軍医ミア・カーター

……………………


 ──軍医ミア・カーター



「おお! 結構立派な部屋ですね」


 ファティマとサマエルはバーロウ大佐から貸与されたフォー・ホースメンの兵舎に入り、その部屋の中の様子を見渡した。


 部屋はちょっとした高級ホテルの個室ほどの広さがあり、金属フレームの簡易ベッドが2台設置されている。また同じく簡素な金属フレームの椅子とテーブル、そしてロッカーなどの家具が設置されていた。


「お姉さんとここからふたりで過ごすんだね。ちょっと嬉しくなってきたよ……」


「そうですね。ここで暮らしていきましょう。住居は手に入ったので雨風を凌いで暮らすことができます。これで一安心!」


 そう、これで全く生活の基盤がなかったファティマたちに住居というものが手に入り、ストリートで野宿するという最悪の事態が避けられたのだ。


「お姉さん。これからはどうするつもりなの?」


「そうですね。ジェーンさんを頼ることになるでしょうが、暫くはフォー・ホースメンの信頼を得ることに集中しましょう。フォー・ホースメンに匿ってもらってる状況ですので、彼らの信頼は損ないたくないです」


 フォー・ホースメンからは住居と安全、そして収入を得るための仕事ビズを提供してもらっている。信頼を得ることは損ではない。


「そして、まずはジェーンさんが言っていたように装備を整えます。強化外骨格エグゾを装着できるようにし、銃についても仕事ビズをやってお金が入ったら必要な装備品を調達しましょう」


 ファティマはMAGのコントラクターからCQB近接戦闘仕様にカスタムされているMTAR-89自動小銃とSP-45X自動拳銃、タクティカルベストを奪っている。


 だが、この手の装備は想定される任務と戦場における環境によって変更するものだ。特に戦場のマスを制圧する駒として歩兵ではなく、特殊作戦に近い少数での行動で多くの敵に挑む仕事ビズを受けるファティマにとっては。


「今はお金が全然ありませんから仕事ビズをやってお金を稼ぎ、フォー・ホースメンの信頼を得ましょう。食事代がバーガー屋さんだとふたりで25クレジットほどだったので、今は大丈夫そうですが」


「お金は大事だね。ボクもお仕事、手伝うよ」


「頼りにしてます、サマエルちゃん。さ、今日はもうシャワーを浴びて休みましょう。明日は軍医さんのところにいかなければいけませんからね」


 ファティマは張り切るサマエルにそう言ってシャワーを浴び、血と泥で汚れたリクルートスーツは捨て市場で買っておいた寝巻を着てベッドに入った。


 服は他に普段着として使うための灰色の作業服を買ってある。厚手で頑丈だが通気性がよく戦闘服代わりになるものだ。


 サマエルも同じようにシャワーを浴び、寝間着に着替えベッドへ。


「おやすみ、サマエルちゃん」


「おやすみなさい、お姉さん」


 そして、翌日。


「届きましたね、強化外骨格エグゾ!」


 ファティマのいるフォー・ホースメンの兵舎に117式強化外骨格が届いた。運送業者によって届けられた117式強化外骨格は金属のケースに折りたたまれて収容されており、台車があればなんとか運べるようになっている。


「本当に手術を受けるの、お姉さん?」


「はい。必要なことですから。心配はいりませんよ」


 サマエルはまだ脊椎に強化外骨格エグゾ装着に必要なリーンフォースデバイスを埋め込む手術というもののリスクが心配そうだった。


 ファティマはそんなサマエルを安心させ、事前に手配していたタクシーのトランクに強化外骨格エグゾのケースを乗せてジェーンが紹介した軍医がいるフォー・ホースメンの基地に向かった。


 軍医はイーグル基地とは別のフォー・ホースメンの基地に診療所を開いているそうだ。軍医であるがフォー・ホースメンの支配地域にいる住民の診療も行っているとジェーンからは伝えられていた。


「着いたよ、お客さん」


「どうもです」


 タクシーがフォー・ホースメンの基地のゲート前で停車し、ファティマとサマエルが降りる。そして、基地のゲートにはフォー・ホースメンの兵士が歩哨に立っていた。


「すみません。ミア・カーターという軍医の方に用があるのですが」


「生体認証を」


 歩哨はファティマとサマエルを生体認証し、フォー・ホースメン支配地域の住民として認めるとゲートを開けてファティマたちを中に通す。


「病院はあっちですね」


 ZEUSの端末に基地内の案内が拡張現実ARで表示され、ファティマは強化外骨格エグゾの入ったスーツを台車で運びながら病院に入った。


「ようこそ、ウェストロード医療基地へ。訪問の要件を選択されてください」


 病院に入ると受付の案内ボットが拡張現実ARに複数の選択肢を表示して迎えた。同時に案内ボットが生体認証でファティマとサマエルを認識し、受付番号を発行して記録する。


「その他の医療行為、ですね。お願いします」


「受付を完了しました。待合室でお待ちください」


 ファティマは受付を済ませ、病院内の待合室の椅子にサマエルと座った。


 患者は今日は少ないようで2名のフォー・ホースメンの兵士と民間人1名がいるだけだった。ファティマとサマエルは順番が来るのを待つ。


「ファティマ・アルハザード様、診察室へどうぞ」


「はい」


 男性の看護師に呼ばれ、ファティマたちが診察室に入る。


「君が例の新入りかな? ジェーン・スミスから連絡は受けてるよ」


 診察室にいたのは女医だ。


 20代後半ほどの若い女性でZEUSの機能を補助する黒縁のメガネのレンズの奥には優し気な目に青い瞳。人工的なブリーチトブロンドの髪を背中に長く伸ばし、ひとつ結びにしていた。


 背丈はそこまで高くなく恐らく160センチ前後でスレンダーな体にはシンプルな青いワンピース、そして白衣だ。


「そうです。ファティマ・アルハザードといいます。よろしくお願いします。あなたがミア・カーターさんですか?」


「ああ。私がそうだ。これからいろいろと縁があるだろう。フォー・ホースメンの軍医は少ないからね。医者も少ない」


 ファティマが自己紹介し、ミアもそう言って診察室の椅子に座るように促した。ファティマは患者の椅子に、サマエルは付き添いの椅子に座る。


「さて、要件はそのケースの品に関してかな?」


「ええ。117式強化外骨格のリーンフォースデバイスの埋め込み手術をお願いしたいんです。できれば今日中に」


「117式強化外骨格? 随分と新しい品が手に入ったね」


「運が良かったので」


 ミアが驚きファティマがちょっと困った笑みを浮かべて返した。


「そうか。手術は今日中に可能だよ。しかし、まずは検査をしなければならない。君の健康状態は今のところフォー・ホースメンのデータベースに一切記録されていないからね。これからのことを考えれば最初は検査だ」


「それって結構お金がかかりますか?」


「検査は基本的に初回は無料でやっている。住民の健康維持のためにバーロウ大佐にお願いしているんだ。彼も同意しているよ」


「分かりました。では、お願いします」


「検査室に案内しよう」


 ミアはファティマとサマエルを連れて検査室に向かった。


「検査着に着替えてもらえるかな。更衣室はそこだよ」


「了解です」


 ファティマは薄い布の検査着を渡され、更衣室で作業着から着替えた。


「では、始めるよ」


 病院の検査室はエデンの病院ほど高額で高性能の検査機器はなく、古い代物が並んでいたがよく整備されており、ミアは全ての検査機器の扱いを把握しているようだ。検査技師に指示を出しながらテキパキとミアは作業を進めた。


 そして、ファティマはミアに指示されるままに各種検査を受けていく。


「カーター先生。見てください。この値は……」


「ふむ。これは……」


 だが、検査で表示されたある数字を検査技師がミアに見せ、ミアの眉が歪んだ。


……………………

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