第41話 聖獣ホワイトドラゴン


「というわけで、とっても楽しく過ごさせてもらったんだ」

「そりゃーよかったな! いやーアイツもメスだからなー!」

「……関係ある?」

 

 トリスはキールに、昨日のホワイトドラゴンの話をしている。


 アイシャたちは、キールの家にいる。

 外に出ようとしたら、キールに呼び止められたのだ。

 


「ホワイトドラゴンがさー、結構汚れて帰ってきたんだよ。拭くの手伝ってくれね?」

「ぜひともやらせてもらうよ」

「えっ……えっ?」

 アイシャが返事をするより先に、トリスが二つ返事で飛びつき、今に至る。

 


 ***


 

 キールが準備している間、アイシャは絨毯――麻のような植物でできている――に座って、そわそわと自身の足を触った。


「…………」

 

(ホワイトドラゴン……)

 

 アイシャは自分で言っているとおり、以前噛まれてしまったことがある。それ以来、ホワイトドラゴンに近づくのが怖くなってしまったのだ。

 

「おーい、準備できたぞー」

 キールがトリスを呼ぶ。

「トリス、お前ジオ兄貴と昨日は何をやったんだ?」

「全身をタオルで拭いたりしたよ」

「そっかぁー。昨日全身拭いたなら、やっぱ朝方どっかで汚れちまったんだろうなー」

 


   

 キールの家には、ホワイトドラゴンの巣がある。木の頂上に、それはあった。そしてそれを、キールの家とアイシャの家が共同で世話をしていた。アイシャの家にホワイトドラゴンはいなかったが、たまに父や兄が乗せてもらうからだ。


 ドリアードたちの家の頂上に、まれにホワイトドラゴンの巣ができる。ホワイトドラゴンは背に乗せてくれ、ドリアードは体の手入れを手伝っていた。

 

 

 キールは、アイシャの頭をぽんと叩いた。

「……大丈夫だよ、俺たちだけでいってくる。アイシャは家の中で待ってろ」

「…………っ」

 

 アイシャは、立ち上がりかけて――また座った。


(トリスは、理解してくれたけど……っ)


(私、ホワイトドラゴンに触れないままで、……。外に行くなら、本当は、克服すべきだって、分かってるのに……。でも……)


「よし、いこーぜ」

「うん」

 キールとトリスが階段へ向かう。


(理解してくれたからこそ……)


「…………っ」

アイシャは、拳を握った。


(……通行手形が手に入る日も近い! ……はずなんだ! 今日こそ慣らすよ!)

 

「私も、――行く!」

「「えっ!?」」

 

 アイシャは立ち上がると、二人の後を追った。


 


 キールの家は、昔ここに住んでいたドリアードが造ったものだ。キールの家族が引っ越してきた際に、人がまた住めるようにとアイシャの父が改良をしたため、アイシャの家とほぼ同様の造りだった。

 

 三人は、木の内部を螺旋階段で上がっていく。


 階段は最後にははしとなり、行き止まりの――天井にはまっている扉を上へ押し上げる。すると、日の光が差し込んできて、アイシャたちは頂上に着いたことを知った。


 キールの手に引っ張り上げられながら外へ出ると、一面の緑の中に、白く輝く大きな竜が寝そべっていた。大きな体躯に大きな翼を持つ。

白いうろこが、日の光を反射してキラキラと光り、美しい。


「わぁあ……! これがホワイトドラゴンなんだ……!」


 アイシャは生い茂る葉の上を一歩踏みだす。


(……意外と足元は大丈夫そう……。)

 

 ここは木の上の“地面”だった。木の上だが――ただ枝葉があるだけではない。苔や枯れ葉が腐葉土となり、土が生まれているのだ。その土に、植物の種が根付き、小さな地面が出来上がっていた。


「アイシャはここにくるの、はじめてなの?」

 トリスが聞いて、アイシャは頷いた。

「初めて……じゃないけど。小さいときは登ったらダメって言われててね。そのあとちょっとあって、……それから怖くなっちゃったから、あんまりきてないんだ」

「ま、よそのはともかく、うちにきてるホワイトドラゴンは噛んだりしねーから」

「うん……」


 アイシャは、ドキドキしながらホワイトドラゴンに近づいた。


(噛まないって言ってたし、大丈夫だよね……?)


 そっ……とホワイトドラゴンの体に触れる。


「あ……。あたたかい……!」


(うろこに覆われてるから、冷たいんじゃないと思ってたけど、温かい! 体温のぬくもりがあるんだ……! それに、動いてないようでもちょっとずつ動いてるんだ。振動が伝わってくる……!)


 ホワイトドラゴンは、身じろぎしただけで、おとなしく触らせていた。

 

「……驚いた。ジオさんは昨日『トリスは“聖なる力”があるからホワイトドラゴンがすごくおとなしくて助かる』って言ってくれたけど、アイシャが触ってもずいぶんおとなしいね。……僕、鵜呑みにしちゃってて、ずいぶん喜んじゃったよ」

「お兄ちゃんなりに、気を遣ったというかなんというか、なのかな?」

「アイシャ、大丈夫そうか?」

「うん! 触ってみると結構かわいいかも!」


は……だって怪我をしてたんだもん。仕方なかったのかも)


 アイシャは、ホワイトドラゴンを撫でた。


 キールはアイシャにブラシを、トリスにタオルを渡した。

「まぁこっち側は綺麗なんだけどさ、反対側の体が結構泥まみれなんだよ」

「よーし! やるぞー!」

「ぴかぴかにしないとね」

 三人はホワイトドラゴンのお手入れを始めた。

 ホワイトドラゴンはおとなしく、三人に好きなようにさせていた。


ホワイトドラゴンは、聖獣の一種で、知能が高いと言われている。人語を話すことはないが、彼らは人語を理解できるようだった。

 磨けば磨くほど、白いうろこがキラキラと光った。


 

 

 ホワイトドラゴンの体がだいぶ綺麗になった頃、トリスが聞いた。

「キールは、ホワイトドラゴンに乗れるの?」

「まあ、そこそこな!」

「あれ、いつのまに乗る練習してたの?」

 アイシャが聞くと、キールは言葉に詰まらせた。


(それは……っ。アイシャが通行手形を欲しがっているからだけどっ。言わねー!)


 外の世界に行くのは反対しているのに、もし行けるようになったときのための準備をしているという――複雑な精神なのだった。


 

「まっ、ジオの兄貴ほどじゃねぇけど、俺もだいぶ上手くなったと思うんだよな! だからさ、今から乗ってみようぜ!」


「……えっ?」


 アイシャの額を汗が滑りおちる。


「アイシャも、もうホワイトドラゴンに慣れたよな?」

「えっ、うっうんっ!?!?」

   

「よし! じゃあ乗ろうぜ! 俺たち三人で!」

 

「…………へっ?」


「……僕は良いけど、……」

 にかっとした笑顔のキールと、心配するような目のトリスが、アイシャを見た。

 

 アイシャの額から、汗がだらだらと流れる。


「えぇぇえぇえぇぇぇっ!? そこまで慣れたとは言ってないんだけどぉおおおおぉおおっ!?」


 アイシャの悲鳴が、こだました。

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