第26話 精霊の木①
やがて
「すごーい!」
アイシャは精霊の木を見て、飛び跳ねた。
それは山の頂上にあった。このためだけにあるような
ドリアードたちの母なるオークの木だ。
トリスが隣に並んで言った。
「これが精霊の木……。すごいね……。森の中で一番大きいんじゃない?」
「そりゃそうでしょ!」
「そうなのかい?」
ドリアードたちの中で、精霊の木は『母なるオークの木』であり、力の源であった。
精霊の木には、森を守る大精霊が、太古の昔から今も住んでいると信じられている。すべての精霊たち、そしてドリアードの祖先も、この木から生まれたと言われており、それが『母なるオークの木』の由来だった。
この木に花がたくさん咲けば魔力にあふれ、花が減ると魔力も減った。この木が枯れると、ドリアードたちは滅ぶとまで言われている。ドリアードのすべての村のご神木であり、森の守り神である。ゆえに、森に結界を張って守ってきた。
「この木は本当に力のある木なんだから!」
「精霊が今も住んでる、って話だぜ」
「キール!」
キールもやってきて、隣に並んだ。
キールはアイシャを見た。それからすぐにトリスへ向かって言った。
「司祭様ー。花かんむりを奉納しろってさー」
「あ、うん。ありがとう」
キールは、くいくい、と親指を後ろに向ける。その方向を見ると、青年団が運んできた花かんむりがあった。
(で、でかい……)
アイシャは、直径70センチにもなったそれを見て思った。
(おかしいな。司祭様が頭に被る予定だったんだから、……倍以上じゃん)
花かんむりのサイズは――込められた魔力に比例する。
誰も指摘しないので、アイシャはそのことを知らなかった。
トリスは、花かんむりを受け取りに行った。
ドリアードたちは近年まで
しかし、自分たちの中で伝わる『大精霊の宿る木』として
20年前、王国とドリアードの集落との同盟が結ばれた際に、「この精霊の木が王都建立の精霊と同一ではないか」という話になった。
そのため、その年以降の花祭りには、王都から司祭様が来るようになったのだ。
トリスは青年団から花かんむりを受け取る。それを持って、精霊の木に近づいた。
アイシャがそれを後方から見ていると、
「あ」
長老から手招きされ、アイシャはぱたぱたと駆け寄った。
「巫女はそばにおるものじゃ」
「そうだった……」
精霊の木の真ん前に、トリスと長老とアイシャが並んだ。
トリスが一歩前に出ると、精霊の木の幹の低い部分――地面から1.3メートルほどの位置に枝が突出している――へ花かんむりをかけた。
3人は頭を下げる。
それから長老が、短い
(これで花祭りの巫女も終わりなんだね。今年は色々あって楽しかったな)
アイシャは、御辞儀をしながら感慨深く思っていた。
やがて一連の儀式は終わった。
長老は一息つくと、アイシャとトリスの肩を叩いた。
「これで花祭りは終わりじゃ」
「お疲れさまです」
「お疲れさまでーす!」
長老は穏やかな表情で、精霊の木を見上げる。
しかしその刹那、すぐに表情が険しくなった。
「――むっ?」
「え、なに? どうしたの長老?」
アイシャは尋ねるが、長老は木の上を見たままだ。
すると背後からも、
「あっ?」
「えっ?」
「あれっ?」
と、青年団のざわめきの声が聞こえだし、アイシャは振り返った。
「な、なんで? いつ?」
「どうしてないんだ?」
「おかしいぞ」
アイシャも木を見上げてみるが、特におかしなことはない、……ように見える。もっとも、アイシャは初めて来たので、それは『明らかに異質なものはない』『モンスターはいない』以上のチェックは出来ない。
「何事?」
「僕、なにか作法が間違っていましたか?」
トリスも不安そうだ。
長老は首を振った。
「いや、……。いや、そうではない」
長老は――ずっと精霊の木を見上げたまま、言った。
「精霊の花が――ないのじゃ」
(せいれいのはな が ない――……?)
「えっ?」
アイシャは、ばっと木の上部を見る。
銀の葉が風に揺れ――
それだけだった。
花のようなモノはない。
(精霊の、花がない、って――!? ご神木の精霊の木から、花がなくなってら、……それってどうなっちゃうの?!)
長老が、大きな声で青年団に指示を出した。
「
「わかりました!」
「花が落ちたのかもしれない! 辺りを探すぞ!」
「風で飛ばされたかもしれない! 俺たちは少し遠くまで見てくる!」
バタバタと慌ただしく散っていく青年団のみんなを見て、アイシャの足はおろおろと行ったり来たりした。
「ど、どういうことなんですか……? 長老……!」
アイシャが聞くと、長老は渋い顔で言った。
「最近は……花はたったひとつしか咲いておらんかったのじゃ。このひとつをも失ってしまったとなれば……」
「これから、どうなっちゃうの?」
「それは…………」
長老は、精霊の木を見上げた。
「精霊の木は、わしらが守るべきもので、……今では世界の平和の均衡を守るためのものでもある。“花が咲き続ける限り精霊が世界の均衡を保つ”――と、王都の“教団”では言われとる。……祭りには王都から司祭様を寄越すのじゃ。王家も阿呆じゃない……。本当の事だと、わしは信じておる」
「じゃあ、花がひとつもついていない状態は、今が歴史上初めてってこと……?」
「……そうなる」
精霊の花は、昔は常に50個ほど咲いていた。それが近年は2~3個で、今年は1個だったのだ。
「
「強風で落ちたりするのかな……?」
キールもやってきて、会話に加わった。
長老は首を振って言った。
「
長老は、言葉に詰まった。
アイシャは、長老がなにを心配しているのか分かってきた。
「……ねぇ長老。もしかして、花は――盗まれた、ってことですか……?」
「……………………」
その沈黙は、肯定と同義だった。
キールとトリスが息をのむ。
アイシャは、精霊の木を再び見上げた。
(長老は、花がなくなったことで災いが起きることを心配しているだけじゃなくて、これが人の手で引き起こされたんじゃないかって思ってるんだ……!)
「それってやべぇじゃん!」
キールが言った。
「花自体になにか力があんのか!? ……薬になるとかっ!?」
「精霊の花を材料に使った薬なんて、聞いたことないよ」
「そりゃそうだろ! 村の奴は使わねーよ! でもさ、外の街ではどうだ? 外の奴が忍び込んできて……余所へ売るとか」
キールがそう言って、アイシャは息をのんだ。
「……っ! そんなことが……!?」
「なんか効きそうだろ。なにせ、ご神木の花だぞ……」
「うーん」とうなって、トリスが言った。
「花を切って犯人が持ち去っても、切ったんだからすぐ枯れてしまわないのかな……?」
「それは……」
アイシャは、長老を見た。
長老は首をふる。
「精霊の花は木から落ちても1ヶ月ほどはそのまま光り輝いておるからのぅ。効力は継続するじゃろう」
「じゃあ、持ち出す意味はあるってことなの……」
「あっ! でもさ!」
キールが明るい声を出した。
「森には結界が張ってあるんだろ? じゃあもし盗まれたんだったとしてもさ、犯人は逃げらんないんじゃねぇか? この『迷いの森』で、街にすぐに帰ることは不可能だろ!」
(そう、本当は結界があるはず、なんだよね……)
アイシャは思ってから、言った。
「でも、森を入ってきたんだから……出られるんじゃないかな……」
「うわ、そっか」
「う~ん……」
みんなの唸り声だけが響いた。
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