第19話 妖精疑惑


 三人は歩いて、『集荷箱』のある、川のさんばしへと向かった。


「しっかし、妖精なんているのかぁ~?」

「どんな噂なの?」

「それはですねぇ~」


 マリィが言った。


「なんでもぉ、羽の生えた小さきものがでるらしくてぇ~」

「襲ってきたりするの?」

「いえ。ただ、郵便物を漁っているらしくて……」

「郵便物を!?」


 アイシャは大きな声を上げた。


「それは困る……!」

「そんな話、親父から聞いてないけど」

「マリィも今日初めて聞いたのでぇ~」

「とにかく、行ってみなくちゃ!」

 

 3人はやがて川に着いた。

 川はいつも通り透き通った水をたたえている。川の水は透明ゆえに青く、葉の影を落として緑に、日の光が差して黄色にと煌めいている。

 ちゃぷちゃぷという水音を聞きながら、3人は桟橋へ向かった。


 マリィは、『集荷箱』に手紙を入れた。


「ふーっ。これでよし、ですぅ」

「……今日出しても、その妖精に荒らされるんじゃない?」

「いえ、漁られてるのは『郵便受け』だけらしいのでぇ~」

「ええっ!?」

 

 アイシャは、慌てて『郵便受け』を開ける。何も入っていなかった。

 

「もっ、もしかしてその妖精が持ってっちゃったのぉっ!?」

「いや、今日は郵便屋はこねーって。基本的に週に一回だろ?」

「そ、そっか……」

 

 アイシャは、ほっとしかけて、(いやいや油断は出来ないんだから!)と思い直した。

マリィは、周囲をきょろきょろとした。


「……なにもいませんねぇ」

「妖精だし、レアなのかな?」


 アイシャもきょろきょろし――、

 

「あ! いいところに!」


 さっと背中をかがめた。

 前方には、……鳩がいる。


「……もしかしてぇ」

「……ああ。始まったぞ」


 鳩は、川沿いの草むらをちょこちょこ歩いていた。地面に落ちている木の実をついばんでいる。

 アイシャは、忍び足で近付く。

 

(今日はでんしよばとを捕まえて帰ろーっと! 帰ったら、また手紙を書くぞーっ!)


 後ろから見ているマリィが、ぼそぼそとキールに言った。

 

「……あのぅ~。前から思ってましたけど、伝書鳩って、なんなんですぅ?」「……そのへんの鳥を捕まえて、手紙を足にくくって、自由に飛ばすことだ」

「…………へぇ~。……ということはぁ、その鳥って街に行くかも分からないっていうかぁ……。かもってことじゃあないですかぁ~?」

「そうだ。その通り」

 

 キールは頷いた。


「じゃあアレって、あんまり意味ないんじゃあ……」

「いいんだ。無意味でいいんだ」


 キールは頷いた。



 アイシャは、鳩に飛びかかり――捕まえ損ねた。


「…………。まあ、ほっときましょぉ~か……」


 アイシャが帰ってきたので、マリィは、キールから離れてアイシャに近付いた。


「ところでアイシャ~。お手紙って、人間ヒユーマンじゃない人からお返事が来たらどうするんですぅ~?」

「え? どうもしないけど? エルフでもドワーフでもいいよ!」

「……えぇと。例えばですけど~、ハーピーと結婚したとして、産まれた子どもがハーピーだったら、赤ちゃん飛んでいっちゃいますよぉ~?」

「んー。ハーピーかぁ……」


 ハーピーは、人に鳥の翼のような羽を生やしている種族だ。アイシャは見たことがなかったが、空を飛べると聞く。ここからは随分遠くの岩山に住んでいるらしい。彼らは飛べるので、その移動中にアイシャの文を拾う可能性は、ある。


 アイシャは言った。

 

「その時は、こっちもつるくさを繰り出して、飛んでいくのを捕まえるしかないね……!」

「い、意外と対応する気満々ですぅ~」

「じゃあ人型じゃないモンスターから返事が来たらどーすんだよ?」

「……要検討!」

「い、一応検討するんですねぇ~」


 アイシャらが楽しく話していると――、


 ガサガサッとやや遠くの草むらが揺れた。

 背丈の高い草の――根元が膨らんで、それはガサガサ音を立てて動いた。


「な、なに!?」

  

 アイシャはぐっと拳に力を入れ、身構えた。

 マリィはアイシャにしがみつき、キールはふたりの前に立った。


 草むらに目を凝らす。

 何者かは川の方へ――こちらへ近付いている。

 

「もしかして、これが――」

 

 そうしてついに、それは草むらから顔を出してきた。


「みゅん?」


 それは、1匹の小動物だった。体長は40センチほど。茶色い体は、ふさふさとした毛で覆われている。長い耳が生えており、しっぽは大きく、ふんわりと丸い。それは、2本足で歩いていた。


「獣……ですかねぇ?」

「殺気は感じないな」


 思ったより可愛い生き物が現れて、皆は少し気を緩めた。

 ほっとしたアイシャは、その小動物をよく見て目を見開いた。

 

「あっ! あれはっ!」

 

アイシャは小動物を指さす。

 その小動物は、腕に一本の瓶を抱えていた。


「わっ、私のボトルメール!!」

「なんだって!?」

「みゅみゅんっ!?」


アイシャの大声に、小動物は体をビクッと跳ねさせると、あわあわと反対方向へ走り出した。

その腕には、アイシャのだしたボトルメールを抱えていた。


「まっ、待てぇえーっ!」


アイシャはすぐにその――うさぎのような長い耳をした小動物を、追いかけた。

小動物はちょこちょこちょこちょこと小さい歩幅だが、なにせ足の回転速度がはやい。右往左往しながらも、アイシャから遠ざかっていく。

 

「なんだって私の手紙を……っ! 聞いてた話と違うじゃん! 私のは川に直接流してるのにっ!」


(下流で拾ったのっ!?)


川辺を走るのは少し怖く、アイシャは森側の草むらに飛び込んだ。

 前方の草がなぎ倒されており、小動物が走っている方向がわかった。


(いっ意外と速い~っ!)

 

 アイシャは走りながら、魔法の呪文を唱える。


「――ハマドリュアスの姉妹よ、力を。ステイシス」 


 アイシャの手に光が集まり――


「みゅん?」


 その光は、小動物へと飛ぶ。

 光に包まれた小動物は、足を止めた。


「みゅっ……みゅんっ!?」


 体は動くが、足は地面に縫い付けられたかのように、その場から一歩も進めない。

 小動物は前のめりになったり、体を左右に動かしている。


 アイシャは、ようやく小動物の元へ追いついた。


「ふぅ……。捕まえた。さぁ、ボトルメールを返してもらうよ」

 

アイシャは笑顔で近付いた。

 小動物を抱えようとし――いや抱えたのだが――それはぽーんと宙に跳ねた。


「えっ」


 小動物は足はそろえたまま――体をバネのように折って、アイシャの腕から勢いよく飛び出したのだ。高く跳んだそれは、アイシャの頭上を宙返りする。

 アイシャの目に、小動物の背中が映る。――背には、小さな翼があった。


「――あ」


(妖精の噂ってもしかして……)


 小動物は、そのまま


バシャーン!

 

と、川に落ちてしまった。


「みゅん~!!」

 

小動物は、ばちゃばちゃと水の中で暴れている。

その手から離れたボトルメールは、水の中を潜っていった。

 ここで、キールとマリィも追いついた。


「アイシャ!」

「これってぇ……!」 

「大変! もしかしたら泳げないのかも!」

「!? おっおいっ!!」

 

アイシャは、小動物を追って川に飛び込んだ。


「おい! アイシャ!」


 キールも慌てて後を追う。


 川の水は、アイシャの胸の高さまでを水位を保ち、踏ん張ろうとすると首まで水に浸かった。川底には岩や流木があり、歩きにくい。

 また、見た目の穏やかさに反して流れが複雑だ。アイシャは、川を真横に進みたかったが、どうしても斜めになってしまう。

 そして、春の暖かな日差しの中でも――川の水は想像以上に冷たかった。


 キールがアイシャに追いつき、肩に腕を回した。

 

「無茶すんな! あぶねーだろ!」

「でも……っ!」

「わかったから!」


 二人は進む。岸から見たら、すぐそこだったのに――ちょっとの距離が、とても困難に感じた。


 ばしゃばしゃ溺れていた小動物は、なんとか流木につかまったようだ。細い流木は、すぐに川の中州に引っかかった。

 

 アイシャとキールは、川の中を歩いてそこまで辿り着く。溺れている小動物を抱えると、岸へと戻った。

 

「はぁーっ……はぁーっ……」

「ぜぇっ……ぜぇっ……。なんとかなったな……」


 ふたりは陸地に上がると、肩で息をした。


「みゅーん……みゅみゅみゅんっ」 


 小動物は、アイシャの脇からするりと抜けると、――一目散に森の奥へと消えていった。


「あ……」

「……あんだけ走れりゃ、怪我とかはないってことだろ。よかったな」

「うん……。なんともないならよかった!」


 マリィが駆け寄ってくる。

 

「ふたりとも無事でよかったですぅ~! マリィは二人が心配でハラハラしましたよぅ~!」

「そーだぞ。川はあぶねーんだから、軽率に飛び込んでんじゃねーよ。水も冷たかっただろ」

「ごめん……。いっしょに飛び込んでくれて、ありがと……」

「……! 当たり前だろ!」


 全くもって当たり前ではない。

 キールはアイシャから顔をそらした。その黒髪からは水がしたたっており、全身びしょ濡れてある。


「…………」


 アイシャがぼんやりその顔を見ていると、

 

「ほら、これ」

 キールは、アイシャに自分の上着をかけた。 川に飛び込む前に、上着だけ脱いでいったのだ。


「あ、ありがと……」


 アイシャは、上着を着込むように握りしめた。


 ――ふわり。キールの匂いが、アイシャの鼻をくすぐった。


(………………あれ。なんだろう……。いつもの匂いのはずだけど……。……ん?)


 薄い上着にしては、温かい。

 なんだか不思議な気分だった。


 温かいと思ったのに――体はふるっと震えた。

 我に返ると、やっぱり寒い。

 震えたアイシャを見て、キールが言った。


「ったく! お前が川に飛び込むことないだろ! 魔法を使えば良かっただろーが!」

「え? でも川みたいなでかいのを止める魔法なんて無理……」

「んーと、蔓草を伸ばしてあの子を引き上げるとかぁ~……」

「あ、あー……なるほど~……」


 とっさのことで、全く思いつかなかった。

 アイシャは、眉を下げた。

 

「こんなんじゃあ、ハーピーの赤ちゃんが捕まえらんないよ~!」

「…………? あ、あー蔓草のぉ……」

「…………」

 

「ま、そういうところがいいところなんですけどねぇ~」

「よくねぇ! 心配させるな! あとハーピーと結婚すんな!」

「ふたりともありがとね!」


 アイシャは立ち上がると、小動物が去っていった草むらを見る。

 

「あの子、背中に羽があったよ。あれが……噂の妖精かもしれない!」

「えっ! そうなんですぅ?」

「妖精という言葉とイメージがちげーな。ずんぐりむっくりじゃん」

「かわいかったけどね!」


  

 アイシャはそこで、学校での先生とのやりとりを思い出した。


――「通行手形って、どうやったら手に入るの?」

――「通行手形は、村に貢献したことが認められた者のみ、長老と精霊の木から贈られます」

――「貢献ってなに?」

――「…………村の外に渡りあえる商売力とか、村の困りごとの積極的な解決、などですね」

  

「……ねぇ、二人とも」

「なんだ?」

「なんですぅ?」

 

「今のっ! 妖精保護? みたいなの、長老に報告したら、通行手形もらえると思う?!」

 

 アイシャの目は輝いている。


 しかし、ふたりの顔は渋い。

 

「え……。いや、どうかな……。川から助けただけじゃあ……」

「本物の妖精かも分かんないですしぃ、報告しても、あしらわれそうですぅ……」

「そっかぁ……やっぱ出来事が小さすぎる?」

を助けたわけじゃねーだろ」

「うぅぅ……。でも、運命の恋活動の一環として、やっぱり通行手形のことも、ちゃんと考えなくっちゃね!」


 キールは、手を頭の後ろに組んで、言った。

  

「まぁ、ノアくらいなら、通行手形もらえてそうだけどな」

「え?」

「ノアだよ。長老んとこの孫の」

「今年の花祭りでも、巫女役なんですっけぇ~?」

 

 アイシャは、村一番の美人の姿を思い浮かべた。


「巫女、かぁ……」

 

(私には、手が届かないお役目だなぁ……)


――この後にノアの方から訪ねてくるなんて、思いも寄らなかったのである。

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