第37話 アイシャの家①


「と言うわけで、ここがうちだよー!」

 アイシャは、自宅の前にトリスを連れてきた。


 トリスが、アイシャの家を見上げた。


「…………立派な木だね。長老の家も立派だったけれど……枝も葉もとても多いね」

「ありがとう! うちは元気な木なんだ」

「ま、長老の家もある意味元気な木だけどな。樹齢凄そうだぜ」

「そうだね。長生きの木だよねー!」


 言ってから、アイシャは自宅の幹を触った。


「でもうちは若い木だから、に都合が良いんだ!」

「模様替え?」

「えーと、そうだなぁ……。今日からトリスが泊まるわけでしょー? うーん……うーん……」


 アイシャは真剣なまなざしに変わり、家を上から下まで見る。

 それから、なにやらうなりながら、家の周りをうろうろと歩いた。


 トリスは、アイシャから少し離れて、柵にもたれかかった。


(邪魔になるといけないし……少し離れておこう。……けど、なにをしているんだろう? 家に入るのになにか……。はっ!)


 トリスは、キールに話しかけた。 

「家に入るのに、なにか儀式がいるのかな?」

「……違うぞ」

「違うの? じゃあ、あれはなにをしているんだろう?」

「まぁ、見てなって」


 日が落ちてきて、空は薄いグラデーションになっていた。

 薄いグレーの空の上に、少しだけ薄オレンジがかかっている。


「あそこがああでー、…………よしっ!」

 

 アイシャは、家に手をかざして、魔法の呪文を唱え始める。


「――ハマドリュアスの姉妹よ、力を。アナケーニス、スプキオ」


 アイシャの手からぽう、と光が生まれ、辺りが淡い光に包まれていく。

 淡い光は宙をほわほわとまばらに浮いていたが、


 パアアアアアッ


 強い光が生まれ――大きな白い光が起きた。

 それはアイシャの家全体を発光させる。

 

 アイシャの両手の前から、風が起こる。

 その風はアイシャの若草色の髪を激しくなびかせた。


「…………っ!」


(重いっ!)


 手に何も持っていないのに、重力がかけられているような感覚――。

 アイシャは、足を踏ん張ると、腹にぐっと力を入れた。

 

 そして――、


 家は、ぐねぐねぐね~っと動き出した。



「!? き、キール、あれは……」

「へへっ」


 トリスは、足を一歩前に踏み出した。

 キールは、目線をアイシャから外さずに答えた。


「――ドリアードは、“だいいらず”って呼ばれてるんだ」


 木は――アイシャの家は――、うねうねと曲がると、ぼこぼこと形を変え――、やがて元の木のようにまっすぐになった。

 

 動きが止まると、木を覆っていた光は、徐々に空気に溶けて無くなった。

  

「ふぅ~っ!」

 

 アイシャは、額を拭った。

 

(久しぶりに“部屋を増やした”から、疲れたぁ~)

 

 ドリアードは、木を改造して家にしている。家を造り替えるのも――部屋を増やすのも、たいぼくの家であるからこそ可能だった。

 石造りの家では、発揮できないだろう。


 家を造り替える機会というものはなかなかあるものではない。……が、アイシャは一年前、『手紙の道具』をしまうために、ロフトを増やしたことがあった。


 アイシャが家の前で「じゃじゃーん!」と手を広げる。

「というわけで、トリスの部屋を用意しました! これでばっちり! ようこそ!」 

「す、すごいね、アイシャ。そんなこともできるんだ……」

 トリスが、家を見上げながらアイシャに近づいた。

 

「そうなの! ドリアードは大工いらずっていって……」

「それは俺がもう話した」

「えぇっ!? なんでぇっ!? 私がかっこよく言いたかったのに!!」

「アイシャのかっこいいところなら、見せてもらったよ」

 

 トリスはにこりと微笑んだ。


「凄い力だね、かっこいいよ」

「へっ!? あっ……ありがと……」


 アイシャがもじもじしていると――、


 バタン!


 と大きな音を立てて玄関の扉が開いた。

 

「…………アイシャか。じゃあいいや。……おかえり」

「お兄ちゃん!」

 

 家から出てきたのは――アイシャの兄のジオ・クラネリアスだった。

 よもぎいろの髪に、紫の花が咲いている。眼鏡をかけた瞳は、家を揺らした犯人を確認すると落ち着きの色を取り戻した。

 

 ジオは普段はあまり外に出てこない。自室にほとんどいるが、なにやら研究やら開発やらを行っているらしい。


 ジオは、扉を押さえたまま言った。

「…………入りなよ。……まぁ、分かってると思うけど」

「だな! アイシャ、俺はいつでもお前を守る。だがこれは死の危険があるわけではない。だからある種では危険じゃねーけど、俺はめんだ。というわけで、俺は帰る!」

「え? なに?」

  

 アイシャがきょとんとしている間に、キールはひょいひょいと自分の家に戻っていった。


「……分かってないのか……」

 ジオは、アイシャとトリスを家に入れると、扉を静かに閉めた。居間に入ろうとして、くるりとUターンをする。

「……俺も逃げておこう」

 ジオは、玄関に座り込んだ。それから、少し物の配置が変わった玄関を見て、頬杖をついた。

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