第5話 待ち合わせのマリィ


「これ、30分くらいロスしたんじゃねーか?」

「まあまあ! 助けになれてよかったよ!」

「…………まぁな」


アイシャとキールは、そんなこんなな会話をしながら、ようやく学校へと着いた。

 

 村の西の端、吊り橋を渡り繋いだ先に、村で唯一の学校はあった。

学校は地上に建っている。

 西の端の足場には、地上へと降りるはしが架かっており、そこから降りる事が出来た。


 それは、人工的に、人間の手で木材を組み合わせて作られた小屋だった。

 つまりは――ログハウスだ。

 ドリアードたちの家――木の樹洞を魔法で改造したものだ――とは違い、人間の街でよく見る建物だった。


 この学校は、人間が村に住むようになった近年、初めて建てられたものだ。

 ドリアードたちは“学校”がどんなものか分からなかったため、人間たちが主導で建設した結果、こうなっている。

 

 

「アイシャぁ~! キールぅ~!」

 

校舎の前で、一人のドリアードの少女が手を振っている。

 小さめな体躯を伸ばし、手を大きくぶんぶんと振っている。


「あっ!」

 

 アイシャは、少女に気がつくと顔を明るくし、すぐに駆け寄った。

 

「おはよう! マリィ!」

「おはようございますぅ」


 マリィ・カリュアスは、ときいろの髪を、肩の上でふわふわと揺らした。髪の毛からは白く丸い花が、つらなるように咲いている。

 マリィの着ている花びらのようなワンピースは、15歳にしては小柄なマリィが着ると、花の妖精のようであった。

 

 ドリアードの髪色は、ほとんどの場合緑色だ。その緑が、アイシャのように若草色(黄緑に近い)か、マリィのように常磐色(深緑に近い)か、青緑色に近いか……それは人による。

 また、人によって、髪に咲く花が違うのだ。アイシャの髪には、ピンクの花が花弁を開かせて咲いているが、マリィの髪には、白く丸いがねがたの花が咲いていた。


 アイシャがマリィのもとへ辿り着くと、マリィはアイシャにぴょんと飛びついた。


「遅いですよぅ~?」


そう言って、マリィはアイシャを見上げた。

 アイシャとマリィは、いつも教室に入る前に入り口で待ち合わせをしているのだ。

 アイシャは首を少し傾けながら言った。


「あは~……。 ごめん、待った?」

「いいえ~」

「“いいえ”!?」


 予想外の返事に、キールが突っ込んだ。


「ど、どういうことだ? そもそももう遅刻なんだろ?」


わたわたするキール。

 しかし、マリィは落ち着いている。


「いいえ~。先生がまだきてないのでぇ。そしてマリィも、さっき来たのでぇ」

「えぇ……?」


 キールは力の抜けたような声を出した。


 アイシャは、ほっと胸をなで下ろす。

 

「良かった!」

「いや、いいのか? 本当みんなのんびりしてるよな……。……代わりに、終わる時間が延びそうだし……」

「べつに延びてもいいですよねぇ」

「ねー!」

「…………あのなぁ……」


 それより後に言葉は続かない。ドリアードたちののんびり具合に、呆れているのだ。


 

「ところでアイシャ~!」

 マリィに呼びかけられ、アイシャは

「なあに?」

と、マリィの方を向いた。

「うふふ~。お誕生日おめでとうございますぅ! はいこれ、プレゼントですぅ!」

「わっ! ありがとう! マリィ!」


 マリィが包みを差し出したので、アイシャはそれを受け取った。鼻を近づけてみるまでもなく、ふわっとした甘い匂いがしている。

コレがなんなのか、大体の予想は付いている。……匂いで。


 マリィがにこにこしながら言った。

 

「ふふふ~。蜂蜜クッキーですよぉ。作りましたぁ~」

「わぁ~い! うふふ! 実はずっと匂ってたから、わくわくしてたの!」

「え、あ、におっ……そうですかぁ~」

「これはレンゲ花蜂蜜の匂い!」

「……喜んでくれると思ってましたぁ~」


 マリィの笑顔が、少し引きつっているような気がする。

 アイシャはハッとして言った。

 

「も、もしかしてレンゲ花蜂蜜じゃなかった!? 話を合わせてくれてる!?」

「……いえ。あってますよぉ~」


 合ってるからこそ、少し引いているのだ。



 「ごほんっ。と・こ・ろ・でぇ~」

  

マリィは、気を取り直すと、すすす……とキールに近づいて、にやにやとしながら聞いた。

 

「キールはぁ、もうアイシャにプレゼントをあげたんですかぁ~?」

「いや……っ、俺のは、帰ってからだ!」

「あるんだ?」


 アイシャが言うと、キールは眉をつり上げた。


「あるに決まってるだろっ!!」

「え~っ? なんで怒ってるの?」


 アイシャは、キールの急な態度に驚き、眉を下げた。

 その顔を見て、キールも少し気まずそうだ。

 

「……ご、ごめん。怒ってない……。……あるに決まってるのに疑うからだろ……っ!」

「そっか、そうだよね! 毎年くれるもんね!」

「………………おう」


 アイシャはほっとして笑顔になると、キールはふいっとそっぽを向いた。


 アイシャは、まだ見ぬ誕生日プレゼントに思いを馳せ――


「あぁ~っ! うう~っ! 誕生日かぁ~っ!!」


 アイシャは、急に嘆きの声をあげ、マリィに抱きついた。


「マリィ~。どうしよう、今日で17歳になっちゃったよ~! あと1年しかないよ~!」

「あー。例のぉ……? そういえば、アイシャは外の世界の人と恋愛したがってましたねぇ」

「そういえばってなに~! 私は毎日頑張って活動してるんだよ~!?」

「あ~……」

 

 マリィは、のしかかるアイシャの隙間から、ちらりとキールを見る。

 キールはまだ、そっぽを向いたままだ。


 マリィは、アイシャに尋ねる。


「…………どうして、村の人じゃあダメなんですかぁ~?」


 ピクリ、キールの耳が動いた。


「え~?」

 

 アイシャは、そんなキールには気付かずに言った。


「だって、村に男の子いないじゃない。マリィの弟とかまだ全然ちっちゃいし」


「……………………」

「……………………」


 少々沈黙が流れた。

  

「……えぇーっと……ん゛んっ。……キールがいるじゃないですかぁ?」


 マリィは、ちらりちらりとアイシャとキールを交互に見た。

 マリィの顔には若干冷や汗が浮いている。


 アイシャは――あははと笑って、


「え? キール? ないない! だって幼馴染みだよー!」


 どーん! と効果音が聞こえてきそうだった。

 アイシャはそうさらりと言った。


 キールは、ぴしりと固まってしまった。

 

 そしてアイシャは、

 

「この村にいても、出会いなんてないでしょ? 早く“通行手形”がほしいなー!」


と、無邪気に追撃した。


 

「…………あらぁ~」


 マリィは、口元に手を当て、キールを見ながら小さく言った。

 キールは、固まったまま動かない。



 アイシャの夢は、外の世界の人と恋愛することなのだ!

 

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