第11話 出会い


 村の北の端に、祭りの広場はあった。

 北側に延びる吊り橋を渡っていくと、最後の足場から地上へ降りるためのはしがあった。

 そこから地上へおりて少し歩くと、村の広場に出た。

 広さは600平方メートルくらいか――広場の周りは木々がぐるりと囲っている。地面には背の低い草が広がっていた。


「わぁ! 飾り付け終わってるー!」


 アイシャは、広場へ足を踏み入れる。

広場をぐるりと囲む木の幹に、色とりどりの花やリボンが飾られていた。

 祭用の飾り付けだ。

 村の女性たちがおこなうことになっていたので、アイシャの母も先ほどまでここで作業していたはずだ。


 しかし。


「……誰もいない」


 広場はしんとしており、誰の気配もない。

 出店の準備などは明日やるのだろうか。


 アイシャは、(まあいいか!)と歩き始めた。

 

 そこそこ広い広場の中央には、一本の木がある。

 その木の前に、周囲と同様の花やリボンで飾り付けられた、祭壇があった。


 アイシャは祭壇に近付いた。


「なんにもない……」


 祭壇には、まだなにも置かれていない。

 花祭りの当日には、木彫りの精霊の像や、杯などが並べられるはずだ。


「ま、さすがに明日でもないし。明後日だしね、花祭り」

 

 アイシャは、空の棚をひと撫でした。

   

 

 アイシャが歩いていると、足にコツンと何かがぶつかった。


(ん?)

 

 見ると、それは蓋の付いた籠だった。

 アイシャはしゃがんで、蓋を開ける。中には、花びらが詰まっていた。


「あ、これって……!」


 風が少し吹いて、籠から花びらがぽろぽろとこぼれた。

 

 花祭りでは、フラワーシャワーをおこなう。

 長老や司祭様に花をかけたあと、自分たちにもかけあうのだ。

 その時のための、花びらを入れた籠だった。同様の籠がいくつも並んでいる。


(あ、学校で集めた花びらもここにある)

 

 アイシャは、そのうちの一つに見覚えがあり、蓋を開けた。中には、今朝学校で摘んだ花びらが入っていた。

 

(先生が、「授業後広場に運ぶ」って言ってたけど、もう持ってきたんだ)


 手を入れると、おもむろに花びらをひとつ摘まむ。

 『鮮度を保つ魔法』がかけられたそれは、摘みたての時のように、水分を含んだ綺麗な花びらだった。


「わー……」

  

(フラワーシャワーって楽しいんだよね! 綺麗だし! かわいいし! いい匂いだし! …………これ、もっとあってもいいかも?)


 アイシャは、フラワーシャワーをかけあうのが好きだった。

 花びらを手ですくって、ぱららと籠へ戻した。


(いいじゃん!)


 アイシャはにっと笑って、蓋を閉じた。


 あたりをきょろきょろと見回すと、空の籠が転がっていた。

 それを抱えると、すっくと立った。

 

「……よしっ」

 

そして、拳を突き上げる。


「たくさん摘んで、みんなを驚かしちゃおーっ! 夕方までにどこまで増やせるか! やるぞーっ!」


 こうして、アイシャは花を探して森を歩き始めたのだった。


 

 

 祭りの広場からさらに北側には森が広がっており、アイシャはその森の中へと入っていった。


 春は新緑の季節。

 栄養の豊富なこの精霊の森で、若枝はぐんぐん伸びており、時折アイシャの髪に絡まった。

そのたびアイシャは少しだけ振り向いて、片手をかざす。魔法を使うと、それはすぐにほどけた。


(髪がくるくるだからすぐに絡まっちゃうのかな?)


 アイシャは、自分の毛先をつまむ。ウェーブがかった髪は、アイシャの指の先でくるんと丸まった。

 若草色のアイシャの髪は、森の中にいると葉と見分けが付かないかのようだ。

 

 木々を見上げると、たまに花を咲かせているものもあり、それらを見つけるとアイシャは嬉しくなった。

 しかしそれらの花の中で、最も美しいのはアイシャの髪から咲く花だった。ピンク色をしたそれはかわいく、みずみずしく、生き生きと咲いている。


 アイシャは木の上の小さな白い花を見上げ、


(もう少しカラフルなのが欲しい……かも)


 少し考えた後、再び歩き出した。


地面には草ももちろん生えていたが、ほとんどは重厚な落ち葉だった。積み重なった落ち葉に滑ってしまわないように、アイシャは気をつける。歩くたびに、朽ち落ちた枝はパキパキと音を立て、積もった落ち葉はシャクシャクと音を鳴らした。

 途中まで道のような、歩きやすいところがあったが、アイシャはそこから外れて歩いた。


(人が通った後ってことは、そこに花はもうないってことだもん)


 そうして、特に目指す方向もなく、前へ。藪をかき分けたり枝をくぐったりして進んでいく。


「……あ!」

 

 しばらく進んだところで、先の方にぽっかり空いた光が見えた。

 木立の間が空いており、そこから光が差し込んできているのだ。


ひらけた場所にでそう!)


 アイシャは光の方へ向かって歩いた。



最後の木に手をかけ、アイシャは光の中へ足を踏み入れる。

サクリ。と踏んだのは――

 

「こ、これって……!」


 そこは、小さな花畑だった。

 

 アイシャの目に、ピンクや黄色や白や紫など――鮮やかな花の色が飛び込んでくる。同じ種類の花のようだが、色が違うようだ。コスモス……にしては背が低いし、葉の形も違う。だが、コスモス畑に近い印象の花畑だった。

 ぶわっと、花の香りが鼻に飛び込んでくる。いい匂いだ。


 アイシャは花畑へ、一歩、二歩、と踏み入れる。

 

 深い緑の木々に囲まれた中で、鮮やかな花の色は映えて、アイシャの心はった。

 

「わぁぁ……! ここで花を摘も~っと!」

 

 アイシャはぴょんと屈むと、花を摘んでいった。


(これなら可愛いし! 綺麗だし! いっぱいあるし! 一カ所で色んな色の花が手に入るとは思わなかった~!)

 

 アイシャは嬉しくなった。


(ひらひらって撒くから、花びらが大きいやつが良いよね……!)


 花びらは一枚三センチほどの大きさがありそうだ。

 アイシャは、なるべく花が大きなものを選んで、摘んでいった。

 


 やがて、籠が花でいっぱいになった。


「よしっ! こんなもんかな」

 

 アイシャは地面に座った。

 籠を見ながら、満足げに「ふぅ」と、一息つく。

 のも束の間、


「あ、そーだそーだ! 鮮度を保つ魔法……っと!」


 アイシャは思い出して、慌てて花びらへ魔法をかける。

 これで明後日でも今と同じ状態で使えるはずだ。

 花びらは籠ごと光に包まれると、やがてその光は霧散した。


「今度こそこれでよし! …………」


 アイシャは、魔法がかかり終わったのを確認すると、籠を抱えて空を見上げた。

 ここにはアイシャひとりしかいないので、静かな時間が流れる。

 目を閉じて、息を大きく吸う。


「すーっ……はーっ……。いい匂い……。ふふっ」


 摘んでいるときも思っていたが、いい匂いだ。

 今は達成感もあって、より良い気分だ。


 そんな風にアイシャがくつろいでいると――、


 カサ、シャク、パキ……。


 かすかに森の地面を踏む音がして、アイシャは、慌ててぱっと立ち上がる。


(な、何っ!?)


カサカサという音やシャクシャクという音は、落ち葉を踏む音だ。落ち葉は積み重なっているので、意外と大きな音がでる。

 パキパキという音は、枝を踏む音だ。……アイシャも先ほど、そうして歩いてきた。

 

 シャクッ……シャクッパキッ……ガサッパキッ……と、音は次第にはっきり聞こえ、こちらに近づいてくるようだった。


 アイシャは、身構えた。


(人?! 獣?! いや、あれは、歩行音……! 風で木々が揺れる音とは全く違う! 二足歩行――だとは思うけど、なにかおかしい! 村の人かもしれないけど――でもそれにしては…………。こんな開けた場所、すぐに入ってきてもおかしくないのに――……)


 ――さっき自分がしたみたいに。

 アイシャはそう思った。

 森の中で視界が開けそうなら、そこへ真っ直ぐ向かうはずだ。

 アイシャの思考にも体にも、緊張が走った。


 そして、その歩行音は、少しの間森をうろうろし。


 ガサッ、シャクッ、ザクッ、……。

 

 ついに、森の中から姿を現した――――…………。


「………………っ」


 アイシャは、目を見開いた。


 ――そこには、一人の少年が立っていた。


 白銀の髪は絹糸のように白く、黄金の目は宝石のように輝きを放った。

 そして、その端整な顔立ちに不釣り合いな、――怪我を負っていた。

 まとう白いローブはあちこちが裂けて、白い腕が垣間見えた。

 足をひきずっており、それがふらふらとした歩行音の正体のようだった。

 歳は――同じくらいだろうか。

 疲労のありありと見える表情は、儚げで、少し大人びて見えた。

 そしてなにより――とても穏やかな瞳を携えていた。


 サァッ――と風が吹いて、花びらが舞う。


 アイシャは、少年に見惚みほれて――、一歩も動けなかった。

 こんなに綺麗な顔の男の子を、アイシャは見たことがなかったのだ。


 少年は、花畑に足を踏み入れる。

 ピンクや黄色や白や紫などのカラフルな花の中に、白い少年が立っていた。

 その光景はなんだか神々しく――幻想的だった。


 少年は、花畑の途中で足を止める。

 アイシャとの間には、3メートルほど距離がある。


「………………」

「………………」


 静かな時が流れた。

 ふたりの間を、花びらが舞う。

 


 先に口を開いたのは、少年の方だった。

 儚く消え入りそうな声で、アイシャに向かって話しかけた。


「君は…………」


 言いながら、一歩、アイシャに近づいた。


「君は………………森の精霊…………?」


 世界中の音が止まって、彼の声だけが響いているように感じられた。

 

「え………………っと…………、」


 アイシャも、一歩、少年の方に近づいた。


「ち、違うよ……! 私は、ドリアードだよ! この村……フルールフートに住んでるの!」

「そうなんだ…………。でも…………、すごくきれいだ…………」


 少年はそう言うと、かすかに笑った。



 そして、――その場へ倒れ込んだ。


 

「へっ?! わわわっ!? た、大変!!」


 アイシャは慌てて駆け寄った。


「うぅ……」


 少年がうめく。

 アイシャはわたわたしながら、少年の頭を自分の膝の上に乗せる。


「大丈夫っ!?」


 アイシャが声をかけると、

 少年のお腹からぐぅうぅぅ、と音が鳴った。


「……お、お腹が空いてるの?」

「……………………」


 返事は返ってこなかった。

 少年は、何かを言おうとして――目を閉じた。そしてそのまま、動かなくなってしまった。


「えっ!? どっ、どうしよう!?」


 アイシャは、両手をわたわたと動かし――、彼の白いローブに、金色の刺繍がなされているのが目に入った。


(はっ?! こ、この人って……もしかして……王都からやってくる予定の『司祭様』?!)


 少年の美しい顔が、まばゆい。

 その体温が、太ももから伝わってきて、アイシャの頬を紅潮させた――……。


「こっこここれが……っ! 運命の出会い……っ?!」


 アイシャは、興奮を隠しきれずにいた。


 それから、少年が気を失っていることに気がつくと、


「……はっ! だ、誰か人を呼んでこないと……!」


 慌てて、村へと駆けて行った。

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