末っ子の我がまま//ゲヘナ軍政府中央基地

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 ──末っ子の我がまま//ゲヘナ軍政府中央基地



「目標の将校はゲヘナ軍政府の憲兵監部に所属してる。名前はアレクサンダー・ディールス陸軍中佐。勤務地はゲヘナ軍政府中央基地」


「詳しいことはまだ把握していないのですが、それは事実上ゲヘナ軍政府の中枢に位置しているのではないですか?」


「そうだよ。この中央基地に軍政府長官のフリードリヒ・ヴォルフもいる」


 デフネの運転するタイパン四輪駆動車で移動中に助手席のファティマが尋ねるとデフネは平然とそう返して来た。


「そんな重要施設にそう簡単に侵入できるとはとても思えないのですが、何か手があるというわけでしょうか?」


「もちろん。こっちの信頼できる内通者を使う。あたしも無為無策に突っ込んで殺されるのはごめんだし?」


「その内通者は信頼できるんですね?」


「こっちもそう簡単に裏切られないようにしてるから。内通者同士を見張らせてる。そして、誰が内通者かは明らかにしてないってわけ」


「なるほど」


 デフネの説明にファティマが頷く。


「けど、アレクサンダーは上手く裏切った。裏切る前兆を見せず、いきなり裏切った」


「上手くとは言えないのでは。これからその裏切りの代償を支払うわけですので」


「それもそうだね。お姉ちゃん、いいこというじゃん!」


 ファティマの言葉にデフネがけらけらと愉快そうに笑う。


 そして、タイパン四輪駆動車はゲヘナ軍政府支配地域の検問チェックポイントに近づいた。検問チェックポイントを担当しているのは民間軍事会社PMSCではなくエデン統合軍の兵士であり、ゲヘナ軍政府の部隊だ。


「止まれ」


 民間軍事会社PMSCのコントラクターと比較するとやや士気を欠いた状態の兵士がファティマたちの乗った車を停車させる。


「ハロー。エマヌエル曹長。あたしだよ。ちょっと用事があるから通して。ね?」


「デフネのお嬢様か。何の用だ? 頼むからトラブルは勘弁してくれよ」


「あんたに迷惑はかけないよ。いくら欲しい?」


「そうだね。5000クレジットでいい」


「あいあい。これでいい?」


「オーケー。帰りもここかい?」


「そ。よろしくね」


「了解、お嬢様」


 汚職軍人らしい下士官に検問チェックポイントを通過させてもらい、ファティマたちはそのままゲヘナ軍政府支配地域に入った。


「次は中央基地ですが、そっちにもさっきのような軍人がいるのですか?」


「いっぱいいるって言ったでしょ。うちは情報も商品だから仕入れ先は多いってこと」


 デフネはそう言ってゲヘナ軍政府支配地域を進んだ。


「そろそろ降りなきゃ。流石にこの車で乗り付けられるほど脆弱な警備じゃない」


「了解」


 それからファティマたちはタイパン四輪駆動車を降り、ゲヘナ軍政府支配地域の労働者たちが行列を作っている食料配給所近くにある路地に入り、配給所裏にあった軍用トラックが停車している駐車場に入った。


「よう、デフネのお嬢様。俺をご指名らしいな。どんな悪戯を企んでるんだ?」


 軍用トラックのすぐそばにエデン陸軍大尉の階級章を付けた戦闘服姿をその体に纏った比較的年配の男性がいた。顔立ちはアジア系だ。


 この年齢で大尉止まりということは出世から外れている人間だろう。


「ファム大尉。中央基地に用事があるから送って。好きなだけ払ってあげるから、ね」


「そいつは太っ腹だな。だが、いつものように俺のZUESに直接送るのは止めてくれ。この支払いサービスで頼む」


「へえ。なんで?」


 ファム大尉と呼ばれた汚職軍人がデフネに匿名性が高い支払いサービスを示すのにデフネが怪訝な表情で首を傾げた。


「最近汚職取り締まりキャンペーンって奴がヴォルフの阿呆の肝いりで始まってな。用心してるんだよ。実際に憲兵に捕まった奴もいるしな」


「そんなことが起きてるんだ。大変だね。じゃあ、いくらほしい?」


「あんたんちの賭場ってイカサマやってないよな? この間、素寒貧にされちまったぜ。全財産の2万クレジットをすっちまった。その分、補填してくれよ。どうせまたあんたんちの女か博打につぎ込むんだ。いいだろ?」


「オーケー。また遊びに来た時は勝たせてあげるように言っておいてあげる」


「そいつは嬉しいね。乗れよ」


 ファム大尉は駐車場の軍用トラックを指さし、自身は運転席に乗り込んだ。


 そして、軍用トラックが走り出し、ゲヘナ軍政府支配地域を進む。


「これは確かにいい方法ですね。ゲヘナ軍政府の車両で忍び込むなら、まず怪しまれないでしょう。このまま中央基地に入れそうですね」


「前にも成功したことはあるからね。だから、ファム大尉も引き受けたわけだし。リスクがあるなら汚職軍人は金を払おうが引き受けないんだよ」


「でしょうね」


 汚職軍人は楽をして儲けたいのだ。憲兵に逮捕されるようなリスクをわざわざ犯して危険な仕事をできるなら普通に軍人としての義務を果たして給料をもらっている。


「それに正直ゲヘナ軍政府は警戒してないし。テロ屋のグリゴリ戦線がテロるのは前線基地やその周辺で中央基地がテロの被害を受けたことは一度もない」


「何故です? 標的にするにはいい象徴ではないですか。中央基地というゲヘナ軍政府の中枢を爆破すればその心理的衝撃は大きいはずですが」


「お姉ちゃん。言ったでしょ? ゲヘナ軍政府の中枢にはソドムの内通者がたくさんいて、あたしたちソドムは情報も商品として扱っているってさ」


「なるほど。グリゴリ戦線もあなた方から情報を買っているわけですね」


「そ。中央基地をテロれば警戒され情報が入手し辛くなる。中央基地はある種のセキュリティホールってわけなの。だから、手を出さない。あたしたちもね」


「しかし、今回は中央基地の軍人を拷問して、殺すのですよね? これはちょっと不味くないですか?」


「大丈夫。考えてあるよ、ちゃんとね」


 ファティマの心配にデフネはにんまりと笑った。


『そろそろ到着だぞ、デフネのお嬢様。悪戯して帰るときは声かけろよ。下手な奴にあんたがとっ捕まると俺が迷惑するんだ』


「はーい。じゃあ、帰りもよろしくね、ファム大尉」


 軍用トラックに特に調べられることもなく、ファム大尉の生体認証と車両のIDを確認されただけでゲヘナ軍政府中央基地に入った。


 そして、車両を保管する車庫に向けて進む。


「そら! 着いたぜ。ここで待ってるから悪戯を済ませてきな」


「ねえ、ファム大尉の端末って基地内の人員検索できる?」


「ああ? ある程度ならできるが……。もしかして、今回は殺しか?」


「いいや。拉致スナッチ


「誰を? まさかヴォルフとか言うなよ」


 デフネの言葉にファム大尉が渋い顔をした。


「アレクサンダー・ディールス中佐。憲兵監部の職員。知ってる?」


「知らん。そいつを探せばいいのか?」


「そ。別料金払っていいよ」


「いつもの付き合いだ。サービスしてやる。ただ俺の端末は使わない。後で調べられたとき不味いことになっちまう。だから、こいつを使う」


「ああ。員数外装備ね。なるほどー」


 ファム大尉が取り出したタブレット式の端末。それはファム大尉のIDでは登録されておらず、それでいてゲヘナ軍政府のネットワークに接続できるものだった。


 この手の端末を含めてゲヘナ軍政府の軍人が装備しているものは自費で買ったものを除けば官給品であり、その数と所持している人間はエデン統合軍が把握している。


 だが、抜け穴というものはどこにでもあり、ファム大尉のような能力はなくても従軍歴が長い人間だとこの手の装備をどこで把握されずに手に入れるか知ってるのだ。


 この端末もそのひとつ。


「アレクサンダー・ディールス中佐殿っと。いたぞ。そっちの端末に位置情報を送っておく。届いたか?」


「届いた。じゃあ、帰りもよろしく」


「あいよ」


 そして、デフネを先頭にファティマたちがゲヘナ軍政府中央基地施設内に侵入。


「投影型熱光学迷彩の使用を提言します」


「もちろん。こっそりやろうね」


 ファティマの言葉でデフネも投影型熱光学迷彩を使用。


 姿を隠したふたりがゲヘナ軍政府の中枢に入った。


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