第29話 求む!通行手形!

 アイシャとキールは、家と家を繋ぐ吊り橋を何個も渡って、長老の家へと向かった。途中、村人たちに話しかけられる。


「アイシャちゃん! 昨日の巫女姿良かったよ! 立派だった!」

「昨日は楽しかったねぇ! アイシャちゃんも楽しかったかい?」

「キールん家の蜂蜜美味かったぞ! 本業はようほうだったけぇ? わっはっは!」

 

 アイシャとキールは、目をぱちくりとさせた。

 村人たちは、皆笑顔だ。


 アイシャは、小声で言った。


「もしかして、みんな事件のことは知らない?」

「あぁ。みんな祭りを楽しんだって感じの顔だな」

「長老、みんなには話さないことに決めたのかな……」

 

 村はいつも通りで、明るい笑顔があふれている。


(なんか事件とかあったから変な感じだけど、そういえば楽しい祭りだったんだ……)

 

 太陽の光は、今日も変わらず明るく村を照らしていた。


 

 ***


 

 長老の家は、古いたいぼくにあった。

 

 アイシャは、扉をノックをする。

「あの~」

 

 コンコンコン。

 再びノックをするが、すぐに声はしない。


ーけまーすよーっ?」

 

 この家の扉は、厚くて重い。じゆどうのサイズに合わせて楕円形にカットされた木でできていた。

 ぐっと力をいれて押すと、


 ギィ……

 ときしんだ音を出した。

 

「扉、重……っ。長老ってもしかして……怪力?!」

「いや絶対コツかなんかあるだろ。そんな重いのか? 代わろうか?」

「ううん、大丈夫。開きそう……っ」


 アイシャが力を込めて扉を押していると――家の中から扉が引かれる。

「わわっ?!」

 その弾みで、アイシャはバランスを崩して――。


「きゃっ……」


 ぽすっ、と人の腕に抱き留められ、アイシャは顔を上げた。


「あ、アイシャだ」

「わわわ……っ!」

 

 扉を開けたのは、トリスだった。

 



  

 アイシャたちは長老の家に入れてもらうと、床の絨毯――麻のような植物で出来ている――の上に座った。


 アイシャは、トリスに話しかけた。

 

「まだ村にいてくれて良かった。もう少しお話ししたいと思ってたんだよ!」

「あぁ、うん。昨日も夜遅かったし、また長老の家に泊めてもらったんだ。それに、小さな傷は治ってきたけど、大きな怪我がまだなかなかね……」

 

 トリスは、自身の腕をアイシャに見せた。腕には、まだ包帯が巻かれている。


 長老がやってきて、言った。


「森を出てすぐの街ならともかく、王都までというと、三週間くらいはかかるじゃろう。しんどいのではないかと思い、わしが引き留めたのじゃ。さいわい、傷の治りは早い。もう一週間ほど療養すれば、旅に耐えうる程度はよくなるじゃろうと思うたんじゃ」

「そっか……! じゃあまだ村に滞在するんだね」


アイシャは、ほっとした。

 

(今日帰っちゃうわけじゃないんだ……! 確かに、怪我があるもんね。顔とかの傷はもう薄れているけど、体はまだ痛そう)


 トリスを見ているアイシャを見て、キールはおもしろくなさそうに頬杖をついた。


 

 トリスが長老に頭を下げる。


「長老と薬師の方には、本当にお世話になって……。ありがたいことです」

「よいよい」

「あれ? 敬語が逆転してる……」


 アイシャは、長老がトリスに敬語を使っていないことに気がついた。


「いや逆転はしとらんじゃろ。トリスは元から誰にでも敬語じゃ」

 長老は言った。

「わしが司祭様を立てる度に、トリスにやめてくれと言われてしもうてのぅ」

「全然祝詞も忘れてたみたいで、お役に立ててないので……」

「謙遜しすぎだよ~」


 3人で談笑している中へ、キールが割って言った。

 

「んで、長老、昨日の件はどうすんすか?」

「おお、そうじゃった。……今日も朝から青年団と会議をしたが、誰も心当たりはないという。今も、青年団に花を探させておるが……連絡がないと言うことは、まだ見つかっておらぬのじゃろう」

「村のみんなには話してないんですね」


アイシャが言うと、長老は頷いた。

 

「左様。一部の者のみが知っている。……花がなくなったとてすぐにどうこうなるわけではなさそうじゃ。村の皆に伝えることで、不安を煽るのも得策ではないと考えたんじゃ」


 やはり、村人には伝えていないようだ。

 アイシャとキールは、「それがいいよね」と賛同した。

 

「被害とかがないうちは、それでいいと思います。みんな祭りの翌日で、楽しそうだったし」


「……お前たち、昨日はご苦労じゃった。あとはわしらで調べることにする。お前たちも村の皆と同じように、普段の生活にもどって良いぞ」


「いいえ、長老!」


 アイシャは、すっくと立ち上がった。

 それから、拳をあげて言った。


「私たちが事件を解決します!」


「…………え?」


 長老は、目をぱちくりとさせた。

 キールが言った。

 

「……青年団だけじゃ人手が足りないんじゃないすか? アイシャも手伝うつもりみたいっす……」

「何言ってるのキール! 手伝いじゃなくて、私が解決するの!」

「……そうは言ってものぅ。アイシャたちが加わったところで、解決するとも思えんのじゃ」

「お願いします! きっと解決してみせます! そして……! そして……っ!」


「解決出来たら、私に通行手形をください!」


「…………え?」

 長老は、目を再びぱちくりとさせた。


「つまり、そっちが目当てか」

「そうです! 私、外の街と村を行き来したいの! あ、いや、みんなが困ってるなら助けてあげたいっていうのも本当だけど!」


「ほっほっほ!」

 長老は、笑って言った。

「まぁ、見事探し出せたら考えよう。……まああんまり期待はせぬがな。自由に動いておくれ。ただし、村の皆に気取られぬようにな」


アイシャとキールは、顔を見合わせた。

 

「ありがとうございます!」

「まじか。本当にこういう話しになるとは」


 アイシャは、振り返ってトリスを見た。


「トリスもいっしょに頑張ろうね!」

「………………えっ? 僕も?」

「………………あれっ?」


 固まるアイシャとトリスを見て、キールが「はぁ」とため息をついた。


「あー。アイシャ、お前の頭の中ではそいつもいっしょにってつもりだったみたいだが、まだそいつに言ってないぞー」

「はぅあ! え、ぇぇーっと、『もう一週間いるならいっしょに過ごせるな』って思った……んだけど……どう?」

 

突然の誘いに、トリスは目をぱちくりとさせたが、


「僕に出来ることがあるなら、ぜひ。この村への宿泊の恩返しもしないとだしね」


 加わることにした。


 キールが長老に言った。


「つーか、王都に連絡は取ったんすか? 精霊の木って、国にとってもなんか大事なんだろ?」

「うむ。お前の父親が、連絡しに行ってくれておる。……がんらいこの村の人間おまえたちはそういうためにいるのじゃろう?」

「……あぁ。そうだな。俺たちは、ドリアードを守るためにいるんだもんな」


 ドリアードの村に人間が住み始めたのは、王国との同盟が結ばれてからだ。この同盟は、相互不可侵――お互いの領土侵攻不可の、種族の独立した文化を尊重しあうものだ。王は、森と農作物の繁栄のため、ドリアードを尊重した。ドリアード自体希少種族であると感じた王は、王都からいくつかの部下を派遣した。それらは、護衛の騎士であった。

 といっても、戦争もないこの国で、騎士たる仕事はあまりなく――人間たちは村人として、ドリアードと同じように暮らしていた。

 

 キールの家は、それにあたる。

 

「……?」

 しかし、そんなことはまるで知らないトリスは、話が読めず首をかしげた。


「………………」

 キールが黙っているので、アイシャも話さないことにする。

「てかキール、今日お父さんに会ってないの? ちゃんと会話しなよ~」

「そういうお前こそ、兄貴と会話してんのか?」

アイシャは、自室に引きこもっている兄のことを思った。

「あれ? してないかも。いつもなら扉越しでも話するんだけどな。最近忙しいから……」


トリスは、そんな二人を見て思った。

 

(……話題そらされちゃったかな? 気になるけど……でも、僕は一週間滞在させてもらうだけの身だし……あまり深く聞いても失礼かな……。うーん。僕も何か明るい話題を……。あっそうだ!)


 トリスは……努めて明るく言った。

 

「そういえば、僕も家族と話した記憶がないんだ。それはね……記憶喪失だから!」

 

 トリスはそれを、じゃじゃーん!と 両手を広げて明るく言ったが、

 

「重いギャグだ……」

「じ、自虐だ……」

「…………」


 三人ともに引かれてしまった。



妙な空気を、長老が咳払いで霧散させる。


「ごほんごほん。今はとりあえず、捜索している青年団の続報を待つしかあるまい。……あぁ、お前たちも頑張ってくれるのじゃったな」

「大船に乗ったつもりで、任せておいてください!」


アイシャが言うと、キールはここにくる前の会話を思い出す。 


「なんのあてもないって言ってたくせに……」

「もー! これから手がかりを見つけるの!」

「はいはい」


「ほっほっほ。まぁ、さっきも言ったが、お前たちはいつも通り過ごしてもらっても構わん」

「だからそれはっ」

「ひとつ、お使いを頼むぞ」

「えっ? お使い、ですか?」


 長老は、家の奥から包みを取り出した。


「これで、トリスの服を買ってきて欲しいのじゃ。マーケットに連れて行ってあげてほしい」


 アイシャは、小さな包みを受け取った。



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