第3話 転校生

「はあ~……」 

 教室の机に突っ伏したままのわたしは、深いため息をついた。

 家を出てから学校に来るまでにかけていろいろなことがありすぎて、正直疲れた。

「でも、お礼ぐらい、ちゃんと言いたかったな」

「どうしたの、アスカ?」

 前の席に座る佐々木かなめが、心配そうにこちらをうかがってくる。同じ高校を受験した、幼稚園からの親友だ。

「えっと、ちょっとね」

 笑って誤魔化そうとすると、聡い親友は疑わしそうに眉を寄せた。

「まあ、話したくないなら別にいいけどさ。アスカってすぐに一人で抱えて無茶するから」

「あー、確かに。そんな感じする」

 かなめの頭に肘をのせて、魚谷早紀がスマホをいじりながらニヤッと笑った。高校に進学してから仲良くなった早紀は、金髪(本人曰く地毛らしい)というちょっと外見で勘違いされやすいが、根はとても良い子でめちゃくちゃ真面目な子だ。前回のテストでは、学年で十位以内に入っている。

 ちなみに、我が校は授業中以外はスマホの使用が基本的に可能なので、早紀以外にもスマホを使っている人は少なくない。

「そういや、かなめはどうなんだよ。先輩とちょっとは進展したか?」

「ちょ、早紀ちゃん! 大きい声で言わないで」

「かなめ、安心して。皆聞こえてないから」

 ‥‥‥早紀のいう先輩というのはこの学校の生徒会長、一つ上の斎藤祐樹先輩のことだ。かなめは斎藤先輩に一目惚れして、入学して最初の委員決めで生徒会に入ったほどだ。

「でねっ、それで、斎藤先輩が‥‥‥」

 かなめは頬を赤らめながら、朝に何があったのか話している。親友としては、もちろんかなめの恋が叶うことを願っている。まあ、そうカンタンにはいかないのだろうけど。

 斎藤先輩はイケメンで頭がよく、かなめ以外にもたくさんの女子から人気があるような人だ。それでも、かなめには生徒会というアドバンテージがあるにはあるのだが‥‥‥。

「あ、斎藤先輩。‥‥‥ゲ、真冬先輩もいる」

 早紀の声にわたしとかなめは視線を窓の外に投げた。

 うわぁ‥‥‥と半眼になる。

 そう、かなめの最大の恋のライバル(実際に恋のライバルかどうかは知らないけど)、生徒会にいるものすごっくハイスペックでかわいい副会長だ。しかもこの副会長、藤宮真冬先輩も斎藤先輩に負けず劣らずの人気者でもある。

 実際この二人が並んでいるのを見ると、美男美女カップルでお似合いだなと思ってしまう。

 その時、視界の隅に紅い影がよぎる。なんだろうと思っているうちに、チャイムが鳴った。早紀がわたしの後ろの席に座ったタイミングで、担任の先生が入ってくる。

 ―――と先生の後ろに一人の生徒がついてくる。

 風になびく黒髪に、同じ色の瞳。大人っぽい雰囲気の顔つき。クラス中の女子が色めきたつ。

 ‥‥‥わたし以外は。

 クラスのみんなとは対照的に、わたしの顔はどんどん青くなっていく。

 あれって、どう見ても、さっきの男の子。

「お前ら、静かにしろ~。でないと、内申下げるぞ」

 先生の野太い声でクラス中が静かになる。

「転校生の、杉本和樹君だ。京都から引っ越してきた。仲良くしてやってくれ」

 て、ててててて転校生!?

「おー、めちゃくちゃイケメンじゃん」

 こっそりと、早紀が耳打ちしてきた。しかし、わたしはそれどころではない。

 杉本君と目が合った。

 気まずくて、すぐに視線をそらす。しかもなんで、よりによってただいまわたしの隣は空席なのだ。見つかりませんように、という私の祈りは届かず、先生は教室中を見渡して目ざとくわたしの隣が空席であることを見つける。

「美山、お前の隣開いてるな。杉本、あの女子の隣な。美山はしばらく教科書とか見せてやれ」

「‥‥‥はい」

 喉から、力ない声が漏れて出た。

 

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