見捨てられた地ゲヘナ//追放

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 ──見捨てられた地ゲヘナ//追放



 ファティマとサマエルは武装したMAGのコントラクターに連行され、空中世界エデンから地上ゲヘナに繋がる軌道エレベーターに乗せられた。


「怪しい動きはするな。射殺許可はあるんだ」


 MAGのコントラクターがそう言い、手錠で拘束されたファティマとサマエルの背中を自動小銃の銃床で叩き、軌道エレベーターの壁に追いやる。


「あう……」


「危ない!」


 殴られたサマエルがよろめくのをファティマが支えた。


「あの! 私を殴ったりするのはいいですけど、この子にはそういうことはしないでもらえませんか?」


「ああ?」


 ファティマが言うのにMAGのコントラクターが眉を歪める。


「ちゃんと指示には従いますから!」


「指示に従うのは当然だ。文句を言うな!」


 MAGのコントラクターは再びファティマを銃床で殴り、厳しく監視した。


 そして、軌道エレベーターが降下を始め、ゲヘナを目指す。軌道エレベーターは重々しい音を立てながらマグレブと同様の超電導磁石を利用した仕組みで降下した。


 その速度は素早く高空に位置するエデンから瞬く間に地上に降りる。


『警告。ゲヘナに到着。現在のテリオン粒子汚染警報はレベル4』


「クソ。ゲヘナに来るたびに寿命が縮んじまうな」


 ファティマたちを連行するMAGのコントラクターが愚痴る中、軌道エレベーターが停止し、巨大な扉が開き始めた。


「来い!」


 MAGのコントラクターがファティマたちに銃口を向け、軌道エレベーターから彼女たちを下ろす。そして、そのまま軌道エレベーターのある敷地を出たゲートの前に停車していた囚人移送用の護送車まで連れて行った。


 護送車は民間のバスに装甲と格子を付けたものだ。


「乗れ!」


 そして、ファティマたちは護送車に押し込まれた。


「後は頼むぞ。確かに引き渡したからな」


「ああ。後はこっちでやるよ」


 ファティマたちを連行してきたMAGのコントラクターは護送車にいる別のMAGのコントラクターから受け取りのサインをもらい、後を任せて帰っていった。


 護送車はゲヘナの大地を走る。


 護送車の窓は外が見えないようになっているため、ファティマたちは外の景色を見ることができず、護送車がどこを走っているかも分からない。


「あの、大丈夫ですか?」


 ファティマが自分の隣に乗っているサマエルを心配して話しかける。


「……お姉さんはボクのことを心配してくれてるの?」


「はい。私のせいかもしれませんから」


 ファティマがサマエルを安心させようと微笑む。サマエルはその様子を感情の伺えない人形のような表情で見ていた。その爬虫類のような赤い瞳は曇っている。


「これからのことは心配ですけど、きっとどうにかなりますから安心してください。一緒に切り抜けましょう」


 ファティマは自分より幼く、小さなサマエルを安心させようと努力していた。


「そこ! 話すな! 黙っていろ!」


 護送車にいるMAGのコントラクターが怒鳴る。


 ファティマは仕方なくサマエルに笑って見せるだけにして黙った。


 そして、護送車が暫く走るとついに停車する。


「降りろ! のろのろするな!」


 MAGのコントラクターが大声で命じ、ファティマたちが護送車を降りる。


 到着したのは軍の基地のような場所だった。


 へスコ防壁の技術を引き継いだ巨大な箱型の土嚢が積み上げられた壁があり、迫撃砲弾やロケット弾を迎撃する高出力レーザー防衛システムが配置されている。


 ゲートには自爆テロ防止のためのジグザグにバリケードが設置され、口径12.7ミリの重機関銃をリモートタレットにしたものが来訪者たちを警戒していた。


「軍曹。それが連絡にあった移送者か?」


「その通りです、大尉殿。確認してください」


 護送車にいたMAGのコントラクターをエデン陸軍の将校が迎え、MAGのコントラクターのZEUSからデータを受け取り、同時にファティマたちの生体認証を行う。


「ご苦労だった、軍曹。サインしておいた。行っていいぞ」


「失礼します」


 エデン陸軍の将校がMAGのコントラクターを帰らせた。


「さて、ゲヘナへようこそ。私はゲヘナ軍政府の職員だ。まずゲヘナの市民としての義務を伝える。よく聞くように」


 そしてゲヘナを統治する唯一の統治機構たるゲヘナ軍政府に所属するエデン陸軍の将校がファティマたちを見て話し始めた。


「ゲヘナ市民には労働の義務が課せられている。ゲヘナ軍政府の承認を得た就労施設に勤務し、労働を行うこと。就労が決定したらゲヘナ軍政府に届け出なければならない」


 エデン陸軍の将校は棒読みでそう説明する。


「この規則に違反した場合、就労していなかった期間に関係なく一律に強制労働を課せられる。強制労働の期限がゲヘナ軍政府長官の許可があるまで継続される。異議を申し立てることはできない」


 どうやらどうあってもエデンはゲヘナの住民を働かせたいようだ。


「その他はエデンにおける法律と同様である。法を犯すことがないように。ここでは全ての犯罪はゲヘナ軍政府の軍事法廷で裁かれる。しかし、控訴することや弁護士を立てる権利などはない。以上だ」


 エデン陸軍の将校はそう説明し終えて、わざとらしく咳ばらいした。


「さあ、行きたまえ。市民IDは既に発行された。ゲヘナの許可された地域を移動することができる。それから就労の報告はこれから3時間以内に行うように」


「さ、3時間ですか?」


「そうだ。3時間だ。急ぐことだな」


 ファティマが目を見開くのにエデン陸軍の将校はそう言ってファティマたちに手を振って去っていく。


「手続きは終わったようだな。ここから出ていってもらうぞ」


 それから待機していた別のエデン陸軍の兵士たちにファティマとサマエルは銃口を向けられて基地から追い出された。


 そして、そのまま基地の外に広がっている廃墟のようなビルが並ぶ市街地郊外に放り出されてしまう。


「……困りましたね。思ったより大変そうです、これは」


 ファティマは色あせ、荒んだゲヘナの街を前に疲れ果てた表情を浮かべる。


「……お姉さん」


「ああ。大丈夫ですよ。きっとどうにかなります!」


 サマエルが後ろからファティマが面接のときに着てきたパンツスーツの裾をそっと掴んで呟くのにファティマは笑顔を浮かべて振り返った。


「ごめんなさい、ごめんなさい……。ボクのせいだよね。ボクが悪いんだよね。お姉さんもボクのこと嫌いになったよね……」


 サマエルは涙を流しながらぐすぐすとそう言い始める。


「そ、そんなことないですよ! 泣かないでください! きっと上手くいきますから! さあ、行きましょう! どこかで働けばいいだけなんですから! 泣かないで、泣かないでください」


 ファティマは泣きじゃくるサマエルを抱きしめ、小さな背中を優しくさすった。


「お姉さん……」


「落ち着きましたか? 大丈夫ですから。ふたりで乗り来ましょう?」


 サマエルが赤くなった目をぬぐってファティマを見るのに、ファティマはサマエルに向けてそう微笑んで告げる。


「お姉さん……。ボクはずっと嫌われたんだ。みんなボクを嫌っていた。凄く嫌われていた。だけど、お姉さんは違うの……かな?」


「あなたのことはまだ知らないことがいっぱいあります。けど、これも何かの縁です。これから一緒に頑張って、いずれは──」


 ファティマが凛々しい表情を浮かべ、拳を握り締める。


「エデンに返り咲きますよ! 下剋上です! 私はゲヘナで一生を終えるつもりはありません。功績を上げて、認められ、エデンに戻り、そして出世して私に相応しい地位に就くのです! 私は諦めてません!」


 ファティマは自信家だった。


 自分は優れた人間で乗り越えられない窮地はなく、常に成功し続け、そして認められる。そのことで地位も、権力も、お金も手に入ると確信していた。そのことに全く疑念など感じていないのだ。


「お姉さん。ボクはお姉さんにお返しがしたい。お姉さんが思っている夢を実現するのを助けたい。これからもお姉さんと一緒にいても許してくれる……?」


 サマエルは不安で、怯えた表情でファティマに尋ねた。


「もちろんです。一緒に行きましょう。あなたはこれから私の友達です。これから頑張って生きていきましょう。そして、いずれは大逆転ですよ!」


「うん。ボクはお姉さんとともに。ずっと、ずっと。だから、お姉さんにもボクを思ってほしい。図々しかもしれないけど、お願いできる、かな……?」


「ええ。あなたのことを思いましょう。偶然に出会った大切な友人として」


 サマエルがおずおずと尋ね、ファティマは笑みとともにサムズアップした。


「ありがとう、お姉さん。本当にありがとう」


 サマエルは瞳に涙を貯めながらも、ファティマに初めて笑顔を向けた。


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