第3話 インテンション

 客窓から月明かりが差し込む。もうそんな時間かと、思考に疲弊した頭でぼんやりと考えた。一度立ち上がり大きく伸びをした後、再び寝台に座り、ラインがくれた水を飲む。


 ……そろそろ思考をまとめよう。


 まずは状況の整理だ。 

 

 ラインの魔法を見た後──この世界が異世界であると気づいた後、ラインの提案で俺は暫く3人と行動を共にすることになり、一緒に馬車で近くの街を訪れた。

 着いた時にはもう夕暮れだだたので今日は宿屋に泊まることになり、今はその個室にいる。夕飯はこの宿屋の食堂で食べた。馬車も宿も食事も料金はラインが払ってくれた。


 ライン達にも俺が元の世界──この世界から見た異世界からきたことは伝えていない。信じてもらえるか分からないし、信じてもらえたとしても異世界から来た俺がどう扱われるか分からない。場合によっては問答無用で殺される可能性すらある。


 ラインは何か事情があると察してくれたのか、何故俺があそこで気絶していたのか、何故魔法を見たことがなかったのかについては訊いてこなかった。

 もし訊かれたら誤魔化し様がないから助かった。


 レオハートは俺を怪しみ、森に置いていこうとラインに言っていたし、アリスティアも声には出さないが俺のことを警戒していた。多分ラインも完全に俺のことを信用してる訳ではない。ライン達が相部屋で、俺だけ個室を用意されたのが証拠だ。普通なら女性のアリスティアが個室に泊まるべきだろう。

 

 まあ信用されないのも当然のことだろう。馬車の中で、この世界では魔法が日常的に使われているとラインが教えてくれた。なら魔法が実在しないと言った俺はかなり怪しい。

 

 あそこで俺を放っておいてもおかしくない。むしろそうするべきだろう。なのに……ラインは何故俺を助けてくれるんだ?ただの親切だったらありがたい限りだが、それ以外の理由があるかもしれない。……まあどちらにせよ今はライン達を頼らざるを得ない。


 分からないことはそれだけじゃない。

 次は疑問の整理をしよう。

 

 ここが異世界だとして、何で日本語が通じるんだ?

 いや、「通じる」というより日本語が公用語のようだ。ラインたち三人をはじめ今まで目にしてきたこの世界の人々全員が日本語を話していた。

 ただ、書き言葉では日本語ではない言語が使われていた。店の看板や食堂のメニューなど、すべて見たこともないような謎の言語で書かれていたから、文字を読むのは諦めた。おそらくもとの世界にはない、この世界特有の言語だろう。


 人々は日本語を話し、文字は謎の言語が使われる、一体どういうことだ?


 そして何より知りたいことが……そもそも何故俺はこの世界に転移してしまったのかだ。


 何度も考えたが答えの出なかった問いだ。手掛かりを求めて、もう一度、あの森で目覚める直前の記憶を回想する。


─────────────────────ガガッッガカカッッ ガガガーー

 突然スノーノイズのような煩わしい耳鳴りが頭に響き、純羽の声をかき消してしまう。同時に目が眩む程の羞明な光が降り注ぎ、視界を白に染め、目の前にいる純羽の姿が見えなくなる。あまりの眩しさに思わず目を閉じると、今度は頭が割れるような痛みに襲われる。

……ザザーー ザッ ピピーー……ピッ

 すると、急に意識が遠のいてゆく。

─────────────────────

 

……やはり分からない

 

 目覚めた直後は頭痛が酷くてもとの世界のことをよく思い出せなかったが、だんだんと記憶が鮮明になっていき、この街に着いた頃には完全に思い出せるようになった。尤も、思い出したところで現状が変わるわけではなかったが。


 そう、何度回顧しても俺がこの世界にいる理由が分からないのだ。突然光に包まれて頭痛と耳鳴りがして意識を失い、目が覚めると異世界にいた。なんて何が原因かさっぱりわからない。

 

 考えれば考えるほど謎が増えていく。頭がパンクしてしまいそうだ。それに、まだ重要なことが残っている。


「……これからどう動こうか」


 俺は独りごちる。もとの世界で持っていた財布やケータイは無くなってしまった。今俺が持っているもとの世界のものは、意識を失ったとき着ていた高校の制服だけだ。つまり今の俺は一文なしだ。


 いつまでもライン達が助けてくれるわけではないだろう。ラインは俺が一文なしなのを知って、暫く行動を共にしようと提案してくれたが、その「暫く」がどれくらいなのかわからない。一カ月かもしれないし、一週間かもしれないし、一日かもしれない。


 いずれにしろ、いつかは自分だけで行動しなければいけないから、自分で金を稼ぐ必要がある。

 

 だが、どうやって?

 

 馬車でラインの話を聞いた限り、この世界の文化や社会の仕組みはもとの世界と隔絶している。単に異世界だからというだけでなく、魔法が生活の基盤となっているのが影響しているのだろう。

 もとの世界と同じ感覚で生きていけば必ず痛い目を見ることになるだろう。


 ……やはり情報を得る必要がある。

 

 俺はこの世界について何も知らない。まずはこの世界について知らななければ。当分は情報収集を目標に動こう。


 最後に目的だが、これはこの世界が異世界だと気づいたときから決まっている。


「もとの世界に──純羽のいる世界に戻る」


 どれだけ困難だろうと諦めない。諦められない。

 

 決意を固め、寝台に横たわる。明日に備えて早く寝ようと瞼を閉じると、睡魔はすぐにやってきた。

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