エリュシオン//事実

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 ──エリュシオン//事実



 ファティマとサマエルはアセンションセクター・ワンの軌道エレベーターの利用施設までやってきた。


「いよいよこれからエリュシオンに向かいますよ、サマエルちゃん」


「うん。彼らにテリオン粒子に対抗できる手段があるといいね」


 サマエルに向けてファティマがそう言い、サマエルも頷く。


「きっとありますよ。彼らはテリオン粒子に干渉するデバイスを開発していたのですからね。多少なりと知見はあるでしょう」


 リーアはテリオン粒子の凝集を妨げる兵装をしていた。


「ファティマ。サマエル。軌道エレベーターは何の問題もなく動く。エリュシオンの側で妨害している動きもない。本当に向かうの?」


「ええ。そうしないと助からないそうですから」


 ようやく病床から復帰したグレースが尋ねるのにファティマがそう返す。


 あれからミアに再び検査してもらったが既にファティマは循環系と脳神経gがテリオン粒子に置き換わっている。つまり死が近いのだ。


「そう。あなたの幸運を祈っている」


「ありがとうございます。では、行きましょう」


 軌道エレベーターが音を立ててアセンションセクター・ワンの軌道エレベーター施設に到着し、ファティマとサマエルはそれに乗り込んだ。


「サマエルちゃん。もし、私のテリオン粒子による障害が治ったら遊びに行きましょう。映画とか、ショッピングとか、食事とか、そういうことをしましょう」


「……うん」


 ファティマが胸を躍らせて語るのにサマエルは暗い表情で頷いた。


 軌道エレベーターは瞬く間に衛星軌道上に進出し、上空に存在していたエリュシオンへと到着した。地上からは小さな黒い点にすぎなかった建物も近くではかなり違って見えくるものだ。


「ここがエリュシオン」


 エデンの中のさらに特権階級が暮らす場所にしては普通だ。置かれている家具は平凡なものでエントランスもちょっとしたビジネスホテル程度でしかない。


『ようこそエリュシオンへ、ファティマ。アルハザードさん』


 接客ボットがファティマたちを出迎え、彼らに敵意がないことを示す。


『これから管理者ハーバート・ゴールドスタインの下に案内いたします』


「ふむ」


 ファティマたちはエリュシオンにどんな人間がいるのかを知らない。誰に会えばエリュシオンについて理解できるのか分からない。


 故に接客ボットが案内するのに任せるしかなかった。


 ファティマたちは接客ボットに従ってエリュシオンの中を進む。


 エリュシオンの中はビジネスホテルのような無機質さであり、そして何より人気が全くなかった。そう、人が生活している様子が全くないのだ。


 ファティマたちは案内されるがままに進み──。


「君たちが問題の人間たちか」


 目的地でファティマたちを出迎えたのはロボットだった。


 小さな球体で反重力エンジンで浮遊しているであり、周囲にはリモートアームも浮遊している。明らかに人ではないように見えた。


「あなたがハーバート・ゴールドスタインさんですか?」


「いかにも。このような姿だが人間だよ。いや、人間というものを厳密に定義するならば私はもう人間ではないのかもしれないが」


 ファティマの問いにハーバートがそう答える。


「どういうことなのですか? エリュシオンの他の住民はどこに?」


「ひとつずつ説明していこう。まずはエリュシオンについてだ」


 ハーバートがそう語り始めた。


「まずエリュシオンは安息が約束された楽園ではない。これはただの人類を延命するための装置のひとつにすぎない」


 エリュシオン。楽園だと思われていた場所。


「旧世界の崩壊。それが起きた時から既に分かっていたことがある。我々人類はこの地球において未来はないということ。我々は滅びゆく種族であるということ」


「しかし、エリュシオンはこうして衛星軌道上に」


「最初の計算で分かっていた。テリオン粒子は増殖はしても、減少はしない。いくら年月が経っても同じだ。そうであるがゆえにテリオン粒子がまた増殖を開始すれば、衛星軌道も汚染されるだろう」


 ファティマの言葉にハーバートはそう返す。


「エリュシオンにおいて我々は生存のためにある行為を行った。それは人工的な星辰世界の構築と人類をそこにバックアップしておくということ。それによって人類の絶滅を避けようとした。だが」


 ハーバートが言葉を詰まらせる。


「テリオン粒子は星辰世界にも影響を与えると分かった。あれは文字通り全てを破壊する物質なのだ」


「ですが、エリュシオンにはテリオン粒子による影響を抑える方法があるのでしょう? あなた方の技術力ならば……」


「そんなものはないよ。我々はテリオン粒子をどうこうすることはできない。それは旧世界から全く変わっていないのだ」


 ファティマが縋るようにいうのにハーバートは淡々と返す。


「そこにいる君は知っているのだろう、“終焉の獣”よ」


 ハーバートはそう言ってサマエルに視線を向けた。


「……ボクがこの惑星に現れてからテリオン粒子がこの惑星に満ち始めた」


「そう。旧世界において“終焉の獣”の出現がテリオン粒子の出現を招いた。私はかつてメティス・マギテクノロジーの研究社だったからそれを知っている」


 サマエルが呟くように言うのにハーバートが続ける。


「テリオン粒子は膨大なエネルギーを有する物質だった。既存のあらゆる物理現象に干渉する物質なのだ。その性質を当初我々は利用しようとしていた。これを使えば無限のエネルギーを手に入れられると信じて」


「だが、上手くいかなかった、と」


「そうだ。失敗した。テリオン粒子は人類のコントロールできるようなものではなかった。テリオン粒子は全てを破壊する。それ以外の目的はないかのように」


 旧世界は当初物理現象を捻じ曲げるテリオン粒子に夢を見た。しかし、それは悪夢だということが分かっただけだった。


「テリオン粒子の利用を諦めた我々は次にそれを無力化しようとしたが、それにも失敗した。それによってエデンの建築が始まり、さらにはエリュシオンが作られた」


 ハーバートが言葉を続ける。


「そして、今我々は最悪のシナリオに直面している」


「最悪のシナリオ、とは?」


「今も増殖を続けるテリオン粒子を放置すれば20年後には地球は完全に滅びるということだ。この惑星は不毛の大地となり、人類も他の生命も全てが死に絶える」


「20年……」


「これを我々は避けたいと願っている」


 この世界が20年後に滅びると言われてファティマが呻き、ハーバートは語る。


「テリオン粒子を増大させている原因は“終焉の獣”だ。これをどうにかしなければ世界の終わりはやってくる。地球のみならず太陽系の全ての惑星から銀河の全てまでを破壊しつくすだろう」


「もう滅びしかないのですか?」


「いいや。選択肢はある」


 ハーバートがファティマの問いにそう答える。


「君に選択肢を与えよう。この世界の行く末を選ぶのは君だ」


 そうハーバートはファティマに告げた。


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