エリュシオン//選択

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 ──エリュシオン//選択



「世界の行く末を選べ、ですか……。お聞きしましょう」


「ひとつ。このまま事態を放置する。結末は先ほど語った通りだ。20年後にはこの地球は滅ぶ。全ての人類と生命が滅び、人類の歴史はここで終わる」


「別の選択肢があると?」


「もうひとつは君と“終焉の獣”をともにエリュシオンに存在する人工星辰世界に封印する。人工星辰世界からはテリオン粒子は漏洩しない。少なくとも20年以上は地球の生命を維持することができるだろう」


 ハーバートはファティマの問いに語る。


「重要なのはそれをただの延命で終わらせないことだ。我々は延長された時間を以てして宇宙に向かう。この惑星を出て別の惑星に移住する。それによって人類をより長く生存させるのだ」


「なるほど。そのための準備はできているのですか?」


「できている。これまで実行できなかったのは結局はエデンとゲヘナの対立故だ」


 地球がテリオン粒子によって滅びるならば惑星移住を実行するのみ。


「君には選んでもらうことになる。君は友人たちとともに死ぬか。それとも友人たちを救うために孤独な死を迎えるか。どちらを選んでも責めはしない」


「そうですね……」


 ファティマにはもう死ぬしか選択肢はなかった。それが全てを巻き込むものか、あるいは孤独ながらも他に救いのあるものか。そのふたつだけだ。


「それならば私はサマエルちゃんとともに人工星辰世界に向かいましょう。私のわがままに皆を付き合わせるわけにはいきませんから」


「本当にそれでいいのだな? 受け入れてくれるのだな?」


「ええ。そうします」


 ファティマは自分を犠牲に他者を救うことを選んだ。


「その決断に敬意を示す。君は立派だ。誰よりも」


 ハーバートは尊敬の念を込めてそう言った。


「私も人類の移住後もこのエリュシオンに残り人工星辰世界の管理と維持にあたる。君とともにこの地球に残ろうではないか」


「しかし、聞いておきたいのですがテリオン粒子が増大し続けて人工星辰世界から溢れる可能性はないのですよね?」


「そのための管理だ。人工星辰世界を広げ続け、それによってテリオン粒子の漏洩を予防する。理論上人工星辰世界は永遠に広げ続けることができる」


「なるほど」


 ファティマはハーバートの言葉に小さくうなずいた。


「もうひとつ質問をいいでしょうか? 他の全ての物質を破壊し、旧世界ですらもコントロールできなかったテリオン粒子がどうして私には生命維持の役割を果たしたのでしょうか?」


「それについての興味深い情報がある。君のデータを調べた。それによれば初めて“終焉の獣”に接触した少女であるアルマ・タカナシの遺伝情報が君には含まれているとのことだった」


「アルマ・タカナシ……?」


 ハーバートの言葉にファティマが首をかしげる。


「……ボクの最初の友達だよ。ボクのこの姿はその子のそれを模しているんだ」


「そうだったのですか。その子はどうなったんですか?」


「ボクが……死なせてしまった」


 ファティマが尋ねるとサマエルがそう言った。


「テリオン粒子が人体に有害だったなんてボクはそのとき知らなかったから、テリオン粒子を彼女に浴びせてしまって。その結果、彼女は……」


「サマエルちゃん……」


「お姉さんもボクのことを恨んでいるよね……」


 ファティマが言葉を詰まらせるのにサマエルがそう呟いた。


「いいえ。恨んでなどいませんよ。何があろうとも」


「お姉さん……」


 ファティマの言葉にサマエルが涙ぐんだ。


「ハーバートさん。あなたは事情を把握しているようなので尋ねますが、私の体が完全にテリオン粒子に置き換わった場合、どうなるのでしょうか?」


「これまでテリオン粒子だけによって構築されていると確認された生命は“終焉の獣”だけだった。それがどのような仕組みで生命として存在しているのかは長らく謎だったが、分かっているのはそれを再現することはできないということだ」


「つまり……」


「完全なテリオン粒子への置換が完了すれば、君は死ぬだろう」


 ハーバートはファティマにそう宣告する。


「そうですか。薄々分かってはいましたが」


 ファティマがそう落胆したときだ。


「お姉さんを助ける方法はあるよ」


 サマエルが声を上げた。


「サマエルちゃん。どのような方法ですか?」


「ボクは純粋なテリオン粒子で構成されており、同時に安定した存在。だから、ボクの体に完全にテリオン粒子に置換されたお姉さんを融合させれば、恐らくは」


「なるほど」


 サマエルの提案にファティマが頷く。


「待つんだ。それで生まれる存在はファティマ君でもないし、“終焉の獣”でもない存在になるだろう。つまり、ふたりがともに失われることになる」


 ハーバートはそう警告した。


「私は構いませんよ。どうせ何もしなくても死ぬことになるんですから。けど、サマエルちゃんは困りますよね」


「ボクも大丈夫だよ、お姉さん。ボクのせいでお姉さんはこんなことになってしまったんだから責任を取りたい。それに……」


 サマエルがファティマの方を見据える。


「ボクはもうひとりになりたくないんだ。お姉さんと一緒にいたい」


 サマエルははっきりとそうファティマに伝えた。


「決まりですね。そうしましょう」


「うん」


 ファティマとサマエルはともに手を握ってそう誓い合った。


「そうか。それが君たちの選択か。ならば、何も言うまい。君らの好きなようにするといい。君たちは人類のために犠牲になることを容認してくれたのだから」


 ハーバートはそう言って納得する。


「暫くはここで過ごすといいだろう。私はすべきことをしなければ」


「すべきこと?」


「既にエリュシオンの人工星辰世界に存在する人間たちを削除する。君たちが人工星辰世界に入ればいずれにせよ彼らは死に絶えることになるのだから」


「分かりました」


 そして、ハーバートは去り、接客ボットによってファティマとサマエルはときが来るまで休むための部屋に案内された。


「何をして過ごしましょうか?」


「ボクはしたいことはないかな……」


「そうだ。みんなにメッセージを残しましょう」


 ファティマはそう思い立つとZEUSを起動。


「さて。皆さん、これを皆さんが見ているときには私はもういなくなっていると思います。けど、私は後悔していませんし、不幸だとも思っていません」


 そうZEUSにファティマが記録していく。


「これもひとつの結末だと受け入れています。今はただ皆さんが無事に新しい世界に到達できるのを祈るのみ。新しい世界で新しい生活を送れることを。皆さん、頑張ってください!」


 ファティマはそう短くメッセージを残し終えた。


「あとは待つだけですね」


「そうだね」


 ファティマが完全なテリオン粒子に置換されるまでファティマたちは待った。


……………………

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