第2話 一年前
アイシャがこんな活動――運命の恋活動だ――をしているのにはワケがある。
それは、去年のアイシャの誕生日の出来事だった。
「誕生日おめでとう。アイシャも、もう16歳か」
「ありがとう! お父さん、お母さん、お兄ちゃん!」
ドリアードの家は木の
木製のダイニングテーブルには椅子が四脚あり、父と母と兄とアイシャの4人家族が腰掛けている。
テーブルの真ん中には小さなホールケーキがあり、アイシャは、るんるんと足を揺らした。
豪華な晩ご飯の後、いよいよお楽しみのケーキの時間である。
取り分けられたケーキを前に、アイシャがうきうきとフォークを持ったその時だった。
アイシャの父と母が、にこやかに言った。
「早いもんだ。2年後には結婚だな」
「こないだ隣村に行って見てきたけれど、良さそうな子だったわよ」
「…………え……?」
アイシャは、聞き間違えかと思い――顔を上げた。
「な、……なんの話…………?」
楽しかった空気が一変、アイシャに緊張が走った。
(結婚? 今、結婚って言った?)
フォークを机に置こうとして、置く前に手から落としてしまった。フォークは机に着地したものの、ぐらぐらと揺れて、――そこにアイシャの肘が当たり、カランとあっけなく床に落ちた。
アイシャの父と母は、きょとんとした顔を見合わせた後、アイシャの方を向き直り笑顔で言った。
「アイシャの、結婚相手の話だ」
「アイシャの、結婚相手の話よ」
ガタン! と音を立てて、アイシャは勢いよく椅子から立ち上がった。
「え……」
それから、大きな声で叫んだ。
「えぇぇぇええええぇっ?! わ、私の結婚相手って、もう決まってるのぉぉおぉっ?!?!」
アイシャの大声に、両親は面食らったようだった。
(だってだってそんな! そんなことってある?!)
アイシャは、隣に座る兄を見た。
兄はもぐもぐと、ひとりケーキを食べている。
「ちょっ、ちょっと! お兄ちゃんは知ってた!?」
「……知ってたって言うか……。…………」
「驚かないってことは、知ってたってこと?!」
「……うーん……」
どうにも釈然としない返事だ。
アイシャは、両親に向き直った。
「なんで?!」
「なんでと言われても……」
こちらも、なぜアイシャが驚いているのか分からないといった反応だった。
「そんなの知らない! 初耳だよ!」
アイシャはそう言ったが、両親は顔を見合わせた。
それから、アイシャの父が言った。
「当たり前だと思って言ったことはなかったかもしれないが……。お前が18歳になったら、近隣の村の男と結婚することが決まっているんだ」
「近隣ってなに!? どこなのーっ!?」
「……何人か候補が居るんだ。いくつかの村から、会ってみて」
「それって絶対ドリアード同士じゃん!」
「……? そうだが……?」
アイシャの父は、少し首をかしげる。
「ドリアードは大体、ドリアード同士で結婚するものだろう」
「でもっ……それじゃあ……。…………」
アイシャは、言いよどんだ。
「でっ、でもっ! 別に別の種族と結婚しちゃいけないわけじゃないんでしょ?
困ったように眉を下げながら、アイシャの母は言った。
「確かに、別の種族との婚姻が禁じられているわけではないけれど。……結婚は“暮らし”だもの。ドリアード同士の方が、きっと生活しやすいと思うわ。……それに、他の種族ってなんだか不安だわ」
「ドリアード同士じゃ、ダメなのか?」
「それは………………」
アイシャは、視線を落とし、自身の握った拳を見た。
アイシャは、自分の村から外へ出たことがなかった。
ドリアードという種族は、全体的に外部との交流に慎重な種族だ。
今も強力な結界を張った森の中に暮らしている。
近年は王国と同盟を結んだため、王都から一部の人間がドリアードの村へ移り住んでいた。
しかし、アイシャの住む小さなの村の人口は、ほとんどがドリアードだった。……近隣の村も同様だと聞く。
アイシャは、顔を上げた。
「――私、外の世界に行きたいの! 運命の相手は、自分で選びたい! 元々、村の中でどうこうなる気はなかったし!」
村には同年代のドリアードの男の子はいないしね。
「お父さん、仕事で人間の街に行くことがあるでしょう!? 私も連れてって!!」
アイシャの父と母は「う~ん」と言いながら顔を見合わせていた。
やがて、アイシャの父が言った。
「アイシャ…………。ドリアードの森から出るには、“
「通行、手形……」
「これは父さんたちからはあげられない。……『精霊の木』と『長老』がくださるものなんだ。そしてこれは、なかなか得られないものなんだよ」
「えっ!」
(じゃあじゃあっ、どうすればいいのっ?! 村から出ずに、男の子と出会うためには、どうしたらいいの……?!)
アイシャは、頭を抱えた。
(体は村のまま、人間たちの街へは行けない、どうすればいいのっ?!)
そして、ひとつの可能性が閃く。
「あ………………。手紙、なら…………」
アイシャの母が言った。
「結婚する年齢は決まっているのよ、2年後の18歳。もし、それまでに相手を見つけられたなら――……」
「……うん!」
不安げな両親をよそに、アイシャは元気よく頷いた。
そしてこれが、アイシャの“運命の恋活動”の始まりであった。
***
それから――一年。
アイシャは手紙を送るように試行錯誤の日々を続けた。
魔法の勉強に励んだり、矢を作ってみたり、鳩を捕まえてみたり……。
最初は全く上手くいかず、失敗続きだった。
なんとか一部実用化できたのは半年前のことだ。
それから徐々に改良を重ね……今のような感じに至る。
――明日は、アイシャの十七歳の誕生日である。
そして三日後は、――精霊の木を
***
真夜中の森を、一人の少年が歩いている。
彼の白銀の髪は、夜の闇の中でも光って見えるかのようだった。
「村は……たぶんこの辺りだと思うんだけど――……」
少年は、夜空を見上げた。
それからまた、歩き始めた。
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