第28話 キールの考察

 次の日の……昼。

 アイシャは自分の部屋で目を覚ました。

 今朝は昼過ぎまで眠っていたのだ。


「ふあ~っ」


 大きく伸びをする。

 

 昨日あれから、さすがにもう夜も遅くなってきたということで、アイシャらはそろって村まで帰り、解散となった。

 


 アイシャは起き上がり、少しの間ぼんやりすると――

 

「あ、そうだ……。精霊の花がなくなったんだっけ……」


昨日のことを思い出した。


 しかしアイシャは、――にやりとした。


 アイシャは、素早く着替える。


 片手を窓へ伸ばす。すると、ザッと窓を覆う蔓草が捌けた。

 窓から外を覗く。

 向かいの家――キールの家だ――の枝に、キールがぶらんと逆さまにつり下がっているのが見えた。


 アイシャは、大声で呼びかけた。

 

「ねーえ! 聞いてー!」

「んあー?」

 

 キールはアイシャに気がつくと、くるりと逆上がりの要領で起き上がる。器用に枝の上に立ち、木に絡んでいる適当な蔓草を手に取ると、それに体重を乗せ、ぴゅーんとアイシャの部屋の窓までやってくる。


「ようアイシャ! おそよう」

「お・は・よ・う! いつみてもすごい身体能力だね」

「別にフツーだろ」

「もしかしたら、ドリアードより木の家を使いこなしてるかも……。って、そんなことじゃなくて! あのねっ、聞いてキールっ!」

「うわ、なんだか嫌な予感……」

  

 アイシャは目を輝かせながら、窓の外に立つキールにぐっと近づいた。

 アイシャには昨日、寝ながら考えた、とびっきりの案があるのだ。

 

「この精霊の花事件、これを解決したら、――“通行手形”がもらえると思わないっ!?」


「………………えぇ…………?」

 

 キールの口から、細い息とともに困惑が漏れた。


 明るい日差しの中、小鳥たちのさえずりが、さえずりとは言い難い声量で響き渡っていた。



 通行手形――村に貢献した者が手にすることが出来る、ドリアードの村から出ることが出来る、通行証だ。

……アイシャは、自分の夢・外の世界での恋愛を全く諦めていなかったのだ! 


 

 キールが、口を開く。

 

「そりゃこいつを解決なんてしたもんなら、通行手形ももらえるかもしれねーけどさ。正直この事件、俺たちの手には負えないんじゃないか?」

「そういう難しいのをやんないと、通行手形はないんでしょ? じゃあやるよ! このままだと私、隣村の知らない男の人と結婚しないといけないんだよ!」

「ぐっ……!!!」


 キールは、心にダメージを受けた。

 しかし、頭を振って気をしっかりと保つ。

 

キールが、ぐっとアイシャに顔を近づけ、小声で言った。


「……なぁアイシャ。お前、今回の事件のこと、どう思ってる?」

「どう、って……? 通行手形も欲しいのはもちろんだけど、そもそもみんなが困ってるなら解決できたら良いなと思ってるし……」


「そうじゃなくて。犯人の目星はついてんのか?」

「えぇ?! そんなの、全然わかんないよ!」


 そんなことを聞かれると思わなかったので、アイシャはのけぞった。


 キールは、視線を泳がせた後――アイシャを真っ直ぐに見て言った。


「……あのさ。――トリスが怪しくねぇか?」

「…………えっ?」

 

 それは、さらに思いがけない言葉だった。


「犯人は結界を超えてやってきたんだ。――村に新しくやってきたやつなんて、あいつしかいないだろ。村人が持ち帰っても、どうせばれるのが関の山だと思う。あいつは王都にこれから帰るんだし、――村から出て行っても誰も怪しまねぇ。きっと王都で精霊の花を売るつもりなんだよ。俺たちのご神木は、王都でも伝説なんだろ? 高値が付くのかもしれねぇ」

 

 キールの表情は真剣だ。本気でそう推察している……。


「そ、そんな……」


 アイシャは、自分の手を握った。

 

(トリスが……、そんなことをするなんて……)


 アイシャは、思考をかき消すようにブンと首を振った。

 

「……私は、トリスを信じたいよ……!」


「記憶喪失も嘘かもしれねぇじゃん」

「そんなことない! あんな――寂しそうな顔してるのが、嘘なんて思えないよ! それに――記憶が無くても司祭様の役目を果たそうと、努力してくれてたんだよ!」


 アイシャは、花祭りの時のトリスを思い出していた。


――「トリス様、祝詞のりとを唱えられていて、びっくりしちゃいました!」

――「……少しだけでも、と思って。昨日長老から習ったんだ。少しだけで申し訳ないんだけど……。変、だったかな?」

――「そんなそんなっ! 流暢だったしっ! すっごく素敵でした!」

――「そうだといいな。ありがとう、アイシャ」

――トリスは、はにかみながら答えていた……。


「私は、トリスが優しい人だって、信じたい。記憶がないって聞いた日から、村にいる間は仲良くしてあげたいなって思ってる。昨日もそうだし、……今もそう思うよ」

 

「……そーかよ」


キールは、頭を抱えた。

 

「はぁ~っ。本っ当! お前はお人好しだよなぁ~! てか、その司祭様は今日にでも王都に帰るんじゃねーか?」

「……え?」

「いや、だって、あいつって花祭りのためにこの村に来たんだろ? じゃあ祭りが終わったら王都に帰るんじゃね?」


(え……あれ……?)


 アイシャは、そんなことは頭から抜け落ちていた。


(言われてみれば、そうかも?! よその村で事件が起きても、トリスには関係ない……かも?! 王都で仕事があるだろうし??)

 

「えぇー! どうしよう! もう少し、お話してみたかったのにー!」

「どうしようって、お前なぁ……。……あーもう。急いで支度しろ。ほら、行くぞ。あいつ、長老の家に泊めてもらってるはずだろ」

「えっ、行っていいの!?」

「なんだよ、行かねぇの?」

「行く!」

 

 アイシャは、キールの手を取って窓枠に足をかけ――、


「あ」

 

ユーターンして、部屋に戻った。


「……? なにやってんだ?」


 アイシャは、机の引き出しを開けた。

 そしてくるりとキールを振り返ると、いつもの元気などや顔を見せた。


「これは、非常時用の蜂蜜スコーンだよ! こんな日もあろうかと、常備してあるんだ! これを食べながら走るよ!」

「…………あっそ」

 

どんなときでも朝食を抜かない、アイシャなのであった。


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