末っ子の我がまま//自作自演

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 ──末っ子の我がまま//自作自演



 デフネはソドム裏切った汚職軍人であるアレクサンダーをグリゴリ戦線の処刑方法で殺害した。その方法は残酷極まるとしか言いようがない。


 それはデフネが言うにはグリゴリ戦線の幹部が日本の戦国時代に行われていたらしい鋸挽きという名の処刑方法にインスピレーションを受けただろう方法だ。


 首を切断されれば人はすぐに死ぬと思いがちだが、首において重要なのは頸動脈と頚髄の神経系だ。このふたつの破損は速やかな死に至る可能性がある。逆に皮膚や気管、食道の傷は即死に至らない。


 つまりはそういうことだ。


 アレクサンダーの首をゆっくりと生きたままデフネは切断し、切り落とした。周囲は血塗れでデフネ自身も血塗れになっていた。


「終わりっと! 後は通報しておくだけ」


 デフネは携行していたミネラルウォーターのペットボトルを頭から浴びて血を流し、端末からゲヘナ軍政府憲兵監部にゲヘナ軍政府職員の死体を見つけたと通報した。


「逃げるよ、お姉ちゃん!」


「はい!」


 ファティマたちはデフネが準備しておいたタイパン四輪駆動車でグリゴリ戦線支配地域を脱出し、ソドム支配地域を目指す。


「これでグリゴリ戦線の人間を紹介してもらえますね?」


「うん。満足したぜ! それにさ。これでどうせ向こうから接触してくるよ」


「それはどういうことですか?」


 デフネの意味深な発言にファティマが首を傾げた。


「ゲヘナ軍政府はアレクサンダーを殺したのはグリゴリ戦線だと思う。そして、報復のために軍事作戦を開始する。となると、グリゴリ戦線には武器が必要になり、あたしたちは武器を売っている。つまり?」


「なるほどですね。酷い自作自演です。グリゴリ戦線に同情します」


 そう、最初からそう言う話だったのだ。


 デフネはアレクサンダーという高級将校の拷問殺害の罪をグリゴリ戦線に被せた。これに対する報復をゲヘナ軍政府が実行すれば、グリゴリ戦線は自分たちを支援しているフォー・ホースメンやソドムに接触してくる。


 ファティマが評価したようにデフネによる自作自演だ。


「接触して来たら紹介するからね。まあ、ちょっと時間はかかるだろうけどさ」


「ええ。気長に待ちます。それより早く拠点に戻っていただけますか?」


「どうして? どこかで遊んでいこうよ。いろいろあるよ、ソドムにはさ!」


「遊ぶ気にはなれないです。サマエルちゃんを置いてきますから」


「またあの子のこと?」


 ファティマが申し訳なさそうに言うとデフネがそう言ってため息を吐く。


「あの子のこと好きなの、お姉ちゃん? あんなドン臭くて、根暗で、コミュ障の陰キャが好きなの? あたしの方がお姉ちゃんのこと楽しませてあげられるよ?」


「あなたにはアヤズさんたちがいます。でも、サマエルちゃんには私しかいないんです。だから、放っておいてはいけないんです。それが理由です。この理由では納得してもらえませんか?」


「できない。ここでは能力のない人間は捨てられる。強い人間が強い人間と手を組んで協力し、生き残っていく。お姉ちゃんはそういう考えだといつか殺されちゃうよ?」


「かもしれません。ですが、私はそう簡単には殺されませんよ」


 デフネの警告にファティマが不敵に笑った。


「お姉ちゃんのそういうところ、凄く好き!」


 楽しそうにデフネが笑い、ファティマたちが乗ったタイパン四輪駆動車はソドムの拠点である旧アメリカ大使館の駐車場に入った。


「では、私は失礼します。グリゴリ戦線から連絡があれば教えてくださいね」


「また会おうね、お姉ちゃん!」


 ファティマはデフネと別れ、拠点施設内に入る。そして、サマエルを預けてある部屋を目指した。


「サマエルちゃん。起きてますか?」


 ファティマがそっと扉を開いて部屋の中に入る。


 サマエルはまだ眠っていた。


「サマエルちゃん、サマエルちゃん。帰りましょう。起きてください」


「ん……」


 ファティマがソファーに横になっているサマエルをゆすり、サマエルが目を覚ます。


「おねえ、さん……」


「ええ。ここにいますよ。そろそろ私たちの家に帰りましょう」


 サマエルが目を開いて赤い爬虫類の瞳をファティマに向けるのにファティマが優しい笑みを浮かべてそう促した。


「ごめんなさい、お姉さん……。みんなボクを嫌いになるんだ……。お姉さんもきっとボクを許せないって思うようになっちゃう……。だけど、だけど、ボクはお姉さんと離れたくないよ……」


「では、離れないでいましょう。ずっと一緒にいましょう。嫌いになったりしませんよ。サマエルちゃんは私の最愛の友人です。さあ、起きてください!」


 そう言ってファティマはサマエルを抱きかかえて起こすと手を握った。


「ありがとう、お姉さん」


 そして、サマエルは少しだけ微笑んだ。


 そして、ファティマたちはソドムの拠点施設から出る。ソドムの武装構成員が守るエントランスを抜けて駐車場へと向かった。


仕事ビズはできたか?」


 駐車場ではジェーンが待っていた。どこで調達したやら非武装のタイパン四輪駆動車が停車しており、その運転席のドアに寄りかかっている。


「できましたよ。それからグリゴリ戦線への伝手もできそうです」


「そいつはいい。流石だな。私が見込んだだけはある」


「それはどうも」


 ジェーンがにやりと笑うのにファティマは肩をすくめた。


「家まで送ってやる。乗れよ」


「はいはい。どうもです。行きましょう、サマエルちゃん」


 ファティマたちはジェーンが運転するタイパン四輪駆動車に乗り込んだ。


「お前が仕事ビズをやってた間にフォー・ホースメンに動きがあったらしい。バーロウ大佐から連絡があった。暇があればイーグル基地に顔を出せと言っていたぞ」


「では、次はまたフォー・ホースメンの仕事ビズですね。フォー・ホースメンとは長い付き合いになりそうです」


「ああ。連中は言った通り最大勢力だ。必ず味方につけなければならない」


 ファティマがジェーンの言葉に頷き、ジェーンがそう告げた。


「ところで、仕事ビズを受けたのはアヤズからだけだな?」


「ええ。そうですよ。アヤズさんからだけです」


「……なるほど。そういうことにしておこう。デフネは問題児だ。だが、あのガキは身内に優しいソドムの中で一番愛されている。だから、奴の機嫌を取っておくことは結果としてソドムとの良好な関係を築くことになる」


「それは結構なことです」


 そしてジェーンの運転するタイパン四輪駆動車でフォー・ホースメン支配地域にファティマたちは戻り、それからファティマたちが暮らす兵舎へと戻る。


「じゃあ、またな」


「また今度です、ジェーンさん」


 そしてジェーンと別れたファティマたちは兵舎に入り、自分たちの部屋に。


「サマエルちゃん。少し話しましょう。今、コーヒーを入れます」


「うん……」


 ファティマはサマエルをダイニングの椅子に座らせ、電気ケトルでマグカップに注いだエデン統合軍の携行糧食に付いてくる粉末コーヒーにお湯を加えた。


「熱いですよ。気を付けてください」


 ファティマは自分とサマエルの前にマグカップを置き、自身も椅子に座る。


「私はカウンセラーでもなければ精神科医でもなく、その手の精神医療の訓練は全く受けていません。ですので、私に相談しても解決できない問題はあるかと思います」


 ファティマがサマエルに告げるのをサマエルは俯いて聞いていた。


「それでもあなたの友人のひとりとして力になれることならば力になります。だから、困ったことがあれば遠慮なく相談してください。人に話すだけでも楽になれることはあるはずですから」


「ありがとう、お姉さん。でも、今はまだ何も相談できないんだ。だってボクも自分の問題がよく分かってないから……」


「そうですか。いつでも話してくれて構いません。遠慮しないでください。話したくなったときにお願いします。無理に話す必要もありませんよ」


 ファティマは俯くサマエルの手を握ってそう告げた。


「私たちは友達ですから。友達を頼ってください」


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