第33話 聖なる力ってなに?


アイシャとキールとトリスは、長老にマーケットでのことを話していた。

 

「てな感じで、『司祭様~っ!』って、マーケットで大人気だったんですよ!」

「まあ祭りの翌日だし? 祭りブーストっての?」

「有り難いことです。こんなにたくさん、もらってしまいました」


「ほほほ。それはよかったのぅ」

 

「でも、……」


 アイシャは、トリスを見た。

「街のものを見ても、記憶は戻らなかったね」

「ま、仕方ねーだろ。王都のものがあったかどうかもわかんねーし? つーか、このままで、こいつは捜査の役に立つのか?」


 トリスは、「大丈夫だよ」と言う。

「一応、村で目が覚めてからの記憶は保持してるよ」

「いや毎日記憶を失ってたらこえーよ……」


 アイシャが言った。

「でもでも、聖なる力はあるでしょ? なんか~特殊能力でババーンとひらめいちゃうかも!」

「はぁ? なんだよそれ。……そもそも、聖なる力ってなんなんだ?」


 視線が集まった先のトリスは、

「……僕もよくわかんないです。雰囲気でやってます」

 と答えた。


「雰囲気……」

「よく花祭りを完遂できたな……」

 

 代わりに長老が説明を始める。


「聖なる力とは、魔法――のひとつじゃが、我々の使う魔法とは少し体系が違うらしいのじゃ。我々の魔法は、木の精霊の祝福。一方聖なる力は、光の精霊の祝福がもととなっておる」

 

「光の精霊……。って、いうと、四大精霊って言われてるやつですか?」

 アイシャは、王都での精霊の伝説を思い出した。

 王都の伝説によると、アイシャらのいる精霊の森は『木の精霊』を、王都では『光の精霊』をまつっているのだという……。

 

「左様。王都の『光の大精霊』の祝福とのことじゃ。善行を行ったり、徳を積んだりすると、大精霊の祝福で芽生える力なのじゃ。この力は、人々の心を癒やしたり、怪我を治癒したりできるときく」


「攻撃とかはできないんすか?」

 キールの質問に、長老は「わしもそこまで詳しくはないのじゃが」と前置きを入れて、答えた。

「力の使い方次第じゃろうが……。基本的には回復能力とみてよいじゃろう」

「ふーん」


 アイシャが言った。

「教団が攻撃してたらやばいでしょ。ていうか、去年の花祭りの司祭様も穏やかだったし」

「教団は治安の維持が目的じゃからな」

「あぁ、そっか」


「へぇー……」

 三人の話を、トリスは感心したように聞いていた。


「……なんで教団の奴が一番情報を知らねーんだよ」

「仕方ないでしょー! 優しくして!」

「いや、僕が変な集団に属してなくて、いいところにいるんだって分かって嬉しいよ。もっと聞きたいな」

「ま、話を聞いてたら思い出すかもしれねーしな」

「うむ」 

 長老は話を続けた。

「聖なる力は、聖なる生き物――聖獣たちにも生まれつき備わっている。ユニコーン、フェニックス、ホワイトドラゴン、ラタトスクなどじゃ。彼らも怪我の治りが、普通の動物の何倍も早い」


 それを聞いて、アイシャは少し――昔のことを思い出した。

「そうなんだ……。じゃあ、あの時私がなにもしなくてもよかったんだ……」

「アイシャ?」

 トリスがのぞきこんで、アイシャは、首を振った。

「ううん、なんでもない」

 

「えと、たしかに、僕の傷の治りは凄く早いです。これが普通じゃないことは分かります。この力のおかげだったんですね」

 トリスが言って、長老が頷いた。

「教団の上層部は皆この聖なる力を宿しているときく。我々ドリアードのような先天的な魔力ではなく、後天的に授けられた力のようじゃ」

「そうなんですね……」


 

トリスは少し考えて、言った。

「聖なる力があれば、結界を超えて村へやってこれるんですよね」

「そうじゃ。司祭様は毎年、己の聖なる力でやってくる」


アイシャは、以前の長老の話を思い出した。


――「わしらの森は、強力な結界。“通行手形”を持たぬ者以外は、“聖なる力”を持ってないと、辿り着くことはできぬ。……花祭りの司祭様は、毎年自力で来られる。それこそが祝詞に力を乗せることの出来る証明になるのじゃ」

――「森の結界って、絶対に通行手形がないとだめなんじゃないの?」

――「……森を抜ける方法は、正しくは二つじゃ。“通行手形”か、“聖なる力”の保持のどちらかじゃ。王都から来られる司祭様は、“聖なる力”を持っておられるはず。……本物の司祭様しか辿り着けないようになっておるのじゃ」


(そういえば、トリスは通行手形どころかなんの荷物も持ってないもんね)

 うんうん、と、アイシャはひとりで頷いた。


 トリスが長老に尋ねた。

「森には結界が張ってあるとのことですけど、例えば――聖なる力があるとおっしゃられたホワイトドラゴンに乗るなどで、空から人がやってくることはできるんですか?」


(! これって……! 事件の犯人の話……?)


 踏み込んだ考察に、アイシャはドキドキした。

 しかし、長老はあっさりと否定した。

 

「無論そんなことはできぬし――させぬ。空の場合は上空で、川の場合は水中で……結界に触れると、見えない壁で乗っている人のみはじき飛ばす。……しかし、そもそも聖獣は知能が高いんじゃ。怪しい者を背に乗せるとも思えん」

「そっか……」

「そうですか……。じゃあ、空からでもないということで。安全でいいですね」

「いや事件になってるだろうが!」

 キールが、思わず突っ込んだ。

 

 ドリアードの森には、人間たちの街との境の森に結界が張られている。

 それは、上空でも川の中でも適用される。

 通行手形を持っている者か、聖なる力を持つ者以外、理論上は精霊の木へ辿り着くことは出来ないはずだ――……。


(一体、だれがどうやって森へ入ってきたんだろう?)


 アイシャたちはしばらく考え込んだが、結論は出なかった。

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