第38話 アイシャの家②

 アイシャが家に入ると、文字通り暗雲が立ちこめており、雷も落ちそうな――いや、バチバチと落ちていた。


 バチィッ

 

「ひ、ひぃっ!」

 

 小さな雷が足下に落ち、アイシャは飛び退いた。

 

 家の中には――アイシャの母がいた。その頭上に、雷雲を宿して……。


(やば! ……これってもしかして――)


そう、アイシャの家族は――家の中に居たのだ。……さっきアイシャが魔法を使った時も――もちろん家の中に居たのだ!

 

「ア~イ~シャ~っ」

「ひぃぃぃいっ!」


バチッ――! バチッ――!


 雷が、物理的に部屋の中に落ちる。


「家に魔法をかけるときは、家の中に誰もいないか確認するようにって言ったよね?」

「はいぃ……」

 アイシャは、事態を把握して小さくなった。


バチッ――! バチッ――!


「ひぃっ!!」

 

 アイシャは、足のすれすれに落ちた雷にびびる。

 ……アイシャの母には、こんな魔法も可能なのだ。


 アイシャの母は言った。

 

「あのねぇ……。家がぐわんぐわん揺れるから、お母さんたちもびっくりするし、……幹を動かしているときに誰かが挟まっちゃったらどうするの?すっごく危ないの、分かる?」

「あい……」

「ドリアードなら自力で抜け出せるけど、人間が家にいるかもしれないのよ。ご近所さんが遊びに来てたらどうするの? 普段から、模様替えする前には確認する癖をつけて欲しいのよ」

「はいぃ……。ごもっともですぅ……」


 アイシャは、ごにょごにょと言い訳をする。

 

「ごめんなさいぃ……。あのぅ……トリスが……司祭様がうちに泊まることになってぇ……お父さんにも言っててぇ……だからトリスの部屋を造ろうと思ってぇ……」

 

「そうなんです」


 トリスが、すっとアイシャの隣に並んだ。


「僕がアイシャが魔法を使うところを見せてほしいって言っちゃって……。アイシャを焦らせてしまったんです。すみません。そもそも僕がたった一週間滞在するというだけで、アイシャにすごく良くしてもらってて……」


 アイシャは、頭を下げるトリスを見て驚いた。


(……!)


 そんなことは、ない。

 トリスが頼んだわけではない。焦らされたわけでもない。


(……私が、勝手にやったことなのに。トリス、庇ってくれてるの……?)


アイシャは、胸の前で手を握った。

 

(…………優しいんだ……)


 トリスの横顔を見る。

 トリスは姿勢を低くして、アイシャの母を見ていた。

 

 

 「……司祭様が、うちへ泊まるのね?」

「そ、そうなの! お父さんもいいって!」

 

アイシャの母はため息をつくと、

 

「まぁ、幸い誰も怪我もなかったし、司祭様のお部屋も確かに必要よ。……分かったわ。司祭様は楽にしてくださいな」

「ありがとうございます」

 トリスは顔を上げ、こっそりアイシャにウインクをする。


(! トリス……! すごい……)


 アイシャは、思わず口元が緩んでしまった。


(私は魔法が使えるけれど。……トリスのこれも、魔法みたい……!)


 母の雷雲が霧散して、アイシャは胸をなで下ろした。


(よかった~。通常モードにもどった~っ。トリスさまさま~っ!)



 

 居間が静かになったことを感じたジオは、部屋に入ってきた。眼鏡をくいと上げ直すと、アイシャの方を向いて言った。

 

「怒られ終わった? まったく、気をつけてよね……。――で、俺はこれからホワイトドラゴンの世話をしにいくけど、……くる?」

「へ? 私はいかないけど」

 アイシャは即決で断る。


(これから家の紹介もしたいし、ていうかトリスとじっくりお話したいもんね!)


 ジオは首を振る。そして、

「いや、アイシャじゃなくて。君」

 トリスのことを指さした。

 アイシャは、ジオとトリスを交互に見た。


「えぇっ?! そっち?!」

「ホワイトドラゴンのお世話ですか……!? 興味あります!!」

「しかもトリスが食いついてるー!」

「だって、珍しいじゃないか……! かわいい動物とのふれあい、楽しみだなぁ」

 トリスは楽しそうに言った。

 

アイシャは、トリスが動物が好きっぽい話をしたことを思い出す。


(動物が……好きなんだろうってことは分かったけど……、)


「……ドラゴンも、かわいい動物扱いなのぉ~?」


(守備範囲が、広い……!)


 と思う、アイシャなのであった。

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