第4話 兄貴
「‥‥‥そろそろ帰ろうかな」
図書室の時計をチラリと見て、教科書やノートを学生鞄にしまう。まあ、色々とありすぎて全然勉強に集中できなかったんだけどね。
それにしても杉本君、すごかったな。朝のHRが終わった瞬間、女子を筆頭にほとんどのクラスメートに囲まれてたけど。それは授業が終わって放課後になっても勢いは衰えていなかった。といっても、本人はまったく動じることなく受け答えしてたけど。
それはきっと彼が本物だからだろう。わたしには、永遠にムリだろうけど。
わたしはといえば、今朝のことがあって極力関わらないようにしていた。わざわざ杉本君との接触を避けるために、やる気もないのに図書室に行って勉強していたのだから。
「よりにもよってかなめは生徒会、早紀は部活でいなくなっちゃったし」
「何か問題でもあったのか?」
‥‥‥。
校門から出た途端、わたしは凍りついたようにその場に立ち止まった。
塀に寄りかかっている少年‥‥‥杉本君がいたからだ。
まさかあっちから話しかけてくるとは。こっちから接触しなければ、大丈夫だと思ってたのに、あっちから接触してきたら意味ないじゃん。今までのわたしの苦労はなんだったの、時間を返してほしいと頭を抱えたくなった。
「行くぞ」
そう言うと、杉本君はわたしの手首をつかんだまま歩き出した。
顔が赤くなる。
「へ、いやちょっと待ってよ」
「なんでだ? この後、用事でもあるのか?」
「いや、それはないけど」
「なら問題ない」
どこが! 問題だらけだよ。そんなわたしの心の中の叫びが聞こえるわけもなく、路肩に停められていたすごく高級そうな黒塗りの車に向かうと、杉本君は無言で後部座席のドアを開けた。
手をつかまれたままなので、そのままわたしも杉本君と共に車に乗り込みざるえなくなり、混乱している間に無情にもドアは閉まってしまった。
無音で走り出す車。ここにきて、ようやく杉本君はつかんでいた手を放してくれた。
会話は一切ない。車内にはわたしと杉本君以外に運転手が一人いるだけ。運転手はまだ二十歳ほどの男性だった。
三十分ほどで車が止まった。ドアが開いて外へ出る、十階建てのビルがそびえ建っていた。駅前にほど近いここは、会社区域となっている。だから、このビルも何かの会社なのだろうけど、なぜ杉本君がここに連れてきたのかわからない。
そんなことを考えている内に、車は走り去っていた。
わたしは杉本君とビルの中に入ってエレベーターの前に立つ。エントランスには誰もいない。普通は受付などで要件を言うものだろうと思っていた分、拍子抜けを通り越して薄気味悪いとさえ思う。
すぐにドアが開いて乗り込んだ。押されたのは十階のボタン。エレベーターはガラス張りで、この町を見下ろしながらどんどん上っている。
「‥‥‥あ」
エレベーターが止まり、チャイムが鳴ってドアが開いた。杉本君に促されて外に出ると、そこはただの部屋だった。
エレベーターのドアと向かい合う形で正面に机と椅子が置かれているだけの、とても簡素な部屋だ。
「ねえ、誰もいないけど、勝手に入ってよかったの?」
不安になり、こっそりと杉本君に耳打ちすると、
「よく来たね、当主様」
「ひゃあっ!」
ビクッと肩を揺らして、わたしは体を強張らせる。恐る恐るふり向くと、背後にはスーツを着こなし、杉本君に負けず劣らずのルックスを持つ、わたしたちよりは年上と思われる男性が立っていた。男性は悪びれることもなく、にこやかに微笑んで手をひらひらと振っている。
「‥‥‥杉本君の、知り合い?」
失礼だと思いながらも、わたしは男性を指さしながら杉本君に視線を向けた。男性の方はぱちぱち瞬きして、
「和樹、もしかして何も説明してないのか?」
「俺よりは兄貴の方が向いているだろう」
「だからってお前、無断で連れてくる奴があるか」
「話そうにも、逃げるんだよ。今朝も学校も」
「‥‥‥うん? 今朝ってどういうことかな? えっと‥‥‥」
男性がわたしのほうを見たので、
「飛鳥です。美山飛鳥」
「じゃあ、飛鳥ちゃん。何があったのか教えてくれるかな」
男性がふわりと微笑んだ。
‥‥‥しかし、上機嫌の笑みを浮かべているように見えて、目はまったく笑っていない。
あ、これ逆らったらいけない奴だ。
本能的にそう思った。
―――数分後。
「お前、さすがに初対面でいきなり『ソレ』はない‥‥‥プ」
「笑うなら、声出して笑ったらどうだ。逆に腹立つ」
「じゃあ、声に出して大笑いしてやればいいのか?」
「それもそれで腹立つから、ヤメロ」
我が儘だな、と男性に同意を求められたが、わたしは苦笑いを浮かべるしかない。
話していてわかったことだけど、この二人は歳の離れた兄弟らしい。
杉本和也、和樹とは十歳差の兄。若くして会社を立ち上げるほどのやり手。交渉力に長けており、情報通でもあるらしい。
「ゴメンね、初めて『主様』に会えてこの子も浮かれてたの、悪気はないから」
「それはいいんですけど。その、『主様』とかっていうのは‥‥‥」
「ああ、そこら辺の説明がまだだったね」
そう言うと、和也さんはニッコリと微笑んで説明を始めた。
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