第8話 過去の記憶
陽の目を持つ女。
それは、かつての日ノ本の希望ではなく‥‥‥そうあれかしと生を演じた女の諱。
「冬はすごいよ」
と、隣に座ってお饅頭を一口食んだ幼馴染の男の子が、何ともないことのように言った。
冬は読んでいた書物から顔を上げて、男の子のほうを見る。
二つ年上の男の子は、名をゆうきという。
「なにが‥‥‥?」
「だって冬はなんでも視えるんだろう」
そう言いながらもう一口お饅頭を食んだゆうきの頬に、餡子がついている。それを見なかったことにした冬は、また書物に視線を戻す。
「まあ、ね」
冬はそれなりに裕福な家に生まれた。けれど、昔から視える体質だったから、一族からは気味悪がられていた。
『あの子、イヤだわ。やっぱり双子なんて育てるべきじゃなかったのよ』
この時代、双子は不吉とされていた。
実の両親、兄ですら、冬のことを恐れた。
そして、二年前。冬はこの山奥の寺に捨てられた。山奥だったこと、そして村の人も冬を気味悪がっていたため、誰もここまで来ることはなかった。
何もしなかった。すべてがどうでもよかった。何もせずに死んだように生きて、そのうち死ぬのだろうと冬は思っていた。
そんな日々に、彼は突然現れた。
『なあ、お前、誰?』
『‥‥‥誰だっていい。どうせ、誰にも必要とされないから』
『だったら、おれがお前を必要としてやるよ』
あの時、冬は
それからゆうきは、毎日冬のいる山奥まで会いに来た。なぜか、来るときは必ず食べ物を持っていたけど。
ゆうきはいろんなことを教えてくれた。魚の釣りかた、料理の仕方、毒の見分け方‥‥‥などなど。
冬が自分一人で生きていけるようになっても、ゆうきは毎日毎日飽きもせずやってきた。けれど、冬もゆうきと他愛のない話をしながら、一緒にいる時間はとても楽しかった。
いつしかそれが冬にとっての当たり前であり、幸せであり、『生きる意味』となっていた。
書物を読みながら、冬は視線をゆうきに投げる。お饅頭は食べ終わったのか、皿は空になっている。ゆうきは下手な鼻歌を歌いながら、空を眺めていた。
書物を顔の前に持ってきて、口を尖らせて呟く。
「‥‥‥下手くそ」
「そうか? おれが作った名曲だぞ」
「その無駄な自信は、どこからくるんだか」
そんなに言うなら、今度はもっとすごいのを作ってきてやる、と意気込むゆうきにため息をつく。そういえば、前にもこんなことを言った記憶がある。
『いつか冬が日ノ本の太陽になっても、おれがずっと守ってやるからな』
『その無駄な自信は、どこからくるのよ』
頭から離れない、
(わたしが日ノ本の太陽、か)
なぜそんな考えに至ったのかは不明だが、ゆうきはずっと冬が日ノ本の太陽になると本気で信じていた。
「だいたい、わたしの名前は『冬』よ。太陽なんてなれるわけないでしょ」
「そうかな? だけど、冬は春を連れてきてくれるんだぜ。たしかに、冬になればいろんなものが消えていく。でもさ、いつかは春になってまた戻ってくる。春は『太陽』なんだ。でもこれは冬がなかったら来ない。冬はどうしたって太陽にはなれなかもしれない、だけど『
そう言って、ゆうきはニヤッと笑った。
そんな彼の顔を見て、冬は小さく微笑んだ。いつだって目の前の男は自身に満ち溢れている。その顔には一点の曇りもない。
冬にもう一度希望を抱かせた、ゆうき。
そんな彼にいつしか‥‥‥惹かれていた、冬。
だけど、そんなささやかな幸せすら、永くは続かなかった。
ゆうきが十四、冬が十二歳になった年、冬たちの関係が村の人たちにバレてしまった。いや、むしろ遅かったほうだと思う。
異端という烙印を押されたゆうきは、絞首刑となった。
ゆうきの処刑は滞りなく終わった。
なにもできなかった。
ただ、彼が目の前で殺されるのを黙って見ていることしかできなかった己が許せない。
神様はわたしのことが大層嫌いらしい。奪えるものは、根こそぎ奪って行った。わたしの唯一の望みも神様は聞いてくれなかった。
生きていてほしい大切な人との別れは、どうしてこうも突然なのだろう。
頬を一筋、涙が伝った。影が大きくなっていき、冬を包み込む。
ゆっくりと目を閉じる。
―――どうして?
―――なぜ、ゆうきは死んだの?
―――なぜ、彼は罰せられたの?
―――どうして、わたしはゆうきを助けられなかったの? その時のための力じゃなかったの?
―――誰も来ない。‥‥‥まただ。
―――わたしは、また、一人。
―――どうして、どうして、どうして、どうして、どうして……。
―――ねえ、どうして?
―――誰か教えてよ! ねえッ!
―――ゆうき‼
『冬は日ノ本の希望になれるさ』
『そして、いつかみんなを照らす光になるんだ』
―――ああ、そうか。
なんでこんな簡単なことに気が付かなかったんだろう。
いなくなったのなら、時間を戻せばいいんだ。
また、『ゆうき』を作ればいいんだ。
さあ、始めよう、とニヤリと微笑んだ。
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