第6話 似た者同士
―――つかれた‥‥‥。
湯船につかりながらほっと一息つく。
帰るのが遅くなったから、あんまり長湯はできないな。
そう思ってお風呂から出て、髪や体を乾かす。そのまま自室には向かわずに、台所に向かう。
ちょうど、タイミングよく父が皿洗いを終えたところだった。
「飛鳥。お風呂は終わったのか?」
「うん、お先にありがとう」
わたしが冷蔵庫からお茶ポットを取り出すと、父がガラスコップを差し出してきた。ありがと、っと言って受け取る。
お風呂上がりの喉を、冷たいお茶で潤す。お茶ポットを冷蔵庫に戻して、父の方を向かずに話しかける。
「ねえ、たしか美山ってお母さんの姓だよね」
「そうだけど、急にどうしたんだ?」
「‥‥‥ううん、何でもない。ちょっと気になっただけ。今日は疲れたから、もう寝るね。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
そのままわたしは父の顔を一度も見ることなく、足早に自室に向かった。
ちょっと変、だったかな。
そう思いながら部屋に入ると窓を開け放ち、ベッドにバタンと倒れるように仰向けに寝転がった。
お父さんはお母さんの実家が何をしてたのか、知ってるの?
喉まで出かかった言葉を、すんでのところで飲み込んだ。
男手一つで育ててくれた父に、これ以上負担をかけたくはない。
「わたしが、しっかりしなきゃ」
と、天井を見上げながらつぶやいた時だった。
「まあ、いい心がけじゃないのか」
‥‥‥いや、今のはきっと幻聴だな。大体、ここ二階だし。
そう自分に言い聞かせ、寝返りを打つ。すると。
「おい、無視するな」
声がしたのは、ベッドに寝転がったまま少し視線を上げれば見える、先ほど開けた窓の外からだった。悪い予感しかしないけど、仕方なく上半身を起こして視線を窓の外に投げれば、タオルで髪を乾かしている杉本君と目が合った。
「‥‥‥え。な、なんで!?」
窓のすぐ向かいは一軒家だ。あっちの部屋の窓と、わたしの部屋の窓は、手を伸ばせばとどいてしまうほどの距離にある。でも、あの家は随分前から空き家だったはずだ。
「この家、兄貴が買ったんだ。で、ここがおれの部屋ってわけ」
「そ、そうなんだ」
わたしは乾いた笑いを浮かべた。
「少し、話さないか」
杉本君の顔が真剣で、目をそらすことができなかった。
わたしはうなずいた。
わたしは壁にもたれかかり、ベッドの上で体育座りをする。
どちらも話さないまま、時間だけが過ぎていく。もしかしたら、そんなに長くはなかったのかもしれないけど。先に口を開いたのは、わたしだった。
「わたしの両親は、駆け落ち同然で結婚したの。だから、親戚付き合いとかもなくて、ましてやお母さんの実家がそんな魔術師だなんて知らなかった。でも、お母さんはもういない。交通事故。飲酒運転の車にはねられて、そのまま」
「‥‥‥」
「杉本君はわたしが美山の当主って言ったけど、多分わたしは外れだよ。お母さんは『奇跡の子』だったかもしれないけど、わたしはそんな特別なんかじゃない。何にも才能がない、何者にもなれない」
違う、こんなことが言いたかったんじゃない。知っている、これは、八つ当たりだ。わたしは、心の奥底で、少しだけ期待していたんだ。
もしかしたら、わたしも
わたしは出来損ないだ。魔術師としてでさえ、才能がない。
杉本君は何も言わない。なさけなさ過ぎて、言葉も出てこないのかな、と思ったときだった。
「‥‥‥杉本家が代々受け継ぐ魔術が何かわかるか? 今朝おれが使った杖、アレみたいな『聖遺物』って言われる、魔術師が扱う特殊な道具、それの修理とか調整だ。でも、おれにはできない」
え。
「どれだけ努力しても、おれにはできなかった。兄貴は、兄貴は、って何度も言われたよ。すごく悔しかった。自分がひどく惨めに思えた。でも、ふと思ったんだ。『才能ってなんだろう』って」
「何か得意なことがあるとか、他とは違うってことじゃないの?」
「うん、おれも最初はそう思ってた。でも、それは違うと思うんだ。例えば、誰かに優しくできる、これも才能なんだと思う。皆が皆、人に優しくできるわけじゃないからな。それに、才能のない奴が、じつは一番の才能なんじゃないかって思う。だってそうだろ? 才能がないってことはさ、これからどんな可能性もあるってことだから」
だから、自分が外れと決めつけるのはまだ早いんじゃないか、と杉本君は言った。
ふと気がつくと、頬を何かが伝っていた。わたしの頬は緩み、口元は小さく弧を描いた。
ありがとう、と小さな声でつぶやく。
「‥‥‥似た者同士、おれたちいいパートナーになれると思うぞ」
そう言いながら、杉本君も笑っていたように感じた。
星雲高校の体育館裏には、小さなお堂がある。この学校が建てられる前から、ここにあるものだ。
そのお堂の前に、二つの人影がある。一人はお堂に向かって手を合わせており、その後ろで手を組んで待っている方は、どことなく機嫌が悪そうだ。
「準備は終わったか?」
その声も、いつもより声のトーンが低い。
「もちろん、ようやく明日実行できる」
「わかった」
それだけ分かればいい、と言うようにすぐにその場から消えてしまった。
とり残されたほうは、もうしばらくお祈りをしてから立ち上がった。
「‥‥‥おれは、ゆうきだ」
瞬きする間に、その場にはもう誰もいなかった。
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