第10話 司祭様の噂


「あ! そうだ! ねぇふたりともっ、これから、祭りの広場を見に行かない?」


 アイシャは言った。


 川から村へ戻った三人は、村の中を歩いていた。


「お母さんたちが午前中に飾り付けをしているはずですぅ。……もう帰ってきてるかもですけどぉ~」

「だよねだよねっ! 下見にどう?」


 今日は村の女性たちが、祭りの広場を飾り付ける日のはずだ。

 アイシャは誘ったが、マリィは眉を下げた。

 

「ん~と、お父さん帰ってくるの遅いかもって言ってましたしぃ、そろそろ家に帰って弟たちの面倒をみようかな~ってぇ~」

「あぁ、なるほどねー。おっけー!」


 アイシャはすぐに了承した。

 よくあることだ。


 マリィは言った。

 

「アイシャの家こそ、お父さん今日帰り遅いんじゃないですかぁ~?」

「んー。まぁ、そうかもね。お父さん、団長だし……」


 アイシャの父は『青年団』の団長だ。青年団は村の役員である。

「花祭りのことかなって思ったけど、でも今日の朝はスケジュールになかったと思うんだよね」


 アイシャは、リビングにある家族共有のカレンダーのことを思う。

 今日もたしかになにか書いてあったかもしれないが、朝早くから予定がということはなかったはずだ。


「じゃあ、急に呼ばれたってことか?」

「マリィは早起きしたので知ってますよぉ~」

「えっ!? 本当!?」


 マリィはこくんと頷いた。

 

「……なんでも、司祭様がまだ到着されてないんですってぇ~……」

「へぇ……。そうなんだ……?」


 司祭様。花祭りの日に王都の教団からやってくる、偉い人。……外の世界の、男の人……。


「それで、青年団で捜索したほうがいいじゃないかって話になったみたいですぅ~」 


 アイシャは、去年のことを思い出そうとする。

  

「あー。思い返してみれば。確かにいつもは花祭りの4日前? 3日前?くらいから村に滞在してるよーな……」

「森の中を徒歩でやってくるから、早めに来てんじゃねーの」

「事前の打ち合わせとかもありますし、花祭りの前日とかもなんかお清めとかあるみたいですぅ。ってことで、今日には着いてないと~って感じみたいですぅ~」

「なるほどね~」


 アイシャは頷いた。


 マリィは言った。


「まぁどうせおじさんですし、迷子になってるんじゃないですかぁ~?」

「迷ってんだったら、おじいさんかもしんねーぞ」


マリィとキールはわははと笑った。

 そこへ、アイシャが広げた手を伸ばした。


「ちょっと待って!」

「「?」」


アイシャは、口角を上げて言った。

 

「まだ今年はどうかわかんないよ!? 私はまだイケメン若者司祭様を諦めてないよ!!」


「「あははははっ!!」」


 マリィとキールは楽しそうに笑い、アイシャの頭をよしよししたりわちゃわちゃした。



 ***



「じゃあ、ここらで解散しましょうかぁ~」

「おっ俺も、があるしなっ!」


 村の中央に近い位置に、東西南北に吊り橋が架かっている広場がある。 アイシャとキールの家はここからさらに東にあるが、マリィの家はここから北西だ。一度北側に行く必要がある。

 この十字路が、別れのタイミングとして適切だ。


「じゃあまたね!」


 アイシャが言うと、マリィが手を振りながら去って行く。


 キールも、


「じゃ、俺はこっちだから!」


 と南側の橋へ駆けていった。


(あれ? 家に帰るんじゃないんだね)


 東の橋に行かなかったキールを、手を振って見送る。



「ふたりとも行っちゃった」


アイシャは少し考えてから、


「よしっ! 私ひとりでもいいや! 祭りの広場に行こーっと!」


 元気よく歩き出した。

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