末っ子の我がまま//スナッチ

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 ──末っ子の我がまま//スナッチ



 ファティマとデフネはゲヘナ軍政府中央基地に侵入している。


 目標はゲヘナ軍政府憲兵監部職員でありソドムの内通者であったが裏切ったアレクサンダーという将校の拉致。


 ファティマとデフネは投影型熱光学迷彩を使用し、密かに中央基地内を進んでいる。


『お姉ちゃん。そろそろだよ。気を付けてね。拉致スナッチしたら速攻でとんずらだよ。長居は無用』


『了解です』


 アレクサンダーの位置情報を汚職軍人ファム大尉から受け取っているデフネが先頭に立ち、ファティマがそれを支援している。


 アレクサンダーがいるのは個室の執務室で中佐という階級に相応しく一般の職員からは離れている。拉致スナッチする側からすれば好都合だ。


『前方に兵士2名。エデン統合軍の連中。強化外骨格エグゾすら付けてない。あいつらは事務屋だね』


『では、無視しましょう。不要な殺しは警戒されます』


『了解。ついてきて』


 ファティマたちは隠密ステルスを維持して中央基地内を進む。


 警備は存在しないに等しい。一応警備の兵士はいるが軽装で数も少数。本当にこの中央基地でテロが起きることなど想定していない様子だった。


『平和ボケって奴だね』


『コストの問題もあるのでしょう。過剰な警備は業務を妨げ、コストを上げます』


 デフネが嘲り、ファティマはそう言った。


 彼女たちは中央基地内をアレクサンダーを探して音を立てず進んだ。


『オーケー。この部屋だ。踏み込む準備はできてる、お姉ちゃん?』


『3カウントでお願いします』


『了解。3カウント』


 ファティマとデフネが同時にアレクサンダーの執務室のドアの脇に立ち、デフネはエネルギーブレードを形成して構える。


『3、2、1、ゴー!』


 デフネがエネルギーブレードでドアノブを破壊し、すぐさまファティマがSP-45X自動拳銃を構えて執務室内に飛び込む。


「なっ……──」


「動かないで。声を出さないでください。逆らえば殺します」


 執務室の中にはスキンヘッドの頭をした中肉中背の中年男性がいた。その体にエデン陸軍の戦闘服を纏っているが武装はしていない。


 この男がアレクサンダーだ。


 アレクサンダーはファティマに銃口を向けられたのを認識したのか、操作していた端末から手を伸ばして机の引き出しを引こうとした。


 そこにエネルギーブレードが飛来し、男の肩が貫かれる。


「はい。馬鹿なことしないでね、アレクサンダー? 殺すよ?」


「デフネ……!」


 エネルギーブレードを投射したのはデフネだ。


 デフネの顔を見たアレクサンダーの表情が恐怖に歪む。


「なんであたしがここに来てるか分かるよね? ねえ、裏切者?」


「ま、待て。いいか。ここがゲヘナ軍政府中央基地だ。ちょっとでも揉め事が起きたと分かれば大部隊に囲まれるぞ」


「そうならなきゃいいでしょ? 揉め事が発覚しなければオーケー」


「クソ。すぐに警報が鳴るぞ。お前たちはお終い──」


 脅すように告げるアレクサンダーの口のファティマの握るSP-45X自動拳銃のサプレッサーの部分が突っ込まれた。


「お喋りが好きなようですが、口の穴がふたつになったら喋りにくいですよ?」


「ぐうっ……」


 ファティマが冷たい声で言うのにアレクサンダーの額に冷たい汗が流れる。


「さあ、女の子の方からお誘いに来たんだから付いてきてくれるでしょ、アレクサンダーのおじさん? 断るとこの場で口の穴がふたつになっちゃうよ?」


「わ、分かった。付いていく……」


 アレクサンダーがゆっくりと椅子から立ち上がった。


「私が見張っておきますのでデフネさんは周囲の警戒を」


「分かった」


 ファティマたちは手錠でアレクサンダーを拘束すると投影型熱光学迷彩を展開し、そのままゲヘナ軍政府中央基地施設を出る。


「お待たせ、ファム大尉。帰ろ?」


「オーケー。そいつを乗せたらさっさと行こうぜ」


 ファム大尉が待っていた車庫で彼と合流し、軍用トラックにアレクサンダーを乗せるとファティマとデフネのふたりで監視した状態で軍用トラックが基地を出た。


『デフネのお嬢様。どこに行けばいい?』


「今目的地の情報を送った。確認してね」


『おい。マジかよ。ここグリゴリ戦線の連中の縄張りだぜ?』


「あたしがそれを知らずに指示していると思ってるわけ?」


『ああ。クソ。分かったよ。だが、連中に俺を撃たないように言ってくれよ?』


「話は通してあるし、すぐ帰っていいから」


『了解。報酬分は働きましょう』


 ファム大尉は軍用トラックを進ませるとグリゴリ戦線の支配地域に入った。


「ここがグリゴリ戦線の支配地域ですか」


「支配地域と言っても何もないよ。グリゴリ戦線とゲヘナ軍政府が殴り合ってる場所で商売なんてできないし。その上、境界線は割と頻繁に書き換わるわで」


 デフネが語る通り、グリゴリ戦線の支配地域とされる場所とあちこちにある無人の廃墟地帯の差をファティマには見出せなかった。


『到着だぜ。帰っていいか?』


「荷物を降ろしたらね。また仕事ビズがあったら受けてくれる?」


『ああ。俺に出来る小遣い稼ぎなら引き受けるぞ』


「よろしく、大尉!」


 デフネがアレクサンダーを軍用トラックから降ろし、近くにあったかつて美容室だった建物の廃墟に放り込んだ。


「じゃあな。あんたらも気を付けて帰れよ」


 ファティマも降りるとファム大尉はファティアたちに運転席から手を振って軍用トラックで去っていった。


「では、これから尋問ですか?」


「お楽しみの時間でーす!」


 既にデフネはアレクサンダーを美容室の椅子に拘束している。


「方法は? 私はウォーターボーディングでしたら一通り訓練を受けていますが」


「電気。やったことある、お姉ちゃん?」


「ないですね。あまり効率的ではないです。私は尋問の講義ではどこでも簡単にできる方法を教えられましたが、電気は調整が難しく、適切な装備も必要です」


「お堅いなあ。こういう自由度の高い遊びは効率とかはいいの。どうでも。楽しくやらなくちゃね。楽しく、楽しく! エンジョイ!」


 デフネはファティマにそういうと電気自動車EV用のバッテリーを持ち出した。そして両極に繋いだケーブルの絶縁体からはみ出た金属部をアレクサンダーの前でぱちぱちと言わせて笑う。


「どーこに電気を流そっかな!」


「や、やめ──」


「えい!」


 アレクサンダーの体が激しく痙攣する。ファティマが素早くアレクサンダーが舌を噛まないように近くにあったタオルを口に噛ませた。


「さて。質問をしておかないと尋問にならないじゃん。どうして偽情報流した、裏切者? あたしたちから散々金貰ったくせに。ちゃんと吐け。地獄を見せた後に殺すぞ?」


「汚職の取り締まりが始まったんだ! ヴォルフ長官が始めた!」


 デフネがエネルギーブレードを形成し、その刃でアレクサンダーの首をなぞって尋問を行う。その尋問にアレクサンダーはあっさりと折れて語り始めた。


「汚職の取り締まり? じゃあ、憲兵監部の管理職であるあんたの把握できることじゃん。どうして裏切ったの? 何が起きてる?」


「軍政府上層部は憲兵監部も疑っている。だから、外部の人間に委託した。ラザロ・エグゼクティブという民間軍事会社PMSCに。この会社は警察における捜査業務などを行う会社だ。そいつらの監査が始まった」


「ふうん。あんたはそいつらに情報を売ったりした?」


「司法取引に応じるような連中じゃない。徹底的に汚職を潰して、エデン社会主義党に俺たちの首を渡すつもりなんだ。だから、もうあんたらに情報はやれない! 分かっただろ! 解放してくれ!」


 デフネが淡々と尋ねるのにアレクサンダーが叫ぶ。


「どうします? もう一度確認しますか?」


「いいよ。こいつはこういうピンチに虚勢張って嘘つけるような奴じゃない。ただの臆病で軟弱な事務屋だから。けど、逃がすわけはいかないよね?」


 ファティマがもう一度尋問を最初からやるかとデフネに尋ねるのにデフネは首を横に振って返した。


「こいつは逃がしたら今度はあたしたちの情報を売るよ。保身のためにね。だから、生かして返さない。そして、こいつを殺した罪は別の人間に被ってもらう」


 デフネがそう言ってアレクサンダーの後ろに回り、エネルギーブレードを薄く彼の首に差し、ゆっくりと首をなぞり始める。


「お姉ちゃんは知ってる? グリゴリ戦線の連中が捕虜にしたゲヘナ軍政府の人間や民間軍事会社PMSCのコントラクターをどう処刑するか?」


「いいえ。知りません。どのように殺すのですか?」


 ファティマが尋ねるのにデフネがにやりと笑って振り返った。


「日本で行われてた鋸挽きって処刑の親戚だよ」


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