第7話 どうして‥‥‥

『明日の放課後、ちょっと校内で変なところがあったから、見に行くぞ』

 って言われたけど、肝心の説明が一切ないんだよね。校門を抜け、下駄箱で靴を履き替えて一息つく。

「一年の美山飛鳥さんだよね? 少しいいかな?」

 突然、背後から声をかけられた。ふり向くと、そこには斎藤先輩が立っていた。

 えっと、なんで。

 彼も杉本君と同じように人目をひく容姿だ。まだ朝の早い時間だから、わたしたちのまわりに生徒がいないとはいえ、もしこれが他の(特に先輩のファン)生徒に見られたら、何を言われるか想像するだけでも恐ろしい。

「いきなりゴメンね。ぼくが生徒会長になってから、こうやって定期的に生徒の声を聞くようにしているんだ」

「あー、そういうことですか」

「うん、だから簡単にでいいから答えてくれないかな」

「わかりました」

 そう言われたので、特に身構えることなく先輩の質問に答えていく。質問は至って簡単シンプルなもので、学校のここがいい、ここが悪い、ここを改善してほしい、などといったものだった。

 わたしは生徒が来ないかとヒヤヒヤしながら、質問に答えていく。

「‥‥‥はい、協力ありがとうね」

「いえ、それではこれで」

 そう言ってその場を去ろうとしたわたしを、斎藤先輩は再度呼び止めた。

「失ったものを取り戻す方法を、美山さんは知っているかい?」

 わたしをじっと見て、斎藤先輩が真顔で問いかけてくる。

 わたしはブラウスの胸元を強く握りしめ、震える声で答えた。

「無理ですよ、それは。一度なくしたものは、取り戻せません」

 斎藤先輩がわずかに目を伏せ、淡々と告げた。

「いや、とても簡単なことだよ。時間を戻せばいいんだ。そうすれば、同じ過ちを繰り返さなくてすむ」

「えっと……」

「ゴメン、変なこと言ったね。今のは忘れて」

 そう言って斎藤先輩はわたしの脇を通り過ぎていった。

 え?

 その一瞬、もしかしたらわたしの気のせいだったかもしれないけど。


『おれは、ゆうきにならなくちゃいけないんだ』


 そう、聞えたような気がした。



「‥‥‥ってことがあったんだけど、実際に時間って戻せるの?」

「いや、厳しいと思うぞ」

「そうなの? 魔術とかって何でもできるイメージなんだけど」

「魔術は別に完璧なんかじゃないぞ」

 そう言いながら、杉本君は呆れてため息をついた。

 今日は授業の内容が全然頭に入ってこない。いや、それでも授業中にする会話じゃなかったな(そもそも授業中に会話すること自体がダメなんだけどね)、と反省している時だった。

「お、おい、あれを見ろ!」

 クラスメートの一人が窓の方を指さして悲鳴のように叫んだ。窓の方を見ると、唖然とした。

 ‥‥‥窓の向こうの空が、真紅色に染まっていっていたからだ。

 この感じ、似てる。あの時と。

 間違えるはずがない。空の色は違うが、この雰囲気は間違いなく昨日わたしが迷い込んだ(?)場所と同じだ。

「ど、どういうこと!」

 と、言いながらまわりを見ると、目を見開いた。わたしと杉本君以外のクラスにいる全員が石のように動いていなかったのだ。隣で杉本君が舌打ちをする。

「飛鳥、あんまり今朝の話、バカにできないかもな」

「えーと、どういうこと。わたしにも分かるように言って」

「説明は後だ。行くぞ」

 ちょ、どこ行くのよ、と叫びながらわたしと杉本君は慌てて廊下に飛び出した。



 杉本君が向かったのは体育館裏だった。今わたしたちの目の前には小さなお堂がある。大きさはわたしの膝小僧ほどで、かなり古いものだ。

 たしか、入学式で校長先生が何か言っていた気がするけど‥‥‥その前の話が長すぎて全然記憶に残ってない。まあ、体育館裏なんてほとんど来ないから、記憶になくても当たり前なんだけど。

 そう思いながら、お堂に触れようとした時。

 バッ! と背中から視線を感じ、ふり返った。

 そこに立っていたのは―――。

「‥‥‥藤、宮先輩」

「神様は本当にわたしのことが嫌いなのね。ここまできて、まだ邪魔し足りないのね」

 目の前に立っているのは、みんなのアイドル的存在。いつも明るくて、優しい、どんな時だって笑顔を絶やさない藤宮真冬先輩だ。なのに、いつもと同じ笑顔のはずなのに。

 今のわたしには、どうしても作り物であるようにしか感じない。

 ドクンドクン、と耳のすぐ隣で鳴っているのかと思うぐらい、大きな鼓動が聞えてくる。

 わたしは迷いを振り切るように頭を振る。

 どうして、先輩がこんなことを。ていうか、てっきり斎藤先輩が何かしてるのかと思ってたんだけど。

 しかし、それを言葉にすることはできなかった。

 藤宮先輩はわたしを見ると、目を細める。それと同時にまばゆい光がわたしを包んだ。

「飛鳥!」

 杉本君の声が遠くから聞こえてくる。その光はわたしの意識をだんだんと遠ざけた。




 ぴちょん、と水滴が落ちる音が聞えた。目を開けると、わたしは水面の上に立っていた。

「ごめんなさい、ごめんなさい」

 後ろから女の人の声が聞こえてくる。ふり向くと、少し離れたところでうずくまり、すすり泣いている女の人がいる。涙が水面に落下すると、いくつもの波紋を作った。

 わたしがその女の人に一歩近づこうとすると、その肩を誰かが押さえて邪魔をする。

 ふり返って、その相手と対峙する。

「あなたは‥‥‥」

 そのとき、声が聞えてきた。

「わたしは、日ノ本の希望にならなくちゃいけなかった」

 と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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