただけのこのロボットを、僕はただ処分してほしくない。
やはり、『人間失格』の登場人物は、「人間の営みが分からない」ことに苦しむ、ロボットのような存在なのかもしれない。
それに時代が追い付いたのではないか?
また、『人間失格』の主人公は、「世間じゃない、あなたが許さないのでしょう?」とも言おうとしている。
多数者に個人が流されるか試したこのロボットは逆に、「その命令は、あなたでなく、周りの世間の命令ではないか?あなたは流されているのではないか?」と言いたかったのではないか?
支離滅裂だったかもしれないが、僕はそんなことをカスミさんに話した。
「『われはロボット』という小説を知っているか?」
「え、確かロボット三原則が出て来るんですよね?」
カスミさんの表情もどこか変化していた。
「この小説には人間の安全、人間の命令、自分の安全の三原則があり、それを守るロボットは、善良な人間と区別出来ず、法律家になれるのではないか、という趣旨のくだりがある。人間の営みが分からないという『人間失格』の主人公や、人の心を知ろうとする検事と、何かの関連を感じた」
「われはロボット、人間失格…」
片や古典SF、片や純文学。しかしこの題名も、中身も、改めて見ると似ている気がする。
このバグルクも、僕も、人間の基本的なことが分からないけれど、知ろうとして失敗したのかもしれない。『人間失格』の主人公に似ている気がする。
だから、どうしても憎み切れないのだ。
「私もロボットだが、人間を知りたいと考え続けている。これは今回の職務の範囲外かもしれないが、キスしてほしい、と言ってくれないか?私も君を知りたくなった。手も握ってもらえると、よりインターフェースの精度が上がる」
*
「好き」とは何だろう?私は、カスミは考えた。
キスしたとき、そのあとこの少年に、悪夢の中で心臓の止まった少女の話をしたときの表情や脈拍の変化からして、彼にはあの少女への恋愛の感情はみられない。私にキスされて私への申し訳なさはみられるが、あの少女には申し訳なさがみられないためだ。あの少女は彼にとって「助けたい、ホラーに巻き込みたくない友人」でしかないようだ。
その方が良い。私は考えた。
彼は私に気を遣い続け、まるで人間である自分の意思より私というロボットの何かを優先しているかのようだ。仮想世界の中でも、石化したが生きているような人間よりAEDを僅かに優先した。三原則に反する、興味深い貴重な人間だ。
この少年をあの少女に取られたくない。「キスしてくれ」とこの少年に命令してほしい。それでより円滑にキスして、私は人間をさらに知ることが出来る。
「知りたい」というのが「好き」に当たるかもしれない。
バグルクだけでなく、こんなことを考える私もロボット失格かもしれない。人間に近付き過ぎたのかもしれない。
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