第10話 最期は笑って

 通常、和樹などの普通の魔術師が使う魔術はプラスに分類される。

 そして、今魔性に堕ちた冬の力はマイナスに分類される。

 そのため、プラスの攻撃はすべてキャンセルされてしまう。

 しかし、例外はある。

 それが美山の扱う『退魔』と呼ばれる魔術だ。

 退魔とは、名前の通り『魔なるものを退ける』力。つまり、魔術を持って魔を退けるということだ。

 そして退魔の魔術はその特性からマイナスに分類される。

 つまり、マイナス×マイナスで攻撃は当たるということだ。




 冬は目を血走らせて、次々に生み出した剣をわたしに向かって飛ばしてくる。

 だけどわたしが放った矢は物理法則を無視した軌道で剣に当たり、霧散していく。

 余裕だったはずの冬の頬に冷汗が伝っている。

 わたしはね、あなたの物語を見てわかったよ。


 力を持っているだけで気味悪がって人間扱いしなかった人間への憎しみ。


 ただ一人だけ味方でいてくれたゆうきを異端という烙印を押して処刑した人間への憎悪。


 でも、それは―――。

「あなたが一番許せなかったのは、自分自身じゃないの?」

「黙れ―――――ッ‼」

 冬は我を忘れた獣のように、叫んだ。

 わたしは矢を構える指先に自身の中にあるすべての魔力を集める。

 そして、放たれた矢は冬の胸に直撃した。

 吹き飛んだ冬はもんどりうって倒れた。

 詰めていた息を吐きだし、肩の力を抜く。

「どうすればよかったのかな?」

 視線を向ければ、倒れた冬が立ち上がりかけていた。

 それを見て後ろにいた杉本君が杖を出そうとしたけど、わたしはそれを右手で制した。

「わたしはただ、ゆうきにもう一度会って謝りたかった。わたしのせいでゆうきは死んでしまった。わたしなんかよりも、生きるべき人だったのに」

「でも、死者の時間はもう止まっているの。戻すことはおろか、進めることもできない」

 それは生者も同じだ。

 止まることも戻ることもない代わりに、進むことしかできない。

「だけど、ゆうきの願いもあなたと同じ『大切な人に生きていてほしい』だったんだと思うよ」

 生きたいと思う気持ちと同じぐらい自然に、みんな大切な誰かに生きていてほしいと願っている。

 冬がゆうきに生きていてほしかったように、ゆうきも冬に生きていてほしかった。

 ただ、それだけだったんだと思う。

「そっか、そうだよね、あいつはそういうやつだから」

 そう言うと冬は苦笑いを浮かべた。

 何か言わなければいけないと思うのに言葉が出てこない。

 冬は涙がいっぱいにたまった瞳をわたしに向けて、微笑んだ。太陽のように晴れやかで、幸せそうな笑顔だった。

 その時、わたしの頭の中に映像が流れ込んできた。

 縄で縛られたゆうきが処刑台に上がっていく。そのまわりを、まるで舞台を囲むように村の人たちがいる。冬が少し遠い木の陰から、それを見ている。

 ああ、これは、ゆうきの処刑された日だ。

 ふと、ゆうきは冬のいる木の方を見る。

『あ』『り』『が』『と』『う』

 と、ゆうきは口だけ動かした。そして冬に向かってやさしく微笑みかけた。

 その顔と杉本君の顔が重なる。

 気がつくと、冬の後ろに寄り添うようにゆうきが立っている。

 二人の姿が涙でかすんでいく。

 わたしは涙を流しながら、冬とゆうきに微笑み返した。

 ゆうき、あなたは謝罪なんて求めていなかった。だって、冬と会って過ごした時間は幸せだったはず。たとえ、そのために殺されると分かっていても。それでも、冬との出会いをなかったことにしなかった。

 救われていたのは、冬じゃなくてゆうきの方かもね。

 その瞬間、冬とゆうきのまわりを金色の吹雪が舞いだした。二人の腕が、足が、金色の吹雪となって遠くに運ばれていく。

「「ありがとう」」

 そう言葉を残して冬とゆうきは、この世界から消滅した。



 錆びたお堂の扉を開けて、中に入っているものを取り出す。中に入っていたのは、石で作られた小さな位牌と手紙だった。

 裏返してみると長い年月が経って苔が生えており、何か文字が彫ってあるようだがなかなか読めない。苔を落としてみると、ただ一言、『ごめん』としか書かれていなかった。

 上手く彫ることができずに何度も何度も彫り直した跡がある。

 わたしはそっと位牌と手紙をお堂の中に戻した。手紙はとてもじゃないけど、読める状態ではない。それに、きっとこの手紙を読む必要はもうない。そう思いながら、扉を閉めた。

「悪かったね、何もできなくて」

 お堂の扉を閉めて立ち上がったわたしに、杉本君はそう言った。わたしは頭を横に振る。

「ううん、杉本君がいてくれたからだよ。一人じゃなにもできなかった。だから、これからもよろしくね!」

「‥‥‥ああ」

 わたしと杉本君は顔を見合わせて、声をたてて笑った。陽光を受けて、空を見上げる。青い空がどこまでも広がっている。

 そっと、わたしは目元を拭った。

 できたよ、お母さん。美山としての役割、ちゃんと果たせたよ。

 わたしは空に向かって、手を伸ばした。


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