第27話 精霊の木②


精霊の花を探せ――。

 アイシャたちは、精霊の木のまわりを各自で捜索していた。


 日が沈み、辺りは暗くなってきている。


 皆は、『まつやにろうそく』に火を灯す。手を塞がないよう、魔法で自分の近くの空中へ浮かべていた。


 『松脂ろうそく』は、森で集めた松脂から作られる。本当は、帰り道用だった。しかし皆、惜しげもなく使用した。


 夜まで捜索は続いた。


「…………」


 皆、無言だ。重たい空気は、皆の口を重くした。

 見つからないのだ。

 周辺をくまなく探したが、落ちていないらしい。


(もう一度、木をちゃんと見ないと……) 


 アイシャは、精霊の木に近付く。松脂ろうそくを幹に近づけ、照らす。

 木に当たらないように気をつけながら、魔法で位置を調整する。

 

 アイシャが幹の周りをまわっていると、小さな発見をした。


「……あれ? 幹に少し傷があるかも!」


 声を上げると、すぐにキールとトリスがやってきて、アイシャの後ろからいっしょに見上げた。

  

「まじか! どれどれ……」

「誰かが登った後だったりするのかな?」

「ほら、あそこ」


 アイシャは、幹の明かりに照らされた部分を指さした。

 

「あー……。確かに傷かも? でも……ちょっとだけすぎるっていうか……」

「うーん。りすとかの小動物のつけたもの……に見えるかな」

「やっぱり? 人っぽくないよねぇ」


(一応報告はしてみたけど、擦り傷すぎたかな)

 

 アイシャは、精霊の木の上の方まで見上げた。

 精霊の木から生える銀の葉は、暗い中でキラキラとした粒子を撒きながら光を放っている。

 

(うーん。花らしきものはやっぱりないみたいだし……)


 精霊の木は高くそびえ、幹の低い位置に枝はたったの一本――花かんむりをかけた枝だ――しかない。

 人が登るには、なにか杭やワイヤーなどの道具が必要そうだが、先ほど見つけた傷は、人工的な道具でつけられたようなものではなかった。

 

 トリスが言った。

 

「それこそ、りすが持ってっちゃったとか、鳥が食べちゃったとかじゃないかな?」

 

 長老がやってきて、首を振った。


「精霊の花は聖なる力が強すぎる。……普通の野生動物では、近づいたり、ましてや口に入れることなぞ到底出来ぬ」

「うーん……そうなんですか……」


その時、枝の上でなにかが動いた。

 

「今! なにか……!」

「え?」

 

 アイシャが精霊の木の上を指さして、キールとトリスも見上げた。


「どこらへんだ?」

「あれ? あの辺の葉っぱが動いたと思ったんだけど」

「……なにもいないみたいだけど」

「おっかしいな~……」


 アイシャは、松脂ろうそくを木の上部へと動かした。銀の葉が、ろうそくの火に照らされる。


「う~ん?」

 アイシャは目をこらした。


 何も動かない。


「気のせいかな?」

「ま、風だろ」

「ちょっと過敏になっちゃったのかな。……しかたない事だと思うけどね」


すると、長老が言った。

 

「それは、聖獣ラタトスクかもしれんのぅ」

「聖獣ラタトスク?」

 

 アイシャは、首をかしげた。

 

「精霊の木に住むという聖獣じゃ。滅多に見れんが、居ることは確かじゃ」

 

 長老は精霊の木を見上げた。


キールが尋ねる。

 

「長老は、それを見たことがあるんすか?」

「もちろん。何度も見たことがある。りすのような動物じゃ。しかしあれは昔からいる精霊の木の“子ども”。花をどうこうするとは思えん」

「ふーん……」

 

「じゃあ、この傷はラタトスクが木登りをしたときのもの、なんでしょうか……?」

 トリスが聞くと、長老は曖昧な表情で答えた。

「そうかもしれん。……断定は、できぬが。とりあえず、精霊の木の上に生き物がいるとしたら……ラタトスクではないかと思ったんじゃ」

 


 祖先の話をするなら――ドリアードが精霊の木から生まれた精霊なら、ラタトスクもまた、精霊の木から生まれた精霊のうちの一つだった。


「でも、姿が見えなかったね」

「ラタトスクかもしれねーけど、風かもしれねーってことだろ」

「もうよく見えないからね」

 

 辺りは日が完全に落ち、このままここで捜索をしてもより一層暗くなり、捜索が困難なのは間違いなかった。

 青年団が周囲の森も探してくれているが――森の中で、文字通り草の根を分けて探すことは、困難を極めた。


 

 アイシャらは夜9時頃まで捜索を続けたが、


 しかし、精霊の花は見つからなかった。

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