第20話 巫女役
時刻は夕方。
アイシャが、キールとマリィとわかれて帰宅すると、
「ただいまー! …………あれ?」
家には誰も居なかった。
濡れた体は日差しでだいぶ乾いていたが、タオルでふく。
ふと、ダイニングテーブルに書き置きがあるのに気がつく。
「えーっと、なになに……『三人で祭りの設営に行ってきます』……ね。なんか最近花祭りの準備とかでみんなバタバタしてるなぁ」
――その時、ノック音とともに、声がした。
「こんばんは。アイシャ、いる?」
「あれ? 誰だろう……。はーい!」
アイシャが扉を開けると、そこにはノア・アイケイロスが――明日の花祭りの巫女役だ――が立っていた。
白いワンピースの丈は長く、膝の下でゆらりと揺れた。
髪からは大きな百合に似た白い花――花びらの先端は紫色だ――が咲いており、それは髪の左側にしか咲いていないのが特徴的だった。
「ど、どうしたの、ノアが訪ねてくるなんて……!」
「急にごめんなさいね、アイシャ。ちょっといいかしら?」
「は、入って……!」
アイシャはパタパタと部屋に戻り、椅子を引く。
ノアは扉を閉めてやってくると、椅子に腰掛けた。
アイシャも向かいの席に座る。
正面には、ノアの顔があり――
(き、綺麗~っ)
アイシャは、目を輝かせた。
「まつげ長い~!」
「あら、あなたも長いわよ」
「!」
アイシャは、(あれっ、声に出してた?)と、赤くした頬に両手で隠した。
ノアは、くすくすと笑った。
アイシャはわたわたしてから、言った。
「えぇーっと! ノアは、最近は花祭りの準備で忙しいんだよね?」
「そう、ね。……ええ、そうよ。そのせいで、しばらく学校に行けてないわね」
「そうなんだ」
(そんなに忙しいのかな?)
ノアは、長老の孫娘だ。そのため、長老の手伝いなどで忙しくしていると聞く。
ノアは言った。
「……花祭りの、司祭様の話だけど。教団からロフィマ……ごほん。トリス様出発の電報を受け取った後、2週間経っても到着されなかったの」
「あ……」
(出発の連絡があったんだ。だから長老は……トリス様の名前がロフィマ様だって確信してたんだ)
ノアは言った。
「だから私、
「花気球?」
「えぇ。グリーンベルの花を魔法で大きな気球にするの。森に飛ばすと、人を探したりできるのよ」
「魔法をかければ、花で人を捜せるの? すごい! そんなことができるんだ!」
アイシャは、グリーンベルの花自体は知っていた。それは緑色のぷくっとした丸いガクの先に、白い小さな花が付いているものだ。緑色のガクの方が、花よりも大きく、まるでそちらが花のようで、それがグリーンベルの由来だった。
確かに、あれを膨らませたら飛んでいきそうだ。
「へー! たくさん飛ばすと楽しそう!」
「ふふ。たくさん……ね」
ノアは、小さく笑った。
「…………私はそれを作るのに――、1日かけて魔力を全部根こそぎ注いで、それでやっと1個だったのよ」
「え? そんなに強大な魔法なの?」
「……そうよ」
ノアは静かに言った。
「魔力を注いでも、一度に少ししか大きくならないの。注ぎ続けて、やっと大きくすることが出来るの」
「そんなに膨らみにくい花なの?」
ノアは質問には答えずに、スッとグリーンベルの花を取り出した。5センチ程度の、小さな花だ。
机に置かれたそれを、アイシャは見た。……見たところ森から摘んできたと思われる――自然の生花だ。
「これを、40センチほどにしてみてくれないかしら」
「う、うん……」
(……植物を大きくするだけ――って、普通なら結構簡単な部類だけど。ノアが難しいっていうし、呪文を唱えた方がいいのかな?)
アイシャは、グリーンベルに手をかざすと、魔法の呪文を唱えた。
「――ハマドリュアスの姉妹よ、力を。メガロ」
アイシャ手のひらから、光が放たれる。
すると、グリーンベルはみるみるうちに大きさを変え、
(40センチくらいっ、花籠くらいっ、蜂の巣くらいっ)
あっという間に40センチほどになった。
ノアは、それを見て言った。
「………………じゃあ次に、“空を飛んで、人を見つけたら頭にくっつく”命令をつけることはできるかしら?」
「えと、大丈夫だと思う」
アイシャは、再び魔力を注いだ。
光に包まれたグリーンベルは、ふわりと宙に浮くと、部屋の天井近くをふよふよと漂った。それから――アイシャの頭にぴとっとくっついて、動きを止めた。
ノアは言った。
「……しんどくない? 腕がだるいとか」
「えと、特にないです」
アイシャは、首を振った。
やはり、特段難しくはない。
(なにを試されてるんだろう……?)
アイシャは、ノアの顔を見た。
「えっと――……?」
「……はぁ。やっぱり凄いわね。噂通り」
「えっ、えっ? どういうこと……?」
アイシャは、自分の頭にくっついていたグリーンベルを取った。
ノアは、感心したように言った。
「あなた、魔力が高いのね」
「…………へっ?」
アイシャは、思いも寄らない言葉に、驚いた。
ノアは言った。
「普通は、魔法でものを大きくするのも時間がかかるし、複雑な命令はつけることが出来る人と、出来ない人がいるのよ」
「えぇ!? そうなの? でも、長老とか……うちのお父さんもっ! 魔法で自由自在って感じだったけど!」
「まあ、上の世代はね……」
アイシャは、以前のマリィの言葉を思い出す。
――「……私たちの世代って、魔力低いみたいですよぉ。…精霊の木に咲いている花の数が、最近少ないとかなんとか……」
「あ、あれ……?」
アイシャは、今まで魔法についてあまり考えてなかったので、全く知らなかったのだ。
ノアは頷いた。
「噂で聞いたけど。聞けばあなた、……恋文を飛ばしているそうじゃない」
「ひぇっ!? あ、あはは……」
(美人のノアに指摘されると、なんだか恥ずかしいんだけど!?)
そんなアイシャを、ノアは真面目な顔で見ている。
「矢文に、複雑な命令を付けているでしょう? ああいったこと、私たちの世代ではなかなか出来ることじゃないのよ」
「そ、そうなのぉっ?!」
アイシャの矢文には、“生き物には当たらないように”という命令をつけている。
それは実は、高度な命令なのだった。
(普通にやってたアレが、まさかそんな凄いことだったなんて……!? )
アレは――独学だ。だから、どれだけ高度な魔法だったのか、アイシャは気がつかなかった。
アイシャといっしょにいるキールは魔法が使えないし、マリィは魔法が得意ではないと言うのも、今まで誰も指摘しなかった要因でもあった。
わたわたするアイシャを見て、ノアは小さく笑った。
「そんなあなたを見込んで。頼みがあるの」
「……え? なに?」
ノアは、アイシャを真っ直ぐに見て――こう言った。
「アイシャ。あなたに、明日の花祭りの巫女役を任せたいの」
「へっ……!?」
ガタン!
アイシャの椅子が倒れた。
立ち上がったアイシャは――、
「ええぇぇぇえええぇぇぇッッッ!!??」
大きな大きな叫び声を響かせた。
「な、なんで私なのぉ……?!」
「……今言ったじゃない」
「で、でも……!」
花祭りの巫女というのは、花祭りの『お祈り』で司祭と長老の補助をする人のことだ。毎年村で魔力の高いドリアードの少女の中から選ばれることになっている。――というのは昔の話で、近年はずっとノアが行っていた。
「もはや、ノアの固定なんだと思ってたよ!」
「ううん。私が長老の孫だからよ」
「で、でも……」
「……普段、私は神職の仕事らしいものは何もしていないの。巫女って言っても、花祭りの時だけよ」
「いやいやいや、ていうか、もう明日じゃん! 無理だよ!」
「…………これは、お願いなのよ。アイシャ」
そう言って――ノアは羽織っていたショールをするりと脱いだ。
アイシャは、あらわになったノアの腕を見る。
「!」
「ど、どうしたの、その傷……!」
ノアは、両手に包帯を巻いていた。
「ちょっと……料理をしていたらね。火傷をしてしまったの。明日は花祭りだっていうのにね……恥ずかしいわ。それに……結構痛くて。祭りに耐えられるか、不安なのよ」
ノアはそっと自身のスカートの裾を少しだけたくし上げた。――足にも包帯が大きな範囲で巻かれていた。
「ほら、この通り。ここまでくるのにも一苦労だったわ」
「い、痛むの? 大丈夫?
「ええ。治療は受けたわ」
「そんな……足も痛いなら、呼んでくれたら行ったのに!」
「私が頼む側なんだもの。これくらい当たり前だわ」
ノアはアイシャの方をまっすぐ向いて言った。その瞳は、真剣な色だ。
「……『お祈り』の途中。巫女は花かんむりに、魔力を注がないといけないのよ。だからそれを、あなたにしてほしい」
「…………っ」
ごくり。アイシャは喉を鳴らした。
(巫女の代役!? 私が!?)
「ノア。力になってあげたいけど、でもこんな急な代役って認められないんじゃあ……」
「長老には、もう話してあるの。許可も、もらってるわ」
「えぇぇえ!? 外堀埋まってるー!?」
ノアはにこりと微笑んだ。
「私の代役なんて、知らない子には到底任せられないのよ。アイシャ。あなたなら信頼できるわ」
「うぅ…………」
アイシャは、ここまで直接言われてしまっては、――引き受ける運命しかないことを悟っていた。
(でも、大丈夫かなぁ……)
ノアはくすりと笑う。
「一緒にお祈りをする司祭様のお名前は、トリス様っていうの。……って、あなたは知ってるわよね」
「あ……」
アイシャは気付く。
(そうだ。花祭りの巫女ってことは――司祭様と、トリス様といっしょなんだ……!)
「私、やります!」
アイシャの迷いは、消えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます