第30話 仲良くしよう


「これで、トリスの服を買ってきて欲しいのじゃ。マーケットに連れて行ってあげてほしい」

「え! これって……」

 

 長老がアイシャに手渡した袋には、サイカチムシのつのが入っていた。


「うわ。こんなレアなもん、こいつ……ごほん、司祭様に使っていいんすか?」

「もちろんじゃ。お前はもう少し司祭様を敬え」


 サイカチムシは、銀色に光る虫だ。年に一度角が生え替わる。その角は、加工品にもなり、薬にもなり、その光沢から観賞用にもなる。街にはいない虫なので、街では特に高値がつくような商品の取引に使用されている。


「ちょっと高級すぎるんじゃあ……」


 アイシャは、袋を手に乗せたまま言った。


「もっと小銭とかないんですか? よくわかんないけど、最近マーケッは物々交換じゃなくて、お金でやりとりするらしいじゃないですか」

「お金なんて家に置いて、野盗がでたらどうするんじゃ!」

「……え」

「外の街で価値があるものを置いておくと、価値の分かるもの――外の者が狙いに来るじゃろ」

「一理ある」


 アイシャは頷いた。

 キールは、


「いや、森の結界があるんだから大丈夫だろ」


 と言ってから、

 

「……いや、大丈夫じゃないのか?」


 ひとりで腕を組んだ。


 

 ともかく――

 マーケットは、『街のもの』が村で唯一売られている場所なので、トリスの服を選ぶ場所としてはちょうど良さそうだった。


 長老が言った。

 

「……トリスの元々着ていた服は、今急いで修復させておるのでの。とりあえずの衣服をそろえてやってくれ」

「ていうか、今着てるのは誰の服なんです?」

 

 アイシャが尋ねた。

 

トリスは、すこしぶかぶかな服を着ていた。

 村へ着いたとき、トリスはなんの荷物も持っていなかった。ゆえに着替えなどあるわけもなかったが、今着ているのは出会った時の服でもなく、花祭りの時の服でもない。


 アイシャの疑問に、長老が答えた。

 

「わしの孫の残していったものがあっての。とりあえずはそれで我慢してもらっておるのじゃ」

「あぁ、ゴフェルの兄貴のやつか」

 

 キールは頷いた。


 ゴフェル・アイケイロスは、ノアの兄で、長老の孫のひとりだ。結婚の際に、近隣の村へ引っ越していった。

 

「いや、まあ僕はこのままでもいいんだけど……」

 

 トリスは、ぶかぶかの袖を振った。

 その様子は、……なんだか少し幼く見える。

 

「気にするでない。そうじゃ、マーケットには街のものが売られておる。……何か記憶の助けになればよいのぅ」


 こうして、アイシャたちはマーケットへ向かうことになった。



  ***


 

 三人は、長老の家を出た。


「マーケットってどこなんだい?」

トリスが尋ねる。

 アイシャは、南側を指さした。

「中心部に大きな木があるでしょ? そこから地面に降りたところなんだよ」

「いや、どれも大きな木すぎてあんまりわからないんだけど……」


 フルールフートは、似たような大木を繋いで作られている。

 アイシャの指さした方を見ても、よく分からない。


「行ってみたら分かるよ!」


 アイシャは、先頭で駆け出す。後ろを振り返りながら、意気揚々と吊り橋を渡り――、


 ぐぎっ

 

「うひゃあっ!」


 アイシャは、足をひねってバランスを崩したが――


 がしっ


 その肩は、がしりと支えられる。


「危なかったね……」

 

 受け止めてくれたのは、トリスだった。

肩に乗る手がじんわり温かい。


「アイシャはもちろん慣れてると思うけど、でも吊り橋だし……気をつけてね」

「う、うん……。ありがとう……」

 

アイシャは、赤くなった頬に手を当てる。

 

(……なんか最近、トリスに受け止められてばっかだよー!)


 ほわほわした気分も束の間、キールが後ろからつかつかと早足でやってきて、アイシャの腕を掴んでトリスから引き剥がした。

 

「いっ、今まで俺が散々助けてやってたのに、そんな反応したことないだろっ!? なんだよその反応はっ!?」

「へっ!? なに!? 私なんか変なこと言ってた?!」

「…………っ」

 キールは、アイシャの腕を引いて――自分の方に引き寄せた。そして、トリスを睨む。

「………………」

「………………」


(えぇ~っ? な、なに~? あっ! まだトリスを疑ってるってことかな!? なんか今朝言ってたやつかな!?)


 アイシャは、少し勘違いをしていた。

 

 キールは睨んでいたが、トリスは別に睨んでいなかった。ただ、状況がよく飲み込めないという風に、目をぱちぱちさせているだけだった。



「グオォオオオ……」


 と空から声がして、トリスは空を見上げた。

 晴天は高く、白い生き物が翼を広げている。

トリスは、目をこらし――、


「鳥かな?」



 ズコーッとキールがこけた。


「鳥があんな声で鳴いてたまるかよ! ホワイトドラゴンだよ!」

「あぁ……! この村は本当にホワイトドラゴンがたくさんいるね」

「むむむ……」


 トリスは屈託のない笑顔をするので、キールはうなった。


アイシャが言った。

「ていうか、キール以外にも鳥とドラゴンを見間違えてる人がいたんだ……」

「いや、俺のはギャグだ。あいつは……」


 ちらり、トリスを見た。


「あいつは多分マジだ」


 トリスは、はっとした顔をした。


「…………あっ、わかった。えーと、初めまして。僕はトリス……だと思う。僕は多分王都からきた、多分司祭で、多分10代後半の年で、怪しい者じゃないんだ。よろしくね」

「いや、怪しいだろ! なんだよそれ! 『多分』が多すぎるんだよ!!」

「自己紹介してないから、僕が誰だか分からないのかと思って」


 トリスの顔は、大真面目だった。

 キールは、つっこまざるを得ない。


「いや、分かるよ! トリス様! みんなお前のこと知ってるって!! てか俺昨日もいっしょにいたんだけど?!?!」

「この村には、あともう一週間くらい滞在します。好きな食べ物は分かりません。昨日長老の家で食べた、草のサラダはおいしくなかったです」

「草のサラダには蜂蜜をかけるといいんだよ!」

「アイシャまで入ってくんな! お前はそればっかだな! いいけど! いいけどさぁー! ボケにボケを重ねるな! なんなんだおまえらはー!」

キールは一通り突っ込んだ。そういう気質なのだ。


「あはは……。えっと、僕は真面目に自己紹介したつもりなんだけど……」

 トリスは頬を掻いた。


(私も真面目にアドバイスしたつもりなんだけど……)


 とアイシャも思った。


 キールは、「はぁーっ」と長めのため息をついた。そして、観念したように言った。

 

「……俺はキール。アイシャこいつの幼馴染みで、村に住む護衛の人間だ!」


 アイシャの肩を抱き、格好を付けたキールだったが――、


「ドリアードは魔法が使えるのに、魔法が使えない人間が護衛をしているのかい?」

「…………」


 トリスは普通に質問をしてきた。


「えっと……こいつらはのんびりしてるから、俺たちが守ってやんないといけないんだ」

「あぁ……。事件のことも、なんか重大っぽいのに急いでないみたいだもんね」

「しーっ! 事件とか言うな! 秘密なんだぞ!」

  

「うふふっ」

 アイシャは思わず、笑い出してしまう。

 

「ふたりが仲良くなれそうで良かった! トリス。私、記憶の無いあなたが少しでもこの村で楽しく過ごせるようにって思ってるんだ。キールは怒りんぼだけどツッコミが冴え渡るいいやつなんだよ。仲良くしてね」

「もちろんだよ。この村は、みんな優しいね」

「キールも。……この村には、同年代の男の子がいないんから、ちゃんと仲良くしてあげてね」

「まあ、……」


キールは、トリスの顔を見た。


(いけすかねぇ怪しいイケメン野郎だと思ってたが……まぁ腹は黒くはなさそーだな……)

 

「……悪い奴じゃねーのかな、とは思ったけど……」


キールは、頭の後ろで腕を組んだ。


 「ふふふ」

 アイシャが笑って、トリスも笑った。

 

 そうして三人は歩き、やがてマーケットに辿り着いた。


 

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