第7話 学校と花祭りのお話し


 魔法の授業の次は座学だったので、アイシャたちは教室に入る。

 

 教室には長机がいくつも並んでいる。

 アイシャとマリィとキールは、そのうちのひとつに三人で並んで座った。


 アイシャは、右隣のマリィから話しかけられる。


「今日はやっぱり、お祭りの話ですかねぇ?」

「だよねー。もう明後日だもんね!」

「マリィは花パンが食べたいですぅ」

「私は花まるごと飴かなぁ」


もうすぐ、年に一度の『花祭り』が開かれる。

 そこでは出店もたくさんでるので、アイシャとマリィは食べたいものの話をした。


「花ケーキもいいですねぇ」

「花びらの蜂蜜漬けとかないかな?」

「食べ応えなさそうですぅ~」


「おまえら、食いもんのことばっかなのな……。もっとあるだろ、おっ、踊りとか……っ」

 アイシャの左隣に座ったキールは、回復していた。


「踊りか~」

「あ~踊れたらいいですよねぇ! ペ・ア・ダ・ン・ス!」

「…………」

 マリィがからかうと、キールはにらむような顔を一瞬して、黙ってしまった。

 

 先生が話し始めた。


「明後日は待ちに待った『花祭り』ですね! みなさん、これがどういうものか知っていますか?」


 やはり今日は、明後日に控えた村の祭りについて話すようだ。


「花祭りは、精霊の木をまつるお祭りです。楽しい出店や踊りもありますが、一番大切なのは、精霊の木の繁栄と和平を祈願する『お祈り』なのです。毎年、長老・司祭様・巫女が、広場でお祈りをしてくれます」


 アイシャは、言われて(ああ!)と思い出した。


(……そうだった。食べて遊ぶだけじゃないんだった)


 一番大事なのは――そもそもこの祭りは、『精霊の木』を祀る祭りなのだ。

 村を束ねる長老。国から派遣される司祭様。そして補助の巫女。彼らの『お祈り』が、祭りのスタートなのだ。


 先生は、さらに説明を加えた。

 

「お祈りは大切な儀式です。ドリアードにとって大事な、ご神木である精霊の木が枯れてしまうと、私たちドリアードは魔力を失ってしまいます」


 それを聞いた生徒たちは、ざわ……ざわ……とざわめいた。

 アイシャも少し驚いて、マリィにひそひそ声で話しかける。

「え……そうなの?」

「……私たちの世代って、魔力低いみたいですよぉ」

「えぇ……それも知らない」

「……昔は一日でオークの木を生やすこともできたみたいですけど……」

「オークの木? それはすっごいね……!」


先ほどの授業で使った草花はともかく、対象がオークの木となると話は別だ。昨今だと大人でも一週間……いや二週間はかかるだろう。

 

「……精霊の木に咲いている花の数が、最近少ないとかなんとか……」

「……ふぅん……そうなんだ…………」


 マリィの話を聞いて、アイシャはごくりと唾を飲み込んだ。


(私、そういうの……魔力が弱いとか、精霊の木の様子とか……あんまり気にして生活してないかも……)


 先生は言った。

 

「……もちろん、そうならないために、お祭りを行っています。――王国と同盟を結んだ際に、私たちの精霊の木が、王都でも伝説に残るものだということが分かりました。――よって、王都から司祭様が、毎年花祭りに合わせてやってくることになったのです」

「はっっ!!!!」


 アイシャはまた小声で……いや、小声になりきれていない声で、マリィに話しかけた。

 

「ねぇっ! 司祭様って、男の人だよね!? かっこいいかなぁっ!?」

「え~? いつもおじさんが来てるじゃないですかぁ」

 

(ガーン……)


「そっかぁ……」


 期待が一瞬で散ったアイシャは、肩を落とした。



 先生の話は続く。 


「精霊の木は守るべき存在なので、ドリアードの森には強力な結界が張られています。そのため、森を出入りするには、“つうこうがた”が必要です」


「通行手形……!」

  

 アイシャは、再び顔をあげた。

 

(大人でも移動するとき必要そうなんだよね。どこかで通行手形を手に入れなくっちゃ……!)


 ――一年前。

 父と母に「通行手形は長老がくれる」と聞いたアイシャは、すぐに長老の家へと飛んで行った。しかし、門前払いされてしまったのだ。

 それから、『通行手形なしでも可能な活動』だけを行っている。

 


「ふふ、アイシャは通行手形が気になって仕方ないみたいですねぇ」

「うん……! だって、それがないと街に出られないんだもん」


 ドリアードが街に買い物に出るのでさえ、通行手形が必要である。――逆もしかりだった。


「先生!」

 

 アイシャは、手を上げた。


「なんですか、アイシャさん」

「通行手形って、どうやったら手に入るの?」

「通行手形は、村に貢献したことが認められた者のみ、長老と精霊の木から贈られます」

「貢献ってなに?」

「…………村の外に渡りあえる商売力とか、村の困りごとの積極的な解決、などですね」

「な……なるほど……?」


(商売力……村の困りごとの解決……ふむ……)


 アイシャは、先生の言葉を頭の中で反芻した。


「まあ、子どもで持っている人はいませんので、大丈夫ですよ」

「全然大丈夫じゃないよー!」

「え?」


 首をかしげる先生。

 アイシャは顎を机に乗せた。


(……ん? 待って。よく考えたらお父さんのを持って勝手に行ったり……)


 アイシャは、むくりと再び起き上がる。


(そーだ、そーだよ! お兄ちゃんのでもいいじゃん! こっそり街に行って、日帰りで帰ってきてさぁ! ――……)


 アイシャの目はいきいきと輝く。


(なんで今まで思いつかなかったんだろう!!)


「………………」

 

 キールは、頬杖をついてジト目でアイシャを見ていた。

『通行手形』の話をされて、妙にいきいきしている。


(…………)


 キールは、おもむろに手を上げる。


「せんせー。他人の通行手形を借りることはできるんすか?」

「いいえ。持っている人のみ通り抜けできます。通行手形は他人に譲渡することは出来ません。また、通行手形を持ってる人といっしょに、持っていない他の人が結界に行っても、持っていない人は通れません」

「あーはい。わかりました。」


 キールは、アイシャをのぞき込んだ。


「だってよ」

「うぅー……」


 アイシャは涙目で、口をへの字に曲げた。

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