第36話 お泊まりって言いました?


 祭りの広場の切り株の上に、アイシャら3人は座っていて、そこへアイシャの父がやってきていた。

 

 アイシャの父は言った。


「さっき、青年団の会議が終わった。……長老から、アイシャへの頼まれ事を受けたものだから、お前を探していたんだ」

「ふーん? あ、分かった! 長老ってば、私の探偵手腕に興味津々ってことかな?」

「なんだそれは?」

「おい、違うっぽいぞ」

「違いそうだね」

「…………」


「アイシャたちこそ、広場で何をしているんだ? それに、……司祭様まで」

「お友達になったんだよ。もう一週間、村にいることになって」

「……ああ。長老もそうおっしゃっていたよ」

 

 アイシャの父は、顎を撫でながら言った。


「……長老はご老体で、人の世話を見るのもしんどいだろう。残りの一週間、うちにいるといい。どうせ長老は料理もせんだろう。そこらで採ってきた草のサラダしか出さん」

「その通りです。」

 トリスは頷いた。

「では、よろしくお願いします」 

「ちょ、ちょっと待ったぁー!」

 アイシャはうろたえる。

「ええええぇえぇ!? 今、『うちにいるといい』って言った?! それに「よろしくお願いします」って言ったー!?」

「言ったね」

「言ったな」


 アイシャの父とトリスは頷いた。


「それって、1週間ずっとってこと?! お泊まりってこと?!」

「おおおおおじさん! おじさんー!!!!!!」

 キールもうろたえた。

 

 アイシャの父は言った。

「うちにも18歳の息子がいる。話も合うんじゃないか?」

「私じゃなくてお兄ちゃんのために?!」

 

「なるほど、楽しみです。では僕は、長老に話しをしてきますね」

トリスは頷いた。

「あぁ、待て。私はまた長老の家へもどる用事がある。……長老にはわたしから話しておく。荷物は……少ないんだろう?」


 ……荷物が少ないかどうかは、マーケットでのプレゼントをカウントするかによる。

 

「えっと……」

「服くらいなら、ついでにわたしが持って帰ってあげよう」

「いえ、自分で行きますよ」

「いや……、今日は、いかんせん長引きそうでな」


 アイシャの父は、キールを見た。

「護衛団も動いているし、……おそらく情報交換になるだろうな」

「……っす」

 キールがぺこりと会釈する。

 

 トリスは言った。

「では……服だけ。本当、服だけでいいので……!」

「ん? あ、あぁ」

 

 アイシャの父は、(着替え以外になにがあるんだ?)と思いながら、アイシャの方を向いた。

 

「じゃあアイシャはこれを、膨らませてくれないか? なんか聞くところによると、得意なんだって?」

「! これは……」


 父が布袋から出したのは、グリーンベルの花だった。


「これを……何個?」

「本当は10個。……と言いたいところだが。今日は1つでいい」

「大丈夫だよ!」


 アイシャは、グリーンベルの花に手をかざす。魔法を唱えた。


「――ハマドリュアスの姉妹よ、力を。メガロ」


 アイシャの手に光が集まる。

 そうして、グリーンベルの花は10個全部が大きくなった。


「……!」


 アイシャの父は、娘の魔力に驚く。


(こんなに短時間で……? 呪文を唱えてすぐじゃないか。普通は、魔力をしばらく注ぎ続けるものだが……)


 アイシャはそのまま続けた。


「“命令”。人を見つけたらくっつくこと。宙に浮かんで探すこと。森の中をさがすこと」


 ――……。


「終わったよー!」


 アイシャは、あっという間に魔法をかけ終わる。

 ふよふよ空を浮かぶグリーンベルの花が、勝手に飛んで行かないように蔓草で結ぶ。

 アイシャの父に10本の蔓を持たせると、それはまるで風船配りの人みたいになった。


「…………」


 あまりの魔法をかける早さに、アイシャの父は絶句していた。が、我に返るとアイシャにお礼を言った。


「ありがとう。まさかこんなにすごいとは。……私は今からこれを長老の家に届けてくる」

「うん、いってらっしゃい!」  

「お前たちはもう少し遊んで帰るのか?」

「そもそも遊んでないんだけど! 帰るけど!」

「じゃあ、後でな」

 

 アイシャの父はそう言うと、広場からでていった。


 その背中を見送ったアイシャは、

(トントン拍子で! お泊まりが! 決まっちゃったよ!)

やはりそっちのことで頭がいっぱいだった。


 ぐっとガッツポーズをすると、くるりとトリスの方に向き直った。


「さぁ! 家に行こう! トリス! 案内するよ!」

「お世話になります」


 アイシャからは、にこにこ笑顔が漏れ出ている。


(~っトリスが! うちに! お泊まり!)


 スキップして先導しようとして――ぐいっと肩を引き戻された。

「えっ、なにっ!? キールっ!?」 

「………………」

 キールは、アイシャの顔を見ると――、

「…………明日の朝、5時に迎えに行くから!」

「なんでくるの!? しかも早くない!?」

「早くない!」

「いや早いよ!?」


 キールは、ぎりぎり「俺も行く」――とは言わなかった。

 ……これでも精一杯、我慢した台詞なのだった。



 ***



 この様子を、草の影から小さな生き物が見ていた。

「みゅん……」

 小さな生き物は、アイシャたちが広場から去って行くのを、ただそのまま見ているだけだった。

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