末っ子の我がまま//アナウンス

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 ──末っ子の我がまま//アナウンス



「ここだよ! あたしのお気に入りのカフェだから!」


 デフネにグリゴリ戦線との伝手を紹介すると言われファティマはソドム支配地域にある喫茶店に入った。洒落た1980年代の日本風デザインの喫茶店だ。


「これは、これはデフネのお嬢様。ようこそ」


 普通の人間なら犯罪組織のボスの愛娘などが店に来れば慌てるものだろうが、店主のエプロンを付けた中年の女性はあまり動揺する様子はなかった。


 アヤズの愛人だったか、あるいは元構成員かとファティマは推察。


「毒殺は心配しないでいいよ、お姉ちゃん」


 やはりそういうことらしい。


 デフネが本当に好きなのはオムライスなのか、毒殺される心配のない食事なのか。


「いつものオムライスね。それからオレンジジュース」


「私もオムライスを。それから紅茶をお願いします」


 デフネが注文し、そしてファティマが頼んだ。


「早速ですが本題に入りたいのですが」


「ええー。楽しくお喋りとかしたくないの?」


「したいのなら話題に応じますが、必ず情報を伝えてくださいね」


「まあ、いいや。まずは信頼を得ろってことでしょ。パパもよく言ってる。『デフネ。信頼がなければどんな価値のある商品にも値は付かない』ってさ」


 ファティマの対応にデフネが肩をすくめる。


「あたしの持っているコネはグリゴリ戦線の幹部であるイズラエル・ホワイトって男とのコネ。奴の上司の軍隊をあたしのイェニチェリ大隊とフォー・ホースメンが訓練してるからコネがある」


「やはり避雷針ですか?」


「他に何か意味がある? フォー・ホースメンに加われるほどの能力もなくて、ソドムで汚い仕事をする覚悟もない無能な貧乏人ども集まりだよ、連中。幹部はそいつらの憎悪を煽ってるけどどこまで大義って奴を信じてるやら」


 デフネは呆れたようにそう返した。


「ゲヘナ軍政府とは戦っていると聞いていますが、それは幹部の考えであって下はそういうのはどうでもいいというわけですか?」


「深く考えてないと思うよ。グリゴリ戦線は食事と寝床を与える。ゲヘナ軍政府の強制労働から逃げた連中に。で、連中はグリゴリ戦線のもてなしに感謝するってわけ。そういう連中を兵隊にしてるの」


「ゲヘナ軍政府を倒すためというより、助けてくれたグリゴリ戦線のためにというわけですが。なるほど。この地獄ではいいやり方ですね。感心します」


「連中もうちと一緒で一時期は家族経営だったんだけどゲヘナ軍政府の暗殺部隊が前の指導者とその家族をほぼ皆殺しにした。生き残った家族のひとりが指導しているって話を聞いたよ、イズラエルからね」


「あなたも本当の指導者は知らないのですか?」


「フォー・ホースメンは知ってるけどバーロウ大佐は絶対教えないよ。彼の部下もね。フォー・ホースメンはあれに投資し過ぎてるってパパが言ってたから」


 ファティマが意外に思うのにデフネが伝聞で伝えた。


「それではそのイズラエル・ホワイトさんを紹介していただけるのですか?」


「まーだ。あたしもお姉ちゃんの信頼を得ないといけないけどお姉ちゃんもあたしの信頼を得なければいけないんだよ?」


「では、あなたからの仕事ビズでも受ければいいのでしょうか?」


「そういうこと。話が早くていいね。お姉ちゃん! まあ、でもまずはオムライスを食べよう。温かいうちにね」


 そこでオムライスが運ばれてきた。


 デフネが言ったように卵がとろとろでデミグラスソースのものだ。温かく、湯気が僅かに立ち上っている。


「ジェーンから聞いたよ。お姉ちゃんはエデンのエリートだったって。美味しいものをいっぱい食べて来たんでしょ?」


「いえ。私は優生学出生施設の生まれなので食事は主に支給される携行栄養食です。これぐらいの大きさのエナジーバー状のもので少しバターの味がしました」

「……毎日じゃないよね?」


「1年に1度ほどはスープが出ました。ですが、ちゃんと食事のマナーは仮想現実VRで学んでいますので安心してください」


「嘘でしょ。冗談だよね?」


「いいえ。私はまだ党員ではなかったので贅沢はできません」


 信じられないという顔でデフネがファティマを見るのにファティマはもぐもぐとオムライスを口に運んだ。確かにマナーに違反はない。


「なら、これからあたしがいーっぱい美味しいもの食べさせてあげる。甘いものも、スパイシーなものも、美味しいものはなんでも! だから、あたしに飼われない?」


「いいえ。それはできません。私はずっとエデンという社会に従属してきた。そして、あっさりと捨てられた。だから、もう誰かに従属することはしません。自分のことは自分で決めます。これからは」


「ふうん。気が変わったら教えてね」


「変わらないですよ」


 デフネの言葉にファティマは躊躇わずそう返した。


「それではそろそろ仕事ビズについて教えていただいても?」


「裏切者を殺す。そういう仕事ビズ。やる?」


「具体的な内容をお願いします。その上で判断をさせていただきます」


 ファティマはそう言ってデフネに説明を促す。


「ゲヘナ軍政府内にうちの内通者がいる。何人もね。そのひとりが偽の情報を流した。そのせいであのジェリコの連中に違法薬物を押収されちゃったんだよ。というわけで、そいつとお喋りした後に見せしめに殺す。とても残酷に」


「しかし、そうであるならばアヤズさんからその仕事ビズの依頼があったのでは? どうしてあなたが個人的な仕事ビズとするのですか?」


 そう、ソドムとしての仕事ビズならばアヤズから依頼があったはずだ。戦闘担当と自称したデフネが担当しているような話でもない。


「その裏切者は中佐なんだよね。で、パパはこの程度の損害でゲヘナ軍政府の将校を殺して目立つようなことはしたくないってさ。けど、あたしたちがやったって気づかれなければいいんだよ。でしょ?」


「見せしめにするなら誰が殺したか示す必要がありますよ」


「見せしめにはするけどあたしたちの殺し方ではやらない。ちょっとばかりグリゴリ戦線に押し付けちゃうの。面白そうでしょ?」


「大丈夫なんですか? 私はアヤズさんから怒られたくはありません」


「大丈夫! あたしはパパに一番愛されてるから」


 ファティマが訝しむのにデフネは二ッと笑ってそう返す。


「ふむ。あなたには魔術の才能があります。それだからですか?」


「それはあるよ。でも、あたしに魔術の才能がなかったとしてもパパたちはあたしを一番愛してくれたと思うね。だって可愛い末っ子だもん」


「私にはよく分からない感じです。同じ施設で生まれた人間はいましたが、それらは皆ライバルであり競争相手でしたから」


「ソドムに加わればお姉ちゃんにも家族ができるよ。どう?」


「いえ。家族はいませんでしたが、それでも私は家族が欲しいと思ったことはありません。最初からいなければ懐かしくも思わないのでしょう」


「そういうものなんだ。あたしはずっと家族と一緒だからそっちの方が分からないや。パパやお兄ちゃんたちと一緒に過ごしてきた」


「それはそれでいいものでしょうね。それで仕事ビズはいつから?」


 家族を愛し気に語るデフネにファティマがオムライスを食べ終えて尋ねる。


「これからすぐ。どう?」


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