第2話 異世界召喚の勇者たち

 わたしどもとは文化も文明も異なる世界から、神のいたずらで召喚されてきた勇者がいることを、みなさまは知ってることでしょう。

 巧みに剣をあやつり、多彩なスキルと、おそろしいほどまで強力な魔法をもつあの勇者ですよ。あの勇者がどうやって、勇者たるかご存知でしょうか?


 魔王にたちむかうあの凛とした勇気が、どこから湧き出るのかを知れば、みなさまがたは勇者にたいして、ちがう感想をいだくことでしょう



第2話 異世界召喚の勇者たち-------------------------------------------------


「ルキアーノさん、いったいぼくになんの用なんです?」


 ソファに座るなりその男は、こちらを値踏みするような目をむけてきた。

「情報屋って聞いてるけど、ぼくはなんの情報も持ち合わせちゃいませんよ」


「勇者 田中かずや様……」


 ルキアーノは落ち着きを感じさせる、低いトーンで彼の名前を呼んだ。これまで男や女だけでなく、亜人さえも信用させてきた、ルキアーノ自慢の美声だ。


「よしてくださいよ。ぼくはもう引退した身ですよ。それに勇者なんて呼ばれるほど、活躍しちゃあいませんし……」

「なにをおっしゃいます。魔王の三大軍師のルシフェルドを倒して、右腕と呼ばれる元帥ベルゼルルをも葬った方が」


「でも魔王は倒していない」


 田中はわざとらしく肩をすくめてみせた。

「途中で放りだしちゃったからね」


「ええ、たしかにそうですが、この世界ではいまだにあなたは勇者ですよ」


「で、なにを聞きたいんです?」

 田中は口元がゆるんだ様子で尋ねてきた。こころなしか気分をよくしたようだった。


「はい……」


「勇者田中様、あなたには異世界から召喚された、別世界の人間という噂があります。神のような存在によって、無理やりこの世界に連れてこられて、あらゆる高等スキルと、賢者級の強大な魔法を与えられたと……」



「だれから聞いたんです?」

「田中様、それはご勘弁を。わたしたち情報屋はソースが命ですからね」


「じゃあ、もし、そうだったとしたら……」

 田中がルキアーノの目を覗き込むようにして探ってきたので、ルキアーノは先回りして答えた。

「その情報を高く買いたい、という方がいらしゃいましてね」


「へぇー、変わった趣味の方がいるもんですね」

「まぁ……」


「ずいぶんいいお金になるんでしょうね」

「そりゃあ、もちろん……」

「あなたのそのだぶついた身体をみたら、すぐにわかりますよ」

 ルキアーノは自分の腹に目をやった。たしかに連日の酒宴がたたって、でっぷりとしてきているのは確かだ。

 彼は苦笑した。

「まぁ、ちょいとした贅沢をするくらいは、稼がせてもらってます」


「じゃあ、謝礼もはずんでもらえそうだ」

「はい。それはもちろん。破格の金額をご用意させていただいております」

 ルキアーノは勇者田中の前によどみない仕草で、革製の巾着袋をさしだした。

 田中はそれを興味なさそうに持ちあげて、一、二度上げ下げして重さを確認すると、室内をみまわした。


「盗み聞きされるような心配はないですよね?」


「ご安心ください」

 ルキアーノはとびっきりの美声で答えた。 

「この場所は王族も利用する隠れ家でしてね。盗み聞きどころか、わたくしと田中様がこの部屋にいた証拠すら残りはしません」


「ずいぶん抜かりがないですね」

「第一線で活躍する情報屋は、これくらい細心の注意をはらうものです」



「で、どこから話せばいいんです?」

 田中が椅子の背もたれに深くからだを沈めながら言った。

 

 ルキアーノはほくそ笑みそうになるのを抑えて、さりげなく巾着袋を田中のほうに押しやると、机の上に帳面をひろげた。


「では、勇者田中様がこちらに召喚される前、あなたさまがいらした異世界の話から、お聞かせ願えますか?」

「ああ……いいですよ」



 田中かずやは地球という星の『日本』という国で、高校生と呼ばれる学生だったということだった。その星には剣も魔法もなかったが、かわりに魔法のような機械を作りだし、空を飛んだり、遠くのひとと話をしたり、火の魔法を使ったりしていたという。

 田中もそんな魔法のような機械に囲まれて、不自由のない学生生活を送っていたらしい。

 

 だが、なんの前触れもなく、それは起きた——

 いつものように授業を受けている時、突然クラス全員の頭のなかに、何者かが語りかけてきた。


『あなたがたを勇者として召喚します。最強勇者となって、どうか魔王を倒してください』


 当初、生徒たちは意味がわからずざわついていた。

 が、耳をろうするような地鳴りがしたかと思うと、ふいに窓の外に見慣れない風景が現われた。

 室内はパニックになったが、やがて自分たちが校舎ごと、異世界に飛ばされたと認識するようになった。おかしなことに、校舎がまるごとあるにもかかわらず、自分たちのクラス36人以外の生徒は、どこにも見当たらなかった。さきほどまで教壇に立っていたはずの、先生もいなかったという。



「召喚されてきたときに、ぼくらはひとりひとり、スキルや魔法をひとつづつ授かってたんです」

「全員にですか?」

「ええ。そうなんです。そりゃ、みんな浮かれましたよ。マンガやアニメでみる『選ばれし者』になったんですから」

「マンガ? アニメ?」

「ああ、失礼。まぁ、空想の世界の主人公になれた、ということです」

「なるほど。それはたしかに興奮しますね」


「でもね。強力な武器を授かったのに、ぼくらは校舎から一歩も出られなかったんです」

「出られなかった?」

「ええ、授かったどんなスキルや魔法を使ってもです」


「では、田中様はどうやってこちら側にでてこられたのです?」


 田中は上半身を前にのりだして、ひそひそ話でもするように声をひそめた。

「ルキアーノさん、『蠱毒こどく』って知ってますか?」


蠱毒こどく? いや、知りません」


「ぼくらの星のある国で行われていた呪術で、『入れ物の中に大量の生き物を閉じ込めて共食いさせて、最後に残った一匹を神霊としてまつる』っていうものなんですけどね……」

 田中は嘆息するように言った。

「召喚されてきたぼくらは、まさにこの蠱毒こどくだったんです」


「は?」


「与えられた能力を使ってお互いを殺し合い、最後に残ったひとりだけが、勇者としてこの世界の魔王と戦う権利を得ることができたんです」

 

『お互いに競いあってください。最後にひとり残った者が勇者となります』

 全員が能力を得て、浮かれているさなかに、そのアナウンスが頭に響いたという。



 ルキアーノは唖然とした。



 校舎という限られた建物内で、36人の友人同士が殺し合った——?


「殺しあった……のですか……?」


「まいりましたよ。だってぼくの与えられたスキルは『予感』なんていうハズレスキルだったんですよ。すこしあとにおきる事態を『予知』するんですけど、明確に見えたり、聞こえたりするんじゃなくて、なんとなくヤバいな、っていうのがわかる程度の曖昧なものなんですから」


「ほかの生徒は?」


「ずるいですよね。火の魔法や雷の魔法みたいな正統派の魔法や、身体能力2倍スキルや防御力強化スキルみたいな、実用的な特技を授けられたンですよ」


「しかも、強力な魔法を手に入れたのは、ぼくをいつもいじめてた不良連中だったし、身体強化スキルを身につけたのは野球部やサッカー部の運動神経がいいやつらだったんです。それでなくても敵わないのに、手に入れた魔力まで上位なんて不公平ですよね」


「で、田中様はどう、どうされたんです?」


「ぼくはまずは理科室の薬剤倉庫に逃げ込みました。こう見えても学年一、二の成績で、科学部の部長だったんです」

「理科室? 薬剤倉庫? それはなんです」

「あぁ、こっちの世界では聞き慣れないですよね。まぁ、簡単に言えば秘薬をつくるようなとこです。いろいろな薬品を混ぜ合わせて、さまざまな効果をうむ『ポーション』……じゃない、『薬剤』を作る場所なんです」

「それで、なんとかなると?」

「わかりませんでした。でもそういう『予感』がしたんです……」



 その後、クラスメイトは力関係により、いくつかのグループにわかれた。

 不良グループ男子・スポーツ系男子・勉学系男子・オタク系男子

 オシャレ系女子・スポーツ系女子・勉学系女子・オタク系女子——


 最初に、強い力をもつグループが、弱いグループを潰しにかかった。

 そのとき、学級委員がお互いのグループをいさめようとしたが、両方からの攻撃を受けて、ぐちゃぐちゃにひねり潰された。

 校内中に女子生徒たちの悲鳴が響いたが、それは殺し合いの合図にすぎなかった。


 オタク系女子は、手を組んだほかの女子連中たちに殺された。

 それを目の当たりにしたオタク系男子は、おなじてつをさけるため勉学系男子を急襲したが、返り討ちにあい全滅した。その勉学系男子もスポーツ系男子に惨殺された。


「あぶなかったですよ。いつもだったら、ぼくはオタク系男子のカテゴリでしたからね。『別行動しろ』っていう『予感』がなければ、一緒にそこで死んでましたよ」

「でもたったひとりじゃあ、どうしようもなかったのでは?」

「まぁね。でも、ぼくはどのグループも近づけさせなかった」

「どうやって?」


「理科室の外に毒ガスを発生させたんです。薬品と薬品を混ぜてね」


「毒ガス?」

「ほんのちょっと吸い込んだだけで即死する、青酸ガスとかいろいろ試しました。まぁ、毎回毒ガスはもったいないんで、ものすごく強烈な臭いがするだけの薬品を使って、撃退してましたけどね。科学の知識がまずしい連中にはわかりっこないです」

「でも、そんなことやったら勇者田中様も、部屋から出られなかったのではないですか?」


「まぁ、しかたないでしょ。でも困ったのは外の様子がわからなかったことくらいですよ。だっていつのまにかスポーツ系男子と女子、不良男子とオシャレ系女子がグループを組んでいるのも知りませんでした」


「そのせいで、孤立した勉学系女子は一方的に狙われることになって、ぼくのところへ助けを求めて駆け込んできたんですからね」


「助けたんですね?」



「いいえ」



 なんのためらいもなく田中が答えるのを聞いて、ルキアーノはごくりと唾を飲みこんだ。

 勇者と呼ばれていた男の口から、冗談でも発せられていいことばではない——。


「ドアのむこうで彼女たちが、男子生徒たちに襲われている様子が聞こえました。もしかしたら辱めを受けていたかもしれない。長い時間、悲鳴や泣き声が聞こえてきて、とてもうるさかったですからね」

「うるさ……かった?」


 ルキアーノはいつのまにか、こぶしを握りしめていた。聞き手として失格だという意識はあったが、目の前の勇者に、はらわたが煮え返る思いが抑えられなかった。


「だから、ぼくは青酸ガスをまいてあげたんです。彼女たちがこれ以上むごい目にあわないようにね。ほんの数秒で騒動はおさまりましたよ」

 田中は満足そうな笑みを浮かべた。

「ぼくって慈悲深いでしょう?」


「いや、しかし……、田中さま……」

 ルキアーノはうまくしゃべれなかった。怒りがことばより先に飛び出しそうになるのを押しとどめるので精いっぱいだった。自慢の美声もしゃがれている。


「勇者らしくない……とでも?」

 田中はルキアーノを凝視して言った。

「でもさいごに残ったひとりしか勇者になれないんですよ」


「そ、そうですが……」

 

「でも、ほんとうの試練はここからだったんです。2つのグループのにらみ合いが続いたんです。めだった衝突もないまま30日間も……」

「ああ……そ、そうなんですね」


「いやいや、わかります? 元々ここには飲み物も食べ物もなかったんですよ。なにも口にするものがないのに30日間ですよ。薬剤室には薬品は揃ってましたが、さすがに食べ物を生成できませんしね」

「では、どうしたんです?」


「食べたんです」


 田中はあっけらかんとした表情で言った。

 そのことばに焦るはめになったのは、ルキアーノのほうだった。


「た、食べた……ってなにを?」


「ぼくは……いえ、ぼくらは、屎尿しにょうをすすり、血を舐め、人肉を食べたんですよ」


「ありがたいことに薬剤室のドアの前には、勉学系女子の死体が転がってましたしね」

 ルキアーノには、田中が愉快そうに語っているようにみえた。

 ゾクッとする。


「死体は三体あったんですが、結局全部に手をつけきれないうちに、動きがありました」

「なにが、あったんです?」


「不良グループがスポーツ系グループに攻撃をしかけたんです」



 召喚されておよそ30日後——

 なにが契機だったかはわからない。

 生き残っていた連中はみな、極限まで追い込まれ、お互いの魔法やスキルを真っ向からぶつけて殺し合った。

 薬剤室にこもっていた田中には、だれがだれをどうやって始末したか、どんな魔法が有効だったのか、とどめをさしたのはだれか、などはわからなかった。


 だが、小一時間ほどで全員がさしちがえる形で決着したという。

 外の音が完全に途絶えたのち、数時間待ってから田中は薬剤室をでた。


「30日ぶりですよ。30日ぶりに廊下まで出られたんです。案の定、いたるところにゴロゴロと死体が転がっていましたよ。でもぼくがなにより驚いたのは、校舎の損壊がわずかだったことなんです。魔法やど派手なスキルを使って戦ったはずなのに、壁に穴が開いたり、ガラスが砕け散ったりしてなかったんです——」


「不思議じゃないですか?」


 ルキアーノはこの男の言い草が理解できなかった。

 彼らのいた世界では当たり前なのかもしれないが、あまりにも他人の『命』への敬意が足りなさすぎる——


「ぼくは死体を数えました。教室や職員室や視聴覚室とかに、いろんなところに転がってましてね。なかには10箇所以上にばらけているヤツもいて苦労しましたよ」


「でも死体はぴったり35体揃っていました。ぼくは最後のひとりに残れたと確信して、意気揚々と校舎から出ようとしました——」



「でも出られなかった! 見えない壁のようなものに阻まれたままなんですよ」



「どういうことなんです?」

「ですよね。ぼくもおかしいな、と思って、死体の数をもう一度確認したんです。すると34体しかない。一体足りないんです」

「まだだれか生きていた——」


「ええ、そうなんです」

 そう言って田中はたちあがると、服の襟元のボタンをはずしながら、ルキアーノのほうへ歩いてきた。


「ぼくはうしろから刺されました。これがそのときの傷痕です」

 田中はルキアーノに近づくと、胸元をのぞかせて見せた。鎖骨の下あたりに、ひきつれた傷痕がみてとれた。


「犯人は、女子テニス部のキャプテンをやっていた女子でした」


「彼女のスキルは『生き返り』だったんですよ。ずるくないですか?。そんなのって……。だってぼく、そのあと、何度も彼女を殺したんですけどぉ、かならず蘇るンですよ」


 耳元で不満をぶちまけられて、ふたたび怒りがこみあげてきた。

 話を聞くのが仕事であると心得ていたつもりだったが、こんなに不快な話を得意げに語られては我慢の限界だった。嫌悪感で胸がいっぱいで、ヘドをはきそうになる。

 依頼主に追加料金を請求してやらねばならない——

 この話を聞けば、その交渉にも納得してもらえるはずだ。


「それにね、彼女はぼくがひそかに憧れていた人だったんですよ。それを自分の手で殺すって、どれほど勇気がいると思います? なのに彼女はなんども、なんども蘇ってくるんです」

 田中は不快そうに顔をゆがめた。

「ぼくにどんだけ嫌な思いをさせるつもりなんだって! あなたもだんだん腹が立ってくるでしょう?」


「いえ……えぇ、あぁ、まぁ…… で、でも、最後は殺せたんでしょう?」

「もちろんですよ」

 すぐ横から、ルキアーノの顔を覗き込んで言った。満面の笑み——


「食べてしまえばよかったんです」


「そのために、ぼくは薬品を混ぜ合わせて爆弾を作ったんです。薬品室には、塩酸や硫酸、過酸化水素、硝酸、アセトンとか、爆弾の材料にことかきませんからね。それで……」

 田中は手のひらを上にむけてパッとひらいてみせた。

「ドカーン、とね」

 

「で、生き返る前に、主要な部位を食べたんです。心臓とか脳とかをね」


 ルキアーノはおもわず嘔吐えずきそうになった。

 おもわず両手で口元をおさえる。


「これで決まりでした。心臓を食べているときに、突然、天井から光がさしましてね。全員がもっていた魔法やスキルが、ぼくのからだのなかに吹き込まれてくるんですよ。あの瞬間はサイコーだったなーー」


「そ、それで……」


「それで?」

 田中は怪訝そうに眉根をよせた。

「それで全部ですよ。あとのぼくの活躍はあなたのほうがご存知でしょう?」 


「あ、あぁ、いえ、そ、そうですね」

「どうしました? 顔色がわるいようですが……」

 田中がうしろからルキアーノの顔を覗き込んだ。


「あ、すみません。わたしたちが聞かされている異世界召喚とは、あまりに齟齬そごがありましたので、ちょっと……」

「ですよねー。ぼくも予想とちがったなーって。だからこれで勇者って名乗るのも、ちょっとねぇ……」


「あ、いえ。は、はい。で、でもたいへん貴重なお話を聞くことができました」

「そう、それはよかったです」


 そう言いながら田中が、ルキアーノの肩にかるく手をかけてきた。

「ぼくも聞いてもらえて、すっきりしましたよ」


 ふと、急に気になってルキアーノは尋ねた。

「ところで田中様、あなたはなぜ魔王軍との戦いを、途中でやめてしまわれたのですか?」


「ああ、単純な話です……」


 田中はルキアーノの肩を、いとおしげに揉みほぐしながら言った。



「だってね。魔族はちっともおいしくないんですよ」




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いかがだったでしょうか?

もっとゾクゾクしたい?

いいでしょう。

それでは次の話でさらにゾクゾクしてください……

 

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