第17話 蜂蜜とキール②

「と、言うわけで、昼ご飯を作りたいと思います」

「おー」


 アイシャとキールは、アイシャの家の台所にいた。


あの後なんとか平常モードに戻ることができたキール――たんれんたまものなのだ!――は、落ち着いている。そう、彼はアイシャは運命の恋活動をしたり学校に遅刻ばかりするから日々怒っているのであって、そうでなければまあまあ落ち着いているのだ。


 アイシャは、エプロンをつけながら言った。

 

「もうお昼の時間は過ぎてしまいましたが、まだなんにも食べていない人、手を上げてください」

「はーい。てかなんだそのしゃべりは」

「先生モードです」

「はあ」


 アイシャは、この話し方を継続するらしい。

  

「まず、ここにウリキューリがあります」


 アイシャは、緑の瓜科の野菜を手に取った。


「はい」


 キールは、ダイニングテーブルに座ったまま、頬杖をついてアイシャを見ている。

 アイシャの料理教室ごっこ――たまにあるのだ――が始まった。


 アイシャは、まな板と包丁を取り出した。


「これを輪切りにします」


 アイシャは、包丁を動かした。トントントン、と野菜を切っていく。

 切り終わったものは、ボウルにいれた。

 

「次に~っ! じゃじゃーん!」

「おっ……!」


 アイシャは、キールにもらった瓶を取り出した。


(さっそく食べてくれるのか……!)

 

 キールは嬉しくなって、体を起こした。

キュキュッと蓋を回して開けると、甘い匂いが部屋中に広がった。


「ここに天才蜂蜜職人の蜂蜜を投入します!」


 アイシャはキラキラとまぶしい笑顔で――瓶を傾けた。

 

 ドボドボドボドボ!


 と、音を立てて、瓶の半分ほどの量がボウルに投入された。

 

「ぎゃーーーー! お前! 大事に使え! 大事にーーー!」


 キールが立ち上がって抗議した。



「採るの大変だったんだぞ!!」

「うん! ありがとう! 大好きだから嬉しい!」

 

 アイシャは親指を掲げた――サムズアップだ――をした。

 キールは、じとーとアイシャを見た。


「………好き? …………………蜂蜜が?」

「? もちろん蜂蜜が!」

「………………続けて」

 

 キールは再び、頬杖をついた。


「はい! 完成です! じゃーん!」

「えぇ!? 終わりかよ!」

「そうです!」

 アイシャはそれを皿に盛った。


「以上だよ! 食べる?」

「う、うーん」

 

 キールは、蜂蜜の海に浸かった緑の野菜を見た。

 それから、笑顔のアイシャを見た。

 笑顔のアイシャは、いつも以上に輝いている。


「…………。おう……」


 キールは、食べることにした。



「ん~! 美味しい~! これ、最っ高!」


 アイシャは、料理をパクリと一口頬張ると、目を閉じた。

 野菜は口の中でシャキシャキと割れ、その水分がすべて蜂蜜になったかのようだった。


 ポポポポポン!


 アイシャの髪に咲く花が、増えた。それは、アイシャが食べ進める度に、もさもさと大量になっていった。

 

「すげぇ咲いてる……」


 花が生い茂ったことにキールが驚くと、


「わ! すっごい咲いてる!」


 アイシャも、自身の花をふわふわと触った。


「今までは、食事をするとちょっと増えるくらいだったのに……! ……この蜂蜜がすっごい美味しいからかな?」

「……ふぅーん……」


(巣箱から用意したかいがあったな……)


 キールは、にやけるのを堪えながら、アイシャの花に手を伸ばした。


 ピンク色の花は、触ると柔らかく、つまむとしっとりとしている。本物の――森に咲いている花と同様の、生花だ。……このいい匂いが、花のにおいなのか、それとも――……。


「………………」

「…………なに?」


アイシャが首をかしげると、その髪がぱらりとキールの手にかかった。

 

「あっ……いや……っ」


(あっぶね……)


 キールは、慌てて手を引っ込めた。


 アイシャの髪からは、相変わらず花がぽん!ぽん!と咲いている。

 

「それ……増えると、どうなるんだ?」

「え? うーん、知らないかも。……美味しいなーってだけ?」


 アイシャは、笑って言った。

 

「あ! あとね、お腹がすくと花がしおれちゃう!」

「……花がしおれると、どうなるんだ?」

「えーっと……お腹がすいたーってだけ? あははっ」

「なんだそれは……ふはっ」


 アイシャが笑うので、キールも釣られて笑った。


 キールは、皿に盛られた野菜のみの料理をもう一度見て、


「……俺、あとでパンかなんか食いに、帰っていいか?」


 と聞いた。


 アイシャたちドリアードは、人間のような主食は、食べたり食べなかったりするのだ。


 アイシャは、ぽんと手のひらを打った。 


「あぁ、お米ね! 昨日炊いたのがあるから、食べて良いよ!」


アイシャはそう言うと、葉に包まれたご飯を取り出した。

 ――ご飯からは、甘い匂いがしている……。


「はいっ! どうぞ!」

「……もしかして」


 キールは、ご飯を指さし、アイシャの顔を見た。

 アイシャは、こくり、と頷き――どや顔をした。


「ふっふっふ! 炊くときに蜂蜜を入れてあるんだよ! 美味しいよ!」

 

「う~ん……」


キールは、苦笑いをした。


(甘い米かぁ……)


 しかし、アイシャのキラキラした瞳を見てしまうと、結局は食べることを選んでしまうのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る