第18話 マリィの噂話デリバリー
アイシャとキールが昼食を取ったあと。
ドンドンとドアを叩く音がした。
「ん? はぁ~い」
アイシャは立ち上がると、玄関へ向かった。
リビングから直接外へ繋がるドア――それが玄関ドアだった。
ドアの向こうから声がした。
「アイシャ~! いますかぁ~?」
「! マリィ! はいはぁ~い!」
アイシャは声の主が分かるとぱっと顔を明るくして、ドアを開けた。
ドアを開けると、マリィがぴょんと飛び込んできた。
手を口の傍にやって、まるで『お値打ち情報ですよ』と言わんばかりににんまりした。
「ねぇねぇ~! アイシャ、聞きましたぁ~? 昨日、司祭様が到着したって噂ですよぉ~!」
ギク!
アイシャの動きは固くなった。
「へ、へー! そうなんだぁ~」
「……むむ?」
アイシャの目は泳ぎ――マリィは首をかしげた。
「…………今年の司祭様は、若くてかっこいいらしいですよぉ~」
「へ、へー! そうなんだぁ~」
「……ふーむぅ……」
アイシャの目は、ぐるぐる泳いだままだ。
マリィの目が、キラリと光った。
「………………怪しいですぅ」
「へっ?!」
「あの外の世界を熱望しているアイシャが! イケメン司祭様にそんな食いつき具合なのはおかしいですぅ!!」
「イケメン司祭様ッ!? なんだそれッ!!」
「ひぇっ!?」
ガタッとキールが椅子から立ち上がった。
一方、マリィはにやにやしている。
「……そうそう。今年の司祭様は、リンゴがお好きだとかぁ」
「あっ、そうなの? それは知らなかった! ……あっ」
アイシャは後ずさった。
「アイシャ~! なんか知ってるんでしょぉ~?」
「ひ、ひーん!」
好奇心でうきうきのマリィと、なにか凄い勢いで迫ってきたキールに詰められ、アイシャは白状することになった。
「じ、実はぁ~……。トリス様……あっ、司祭様のお名前なんだけどっ! 森で倒れちゃって……。私が長老たちを呼びに行ったんだよね」
「ふんふん。その人、かっこいいんですかぁ~?」
マリィが聞いて、
アイシャは意気揚々と答えた。
「それはもう!」
「それはもう?!?!?!?!?!」
キールが泡を吹いて倒れた。
「き、キール!?」
アイシャが駆け寄る。
「大丈夫?」
「………………」
キールは仰向けに倒れている。
マリィは、ゆっくり近づいてきて、
「キール。まだ倒れるには早すぎるですぅ。顔がイイって言われただけですぅ」
と言った。
「…………だな!」
キールは復活した。
アイシャは、(びっくりしたぁ~)とだけ思っていた。
「で? イケメンが来たのに、ずいぶんおとなしいじゃないですかぁ~」
マリィが追求を再開したので、アイシャは、慌てて説明をする。
「かくかくしかじか……てなわけで、トリス様は記憶喪失で怪我まみれなんだ! そんな時に恋愛どころじゃないでしょ?」
「ほぉー。外の人なら誰でもいいわけじゃあなかったんですねぇ」
「あはは……。さすがに記憶喪の人はそっとしておきたいよ……」
「そーかそーか! そいつは関係ないんだな! うんうん!」
キールは、アイシャがトリスと恋愛するつもりではないと分かると、胸をなで下ろした。
「まぁ、骨折みたいなめっちゃ大怪我ってほどじゃないみたいだし、飯食って風呂入って寝たら治るんじゃねーか? イケメンだし」
「どういうことっ!? 切り傷とか擦り傷とかすっごいあるんだよっ!? もっと心配してよー!!」
「してるって。あいつなら大丈夫だって!」
「いや、見たことないでしょ……」
気を取り直して、アイシャは言った。
「てなわけで、私はトリス様を村でお見かけしたら、優しくしたいと思ってるんだ。明日の花祭りでも、トリス様の体調が良さそうだったらお話しとかしてみようと思うの! いいよね?」
「オッケーですぅ~」
「ま、そういうことなら仕方ねーなぁ」
アイシャは、にっこりと笑った。
その時、アイシャの家がぐらりと揺れる。
「わわっ」
「ずしんって、きましたねぇ」
「これは……ホワイトドラゴンが止まったのか」
アイシャらの家は木なので、たまに鳥や――ホワイトドラゴンらが羽を休めることがある。
「最近、数が減ったって噂ですけど、この村にいる数はあんまり変わらないですよねぇ~」
「あぁ。鳥かと思ったらホワイトドラゴンかっつーくらいいるよな!」
「また言ってる……。そんなにはいないでしょ……」
そんなことを話していると、またしても家はぐらりと揺れた。
「わっ。もう飛び立ったのかな」
「ほんのちょっとでしたねぇ。体勢を立て直しただけとかでしょうかねぇ~」
「ま、いつものことだな!」
しばらくそのまま様子を見る。
……家はもう揺れないし、なんともないようだ。
「あっ!」
と、マリィが、思い出したように話し出した。
「そうだぁ~。ところで二人ともぉ~。私、郵便出したいんですぅ~。暇なら付いてきてくれませんかぁ~?」
「郵便! いいね! 手紙最高!」
とアイシャが言うと、マリィは少し嫌そうな顔をした。
「……マリィのは、お母さんのお使いですよぉ……」
「あははっ。分かってるって!」
アイシャは言ってから、
「それはそれとして、マリィもいっしょにやんない?」
と、誘った。
それはもちろん『運命の恋活動』のことを指していた。
「マリィはいいですぅ。マリィは普通通りがいいと思ってるんですぅ」
「えぇ~? つまんなくない?」
「あんまり変なこと、マリィはしたくないんですよねぇ~」
「変なことって!!」
変なことではある。
「それより! 二人とも、なんかしてる途中でしたぁ? マリィお邪魔でしたかぁ?」
「あっ! そうだぜ! 邪魔だったぜ! せっかく二人で飯を食ってたのに!」
キールが台所を指さして言った。
空のお皿が置かれている。
……あんなにあった蜂蜜汁も、すべてなくなっている。
「もーっ! 何言ってるの?」
アイシャは、キールの手を下に降ろした。
それから言った。
「食べ終わったし、もう行こうよ!」
「なっ! これは実質昨日の挽回でッ」
「昨日夜家に居なかったのはごめんね。私、トリス様のところにいたから」
「ヒュッ…………ッ」
「……? キール?」
キールは、空気みたいな音だけ発した。
「……い、いや、大丈夫。大丈夫だ。こんなん花祭りの間だけだし……」
「何言ってるの?」
急に膝を抱えて屈んだキールは、アイシャには謎だった。
アイシャはマリィに向き直った。
「ってか、珍しいね。郵便出すだけに誘ってくるなんて!」
「あはは……」
マリィは人差し指を立てて言った。
「……最近、川に妖精がでるって噂なんですぅ~!」
「「妖精!?」」
アイシャとキールは、目を見開いた。
「それは……」
アイシャは言った。
「行ってみなきゃ、だね!!」
三人は並んで家を出た。
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