第4話 ドリアードの村


 木のこぶのような階段は螺旋で、アイシャはそれを軽快に駆け降りる。

 ある程度降りたところにある横穴に入ると、台所へとでる。

 そこは家の中で最も広い空間で、台所とリビングが繋がって一部屋になっていた。

 アイシャは、台所に立つ母に挨拶した。


「おはよう、お母さん!」

「おはよう、アイシャ。お誕生日おめでとう。お祝いパーティーは夜にするわね」

「えへへぇ。ありがとう!」


 アイシャの母は、振り返って言った。


「今日は誕生日だから、朝ご飯はこれね」

「えっ!! もしかして!!」

 

 アイシャの目がきゅるんと輝き、アイシャの母はにっこりと笑うと、テーブルにパンケーキを置いた。お皿の上で2段に重ねられたパンケーキは、まんまるでほかほかで、バターの香りがした。


「~っやったぁ!」


 アイシャは、ぴょんと跳ねて、跳ねながら席に着いた。

 

「ふっふ~ん♪」

 

 食べる前からにこにこが止まらない。

 アイシャはパンケーキに、蜂蜜をたっぷりとかける。たっぷりと、……ひたひたに。

 ――普通パンケーキの皿は平皿だと思うが、……アイシャのこれは深皿だった。

 そう、アイシャはパンケーキが好きというより――蜂蜜が好きなのだ。


「~~っ♪」


「あ」と言って、アイシャは母に話しかけた。

「……お父さんは? いないの?」

「朝早くから青年団に呼ばれていったわ。長老の家で会議してるみたいよ」

「ふぅ~ん……」

 

 アイシャはゆっくりじっくり朝食を堪能してから――時計を見る。


(!!)


 時計の針が思ったより先にいるのが目に入って、アイシャはフォークを咥えたまま、椅子からガタンと立ち上がった。


「いっ……いっ……!」


 口からフォークをだす。

 口の中に入れた最後の一かけらを、ごくん、と飲み込んだ。


「っ! いってきまぁ~すっ!!」

 

 アイシャは、慌てて家を飛び出した。


 


「おっそい!」

 アイシャが家から出ると、キールが腕組みをして立っていた。

『先に行く』と言っていたが、なんだかんだいつも待っているのだ。


 アイシャは「あはは~ごめんごめん」と言いながら駆け寄った。


「いやぁ~時が経つのって早いよね! それに、今日は朝からパンケーキだったの! だからコレは仕方ないことなんだよ!」

「……パンケーキだから遅かったんじゃなくて、蜂蜜だから遅かったんだろ!」

「……一理ある」

「十里それだろ!」


 さすが幼馴染み。知り尽くしている。

 アイシャは反論できる余地はないのだが――一応言う。

 

「いやね、パンケーキにひたす時間っていうものがあるんだよ。蜂蜜はじっくり浸してから食べると甘みが広がってね。だからパンケーキだからこその時間のかかりようという……」

「結局蜂蜜を使ってるから遅いんだろうがー!」

「その通りです」


アイシャは反論をやめた。

 

「もーいい! 遅刻するから、走れ!」

「え~大丈夫だよ。遅刻の5分や10分……30分くらいは……」

「のんびりしてんじゃねぇー!」

 

 キールはアイシャの脳天に軽くチョップをいれると、走りだした。

 アイシャも、一応置いて行かれたくはないので、ようやくゆるゆると走り始めた。



 アイシャたちの村・フルールフートは、森の中にある。たいぼくとなっている家々を、いくつかの吊り橋で繋いでいる形だ。

 家の玄関の前には足場があり、この足場はおよそ地上から20メートル程度の位置にあった。その足場から、吊り橋がのびている。

 

 アイシャたちは、森の上に架かる吊り橋を走っていった。


 村の西側には川があるが、村の東の端には学校があった。

学校は、人間と交流が生まれた際にその存在が知られ、初めて出来たものだ。そのため、村の端に、後から建設されている。


急ぐキールの様子を見て、アイシャは言った。

「人間は『時間通り』が好きだねー」

「おまえらドリアードが! のんびりすぎるんだよ!」

 キールは言ってから、少し考えて、

「いや、お前がのんびりなだけか?」

と、言い直した。

 

「そうかなぁ。みんなと同じくらいじゃない? じゃあ、人間ってみんなきっちりしてるの?」

「知らねぇ! 俺はフルールフートここ育ちだし!」

「うふふ。来たときは、キールってば、あんなにちっちゃかったのにね」

「お前も同い年だろ!」

 やいのやいの言いながら、二人は軽快な足取りだ。


 ドリアードは外部との交流に慎重な種族だが、今では昔ほど、引きこもっていない。村には、特別な許可を得た人間たちが、少しだけだが住んでいる。

 逆に、仕事で街へでる――と言っても彼らは日帰りしかしないが――ドリアードもいる。

 

 キールとその家族は、人間ヒユーマンだった。

 人間の家族をいくつか加えて、この村――フルールフートは、人口200人ほどの小さな村を形成している。


 橋の途中で、アイシャたちは村人たちに何度も話しかけられた。

 人間も住んでいる……のだが、その世帯数は少なく、村で出会う人々は基本的に緑髪のドリアードだった。

 

 アイシャらも急いでいるし、村人たちも挨拶で一言二言話すだけだ。なのでアイシャらは小走りのまま、さらっと話してすぐに手を振って進んでいった。


「おはよう、アイシャちゃん、キール君」

「おはよう、おばさん! それ、昨日の薬草?」

 おばさんは、乾燥させた木の根を持っていた。

「そうだよ。これから『くす』に渡しに行くのさ」

「いいね!」

 

「おはよう、アイシャ、キール」

「おはよう、おじさん! それ、ユドラの実ね」

おじさんは、籠いっぱいの木の実を抱えている。

「そうだよ。あとで家へ持っていってあげよう」

「ありがとう!」


「おはよう、アイシャ、キー坊」

「はよっす! その野菜、うまそうっす!」

「そうだよ。朝一、畑に行ってきたんだ」

 おじいさんの持つ籠には、数種類の野菜が入っていた。

「ドリアードの畑は、収穫まですぐだから、いいっすね!」

「わしらは植物を育てるのが、人間より上手いからな」


 みんなに声をかけられながらの登校は嬉しいものだ。

 そんな通学途中で――


「ねーえ! アイシャ! ちょっと手伝ってくれなあいー?」

「! マルグント!」


 アイシャは近所の女の子――マルグントに声をかけられ、立ち止まる。

 緑の髪をみつあみにした、幼い女の子だ。髪には赤い小さな花が少量咲いている。

 マルグントは、家の戸から体を半分覗かせて、手を上げていた。


「ちょっと荷物運びを手伝ってほしいのよ」

「はいはーい! いいよー!」

「お、おいちょっと! 今かよ!?」


 アイシャはすぐに了承したので、キールは驚いた。

 マルグントはまだ学校に行く年齢ではないが――自分たちには今から授業があるのだ!


「行くよ! キール!」

「え、え~?」


 アイシャは手をくいくいとやると、通学路を外れて、マルグントの方へと向かった。


 アイシャは、

 

(学校も行かないといけないけど――それよりもこっち優先!)


と思った。

 

 キールは、 

「ここのみんなはのんびりしてるからな~。マルグント、どうせそれまた急ぎじゃないんだろー?」

 と言いながら、のろのろとマルグントの家へ向かった。


 マルグントは、家のドアを開けながら言った。

「あのね、三日後までにやっておきたいんだよ」

「ぜっ、全然急ぎじゃねぇ~っ……」

「任せて!」


 脱力しているキールとは反対に、アイシャはむん!と力こぶをつくった。

マルグントは言った。

 

「パパとママがね~なんか腰がすっごく痛いっていうのよ。だから荷物が運べなくなっちゃって」

「! 大丈夫なのか!」

 それまでだるそうにしていたキールが、急に背筋を伸ばした。


「ぜ~んぜん大丈夫なんだけどね~。寝てるのよ」

「そ、そうか……」


 キールは、ほっとした表情を浮かべた。

 マルグントは続けた。


「でもね、昨日春小麦を収穫して、それが全部居間にあるの。三日後には街へ持っていくから、積み荷を準備しているところへ運んで欲しいのよ」

「はは~あ。なるほど。いいよー!」


 アイシャは頷いた。

 キールが

「絶対昨日の収穫で腰を痛めただけだろ」

と言い出したので、その口を塞ぎながら

「案内してー!」

 マルグントの家へと入った。


「おぉっ……。これが全部春小麦なんだね」


 玄関扉を開けるとすぐに、たくさんの袋があった。

大きな袋が、1.2.3.4……40袋くらいだろうか。とにかく玄関は埋まっており、確かに居間まで進出していた。

 アイシャは、近くにあった袋をひとつ持ってみる。

 ひとつでも、ずしりとした重さだった。

 

「ふむふむ」


 アイシャが見ていると、マルグントが隣にやってきて言った。

「持ち上げると結構重くってねー。アイシャとキールなら持てるかなって」


 アイシャは、


「大丈夫だよ、マルグント! 私一人でやるよ!」

「え? でも……」

 

 アイシャは小麦袋たちに手をかざし、魔法の呪文を唱える。


「ハマドリュアスの姉妹よ、力を。メタフェロー」


 アイシャの手から光があふれ、それらは小麦袋を包んだ。

 一気に10袋ほど、宙へ浮かぶ。


「あ……。それが魔法……? そうだっだね。さすがはアイシャだよ」

「な? 俺の出る幕はないんだ」

「これ、どこへ運ぶの?」

「こっちだよ」


 マルグントの案内する部屋へ、アイシャは小麦袋を運んだ。

 この家の階段は意外と広く、アイシャはスムーズに40袋を運び終わることが出来た。


「ふぅ! 終わったよ!」

「……すごいね、あっという間だったよ。すごいね、アイシャは! うちのパパとママは魔法があまり得意じゃないから、びっくりしちゃった!」

「素手で運ぶと思ったんだろ」

「うん。だから、主にキールに運んでもらおうと思って」


 マルグントは頷いた。

 

「……じゃあなんで最初アイシャの名前を呼んだんだ?」

「キールの名前を呼んでもキールは来ないけど、アイシャの名前を呼べばキールも来てくれるからねー」

「………………」


「おまたせー!」

 アイシャが、手をパンパンと払いながら帰ってきた。

「魔法はちゃんと霧散したみたい。もう動かないから安心してね。…………ん?」


 アイシャは、ふたりを見た。


(……? なんか変なような……)


 マルグントが、ぱっとアイシャの前に出た。

 

「ううん。本当にありがとうアイシャ!」

「お安いご用だよ! おじさんとおばさんにお大事にって言っておいてね!」

「うん!」

「…………」


 アイシャとマルグントはにこにこと会話をした。

 キールは黙っていた。


「どしたの?」

「なんでもねー……」

「ふたりとも、また来てね」

 

 マルグントに見送られ、アイシャとキールは、家を後にした。

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