異端な私と悪魔な彼女の楽園追放 ~依存系メンヘラ大悪魔と行く失格魔術師のポストアポカリプス世界で下克上!~

第616特別情報大隊

運命の実技試験

……………………


 ──実技試験



 ファティマ・アルハザードは自信家だ。


 自分がこのエデンというカースト社会においてエリートであることを彼女は疑ったことなど一度もなかった。


「さてさて! 確認しておきましょう」


 ファティマは就職面接のための新品のパンツスーツ姿。


 そして、面接先である民間軍事会社PMSCメタトロニオスMアームドAグループGに提出した履歴書を個人端末としてポピュラーなZEUSで確認していた。


 写真には健康的な褐色の肌をした長身の女性──ファティマが映っている。


「ふふ。絶対に印象は悪くないはずです」


 身長は180センチ。銀髪の枝毛ひとつない艶やかな髪はポニーテイルにしており、その整った顔立ちには黄金の瞳が輝く。まさにエリートの姿だとファティマは『自画自賛ですね』と自覚しつつも思った。


 しかし、その容姿が優れているのは当然なのだ。


 ファティマに彼女を生み、育ててくれた両親はいない。エデンで一党独裁体制を取るエデン社会主義党が運営する優生学出生施設LB-141ハイランダーズで彼女は生まれ、育てられた。


 そこではエデンにおける人材を養成するために遺伝子操作を行った受精卵を使い、人工子宮で子供を生み出している。つまり、ファティマはこの優れた姿として生まれるべくして生まれた。


 しかし、人は遺伝子操作だけで天才は生まれない。環境と学習も必要だ。


 その点、ファティマは優秀だった。


 彼女はあらゆる面において努力し、成績を残して来た。


 学業においてはエデンのオックスフォード大学と呼ばれるバビロニア魔術科大学に飛び級で入学し、18歳という若さにもかかわらず首席で卒業。


「学生時代にやったこと。全エデン学生軍隊格闘技大会にて優勝。エデン社会主義党主催魔術競技大会でも優勝、と。頑張りましたね」


 大学在学中は格闘技を中心にスポーツにも励み、いくつもの賞を得た。そのことがひとつ漏らすことなく、びっしりと履歴書に書き込まれている。ファティマは履歴書で悩む必要などなかった。


「合格は間違いなしです。この会社で出世して、党員になって、エリート街道を驀進しますよ! 絶対に成功してみせます!」


 ファティマが満面の笑みでZEUSの拡張A現実Rの表示をタップし、開いていた履歴書の表示を閉じた。


 そうしているとファティマが乗った磁気浮上式鉄道マグレブはエデン中心部あり、政治経済の中枢たるキャピタルセントラルセクターに入った。


「来ましたよ。やっと……」


 太陽の光で輝く強化ガラスに覆われたあまりにも巨大なドーム状の空中都市がファティマの黄金の瞳に映る。


 エデンは地球という惑星の地上に存在しないのだ。


『当車両は間もなくキャピタルセントラルセクター・第4ステーションに停車いたします。降車の際は右手の扉から──』


 アナウンスが流れ車両が速度を落とし、ゆっくりと駅に入った。


 駅は近代的で拡張現実ARでの広告や駅の案内などが表示されている。


『同志たちよ! エデン社会主義党は君たちを支援する! 党を支持せよ!』


 政府であるエデン社会主義党の政治宣伝ポスターも今では拡張現実ARだ。


 在りし日のソ連を思い出させる共産圏特有の濃い画風のイラストが添えられ、エデン社会主義党がいかにエデンの住民を支えているかがつらつらと表示さている。


 経済成長率上昇。犯罪率低下。市民の幸福指数大きく上昇、などなど。


「研修で来た時以来ですけど道には迷いませんよ」


 ファティマは駅からMAG本社へ。MAG本社にはファティマは大学在学中に研修で行ったことがあるので行き方は分かっている。


 中心地に相応しいスマートなデザインの路面電車トラムを乗り継いで、天を覆い尽くすような摩天楼の間を抜ける。


 そして、MAG本社の一際巨大な高層ビルに到着。


 本社ビルの拡張現実AR表示には2枚の天使の翼とひとつの瞳を意匠したMAGのロゴが表示されていていた。


「MAGへようこそ。ご用件をお伺いします」


「面接のアポイントメントがあるファティマ・アルハザードです」


「確認しました。そちらの端末に位置を表示させます」


 受け付けの応接ボットに面接室の案内を受けて、ファティマはMAG本社内を進む。


「失礼します!」


 ファティマが扉をノックして部屋に入った。


 そこにはMAG職員のブランド物の高級スーツを纏った男女がいた。いずれも若いがエデンにおいて若さは金で買えるものだ。


「君がファティマ・アルハザード君だね。履歴書は読ませてもらった。経歴に問題はない。恐らく面接で聞くことはないだろう。早速だが実技試験を受けてもらう」


「はい!」


 面接官のひとりがそう言い、ファティマは部屋にある実技試験のための区画に入った。魔術に対する防護施設がある区画で、魔術を分析する機器が取り付けてある。


「実技試験の課題は市街地における戦術偵察用の妖精を召喚してもらう」


「分かりました」


「では、始め」


 面接官の指示を受けて、ファティマが妖精を呼び出す。


 妖精は星辰世界という異界に存在するものだ。魔術に必要な物質であるエーテル粒子も星辰世界から引き出され、魔術師たちに使用される。


 これはファティマにとってはバク転より簡単なもの。


 そのはずだった。


「召喚」


 ファティマはそのとき少し違和感を感じた。


 星辰世界に接続をして、道を形成し、そこからファティマが検索条件に該当する妖精を引き出す。その過程で別の道が作られたかのような感触だ。


 そして、呼びされたのは──。


『警報! 警報! 39階第一会議室にして異常反応を検知! セキュリティチームは直ちに向かえ! 他の職員はその場を動くな!』


「え? え、え、え?」


 けたたましい警報が鳴り響き、ファティマが呆然としながら召喚されたものを見る。


 召喚は行われたようだが、ファティマの前に現れたのは妖精ではなかった。妖精はシンプルな形状をしている。簡単な球状のものや立方体。それが妖精だ。


 だが、ファティマの前にいたのは違う。それは少女の姿をしていた。


 14歳ごろの幼い少女。小柄で身長は140センチあるかないかで病的な白い肌には黒いワンピース姿。濡れ羽色の髪をとても長く伸ばし、踝まで伸びている。


 そして、半開きの目には蛇のような細い瞳孔を有する真っ赤な瞳が輝いていた。


「……あなたは……?」


 ファティマが少女に問いかける。


「……あ……。ボ、ボクはサマエル。えっと、お姉さんがボクを呼んでくれたの?」


 サマエルと名乗った少女は少し怯えた様子でファティマに尋ねてきた。


「えっと。そう、なりますね。でも、あなたは一体……」


 ファティマが訳が分からず混乱する中、面接室の扉が破られて完全武装のセキュリティチームが突入ブリーチしてきた。防護マスクに強化外骨格エグゾを装備し、自動小銃を構えている人間たちだ。


「動くな! 両手を頭の後ろにおいて床に伏せろ!」


 ファティマとサマエルにセキュリティチームの作戦要員オペレーターたちが銃口を向け、大声で命令する。既にその指は銃の引き金にかかっている。


 ファティマは急いで指示に従うが、サマエルはただ何も理解していない顔でセキュリティチームを見つめていた。


「あなた! 伏せてください!」


「あ……」


 ファティマはすぐさま起き上がってサマエルに飛び掛かり、サマエルを地面に引き倒し、向けられた銃口から庇うように上に覆いかぶさる。


「何事だ?」


「機器が異常反応を検知しました。観測において数値化不能の超高度脅威異界存在と分析されています。保安プロトコルに従い、隔離を実施します」


 狼狽えている面接官が尋ねるのにセキュリティチームの指揮官が答える。


「連行しろ!」


「ちょ、ちょっと待ってください! 何かの間違いです!」


「黙れ!」


 ファティマとサマエルは拘束され、地下にある隔離施設に連行された。ファティマとサマエルはトイレがひとつあるだけの部屋に閉じ込められ、外部と遮断された。


「どう処理すべきだ?」


 MAGの保安部門の責任者が執務室に集めた職員たちに尋ねる。


「ゲヘナに追放すべきでしょう。あれは簡単な召喚すら制御できず、危険な存在を呼び出しました。エデンに置いていては無用の被害を生み出してしまいます。速やかにゲヘナでの追放を」


「ふむ。まあ、所詮は優勢出生施設の生まれだ。文句は出ないだろう。その方向で処理するとしよう。手続きを頼む」


「畏まりました」


 そして、ファティマの処分が決まった。


 彼女は汚染され、荒廃し、治安は最悪の、この地球の最下層である貧困層たちが暮らす地上──ゲヘナに追放されることが決まったのだ。


 エデンでエリートになることを目指したファティマはその真逆であるカーストの最下層の人間となってしまったのだった。


……………………

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