精霊の森でのんびり暮らしてたドリアードの私、結婚相手が決められてるなんて嫌なので、相手は自分でさがしにいきます!ヘタレ幼馴染と天然司祭様がそばにいるけど、私のことは好きじゃないはず…だよね?!
凪沙叶音
第1話 運命の恋、探してます!
鳥の羽が舞って、少女はその行く先を窓から見送る。
少女の指先から飛び立った鳥は、その足に手紙をくくりつけて、遠くへと飛んでいった。
「
アイシャ・クラネリアスは、両腕にたくさんの瓶を抱え、
アイシャが家から出ると、開けた視界が広がる。周りに遮るものは何もない。
青い空の下――
その海の中に、
玄関扉の前には、三畳ほどの木製の足場があった。
アイシャはそこへ立ち、晴れた空を見上げる。抜けるような青空は爽やかで、上空にはホワイトドラゴンが数頭飛んでいた。彼らの翼で、高く昇ったお日様は見え隠れする。
うららかな風が、新緑の中に花の香りを連れて、アイシャの
「ん~っ! 春っぽ~い! 週末の“
アイシャは荷物を足下に置くと、ぐんと伸びをした。その瞳は、芽吹いたばかりの若草のように輝いている。
もうすぐ、年に一度のお祭りの日なのだ。
そして明日は、アイシャの十七歳の誕生日もある。
春は嬉しいことがたくさんあるのだ。
両腕を広げると、爽やかな空気が胸いっぱいに入ってくる。
「いい匂い~!」
春の匂いがする――アイシャは思った。
森に囲まれたこの村は――むしろ森の上にあるこの村は、若葉の青い匂いと花の香りで満ちていた。
深呼吸で空気を堪能した後、アイシャは街の方角を探す。
「一本松、一本松……っと」
行ったことはないが、南には街がある。その目印として、南の遠くの山にある大木を、目印にしているのだ。
「……あれだね!」
一本松を見つけたアイシャは、背負っていた矢筒から矢を取り出した。弓は持っていない。アイシャの手には、矢のみが握られている。
「よ~し! いっくぞ~!」
アイシャは両足をしっかり踏みしめ、両手で矢を持った。
それから目を閉じ、魔法の呪文を唱える。
「――ハマドリュアスの姉妹よ、力を。イプターメノ」
たちまち、アイシャの両手からぱあっと光が生まれる。
白い魔法の光は、アイシャの手から離れ、頭上にとどまると大きくなっていった。その光はすぐに“弓”の形になった。
アイシャは目を開くと、満足そうに光の弓を見た。
(今日も上出来っ!)
すっと腕を上げると、その手に握られていた矢は、ふよふよと宙を浮かび――弓に収まった。
アイシャの手を触れないまま、矢は弦にかかり、発射の準備をする。
少し、お腹に力を込める。今度は手から光は出ないが――魔力を弓へと送る。
「いっけ~っ!」
アイシャの号令で、矢はピュンと素早く飛び出していった。――魔法の弓で、実在の矢を放ったのだ。
飛距離は長く――南の山の彼方へと、目で見えないほど遠くを目指し、矢は飛んでいった。
アイシャが次の矢を手に取ると、それもまたすぐに弓へと向かって浮かんでいく。この矢にもまた、紙がくくりつけられていた。
矢は再び先ほどと同じ方角へと飛んでいく。
それを、何度か繰り返した。
「よし! こんなもんかな!」
十回以上弓を射ったのち、アイシャは
アイシャはおでこに手を当てて、矢を飛ばした方角を見た。
青い空の下に、緑の山が広がっている。山の向こうはさらに山があって――その先は見えない。
朝の涼しい空気の中、ピチチチチ……と、
アイシャは目を懲らしてみたが、矢がどこへ着地したかは分からない。ある一点を目指して射ったわけではない。南へ――遠くへ飛ばしたいだけなので、これで良い。
「生き物には当たらないようにって“命令”はつけたけど……そもそも街まで届いてるのかな……?」
南の――街にさえ届けばいいのだ。
「ま! 今日も成功だよね! 次、次!」
アイシャは上機嫌で、くるりと後ろを向きながらしゃがみ込む。そして、荷物を――ボトルメールを抱え上げた。瓶の中は手紙が一枚入っている。アイシャの腕の中で瓶はぶつかり合い、カチャカチャと音を鳴らした。
そうしてアイシャは、玄関前の足場から繋がっている吊り橋へと、軽快に駆け出した。
カタコトカタコト、足が床板を踏む度に、乾いた木の音が鳴る。
橋は揺れるが、慣れているので気にしない。
「ふんふふ~ん♪」
アイシャは両手が塞がっているため、
目指すのは、村はずれの川だ。
川へは、吊り橋をいくつも渡り繋いで行く。
吊り橋は家と家の間をつないでおり――厳密には家の前の足場と足場を繋いでいる――ひとつの吊り橋の長さは、およそ五メートル程度のものから十メートル程度のものまで、ばらつきがある。
それを、橋、家、橋、家、橋の順で、通り抜けていく。
ということは、村人の家の前を通り続けるというわけで、アイシャはたびたび村人に声をかけられた。
「おはよう、アイシャちゃん」
「おはよう、おばさん! それ、薬草?」
近所のおばさんに声をかけられ、アイシャは足を止める。
見ると、おばさんは干し編みに木の根を並べているところだった。
「そうだよ。乾燥させてるのさ」
「いいね!」
「じゃあね」と言ってアイシャは手を振る。
おばさんも手を振り返してくれる。それを見て、アイシャはにっこりと微笑んだ。
再び小走りで吊り橋を渡る。
「おはよう、アイシャちゃん!」
「おはよう、おじさん!」
「やあ! 今日も走ってるね!」
「うん!」
出会う人皆に声をかけられ、そのたびにアイシャは返事をしていった。
川までは少し距離があるのだが、そうしているとあっという間で、アイシャは軽快な足取りで進んでいった。
橋の下には、低木がひしめいており、樹木の海となっている。
やがてその密度が緩やかになり、――そこが村の端だった。
地面へは、
高さ二十メートルほどの、木製の梯子だ。
アイシャはここで初めて、走るのをやめた。
梯子を掴むのに片手しか使えないため、ゆっくりと慎重に降りていった。
アイシャは、木が生い茂っている中を進んだ。
しばらく進むと、やがて小さな川に辿り着いた。
川幅は8メートルくらい。水深はこのあたりは1~2メートルくらいだろうが、上流にいけばもう少し浅くなるし、下流へ行けばもう少し深くなる。
川の上空は岸から延びた木の枝で覆われており、トンネルのようだ。
水面は明るい緑色――空を覆う緑の葉の色を落としているのだ――をしており、葉の間からキラキラと差し込む日の光はより一層明るい。日光は水面に反射し、辺りの緑を一層鮮やかにさせた。
「よいしょっ……」
数種の鳥の鳴き声と、ちゃぷちゃぷちゃぷと流れ続ける
川ギリギリまで草が生えているので、どこまでが地面か気をつけて、
水を見る。川の流れは、そんなに速くない。
(まあ、いつもと変わらないね)
アイシャは腕を伸ばすと、ボトルメールを一斉に川に落とした。ぼちゃぼちゃぼちゃ、と水音を立てて、それらは
「ふっふっふ……。頑張って見つけてきてねー!」
十本ほどだろうか――そのボトルメールたちは、カン……カン……と、ぶつかりあいながらぷかぷかと川面に浮かぶ。何度かぶつかると、やがれそれぞれ離れて、下流へと流れていった。
アイシャはその様子を頬杖をついて微笑んで見送る。
(ちゃんと栓も改良したしっ! ちゃんと全部沈まず浮いてるねっ!)
だんだん小さくなっていくボトルメールたちを、にこにこしながら見守っていると――、
「待てぇえぇぇーーーーーーーーっっ!!!!!!」
「きゃあああぁあああぁあぁああっっ?!?!」
がしぃっと背後から不意に腕を掴まれ、アイシャは悲鳴を上げて飛び上がった。
「なにっ!? なにっ!? なにーっ!?!? ……あ」
声の主はよく知っている人物だったため、アイシャはほっと胸をなで下ろす。
「び、びっくりしたぁ……。なぁんだ、キールか」
「はぁ……っ! はぁ……っ! はぁ……っ! も……もう、やっちまったのか?!」
そこには、幼馴染みの少年――キール・クナープが息を切らしながら膝に手をついていた。
キールは、アイシャと同じ十六歳だ。
走ってきたのだろう、
片手は今もアイシャの腕を掴みながら、肩を上下させ、荒い呼吸を繰り返している。
ほどほどに整った顔には元気な少年らしさが交ざっており、そんな彼が真剣な表情をしているのは珍しいことだった。
黒い瞳がじっと、真っ直ぐにアイシャを捉えている。
その瞳と目が合ったなら、普通の女子なら
「あ、“
アイシャは、けろっとした顔で、流れゆくボトルメールを指さした。
ボトルメールは下流へとどんどん流れている。
キールはそれを見るなり、地面に膝をついた。
「ぐわー! また間に合わなかったか……!」
「っとと……」
腕を引っ張られて、アイシャは屈んだ。
キールの顔を見ると、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
しかし、いつものことなのでアイシャは気にしない。
むしろ、彼が来る前に達成できたと喜んだ。
アイシャを引っ張ってしまったことで、キールは彼女の腕を掴んだままだったことに気がつく。その手をぱっと離した。
アイシャは、自由になった腕を腰に当て、言った。
「もーっ。キールってば、また私の邪魔をしにきたんだ!?」
「……っ! 当たり前だ! そーいうのやめろって、ずっと言ってるだろ?!」
「だーって村から出られないんだもん! 手紙くらいしか思いつかないし……! もう今日の分は全部送ったもんね! こないだみたいに止められたくないし! ていうかこないだのも、あのあとすぐ流したしっ!」
「ぐぬぬ……」
「ふふーん。キールには、このロマン・
アイシャは、その場でくるりくるりと回って言った。
初めの一言こそ抗議の口調だったが――すぐに笑顔できらきらとした表情に変わった。
「私はね、恋愛が、……そう! できれば“運命の恋”がしたいの! 手紙から始まる恋って、ロマンチックじゃない? 今日こそ返事が来るかもしれないしっ!」
言い終わると、「きゃーっ!」と頬に手を当て、アイシャはひとりで楽しそうにしている。
“運命の恋”――……。
そう。アイシャはこのために手紙を、伝書鳩・矢文・ボトルメールで飛ばしていたのだった。
アイシャの表情は夢見る乙女のキラキラなのだ。
「――……」
キールは、アイシャが話している間、むすっとした表情で黙って聞いていた。
……が、口の端を上げ、にやっと笑った。そして、からかうような口調で言った。
「……でも。まだ一回も、返事きたことないんだろ?」
「うっ」
「何百通も出したのに」
「うっ」
「やり始めて、もうすぐ一年経つけど」
「ううっ」
事実を指摘され、アイシャはふにゃふにゃと小さくなった。
そう、この手紙たちには、まだ一度も返事が来たことがないのだ!
手紙の内容は『未婚のイケメン募集・自分の状況・村の名前・アイシャの名前』が書かれており、それらは近隣の街を目指して放たれているが……一度も返事はない。
キールは、ふうっと息を吐くと、にかっと笑った。
「あーはいはい。……まぁ、……元気出せよ!」
「なんで笑ってるのぉ~っ?」
「効果がないことを思い出したからだ!」
「ひっひどい!!」
からからと笑いながらキールは、アイシャの頭をぽんぽんと撫で――髪から生えている花を触った。
桃色をした可愛らしい花が、髪の毛から生えている。花は大きいもので15センチ程度、小さいもので5センチ程度と、大きさにはばらつきがある。
アイシャの若草色の髪は、ふんわりとしたウェーブを描いていたが、それはくるりくるりとした
アイシャは、ドリアードだ。人間ではない。
ドリアードは、森の中で精霊の木を守って暮らしている種族である。美しい緑の髪から花を咲かせ、魔法が使える。彼女らの祖先は、植物の精霊だったのだという。そのいわれの通り、花を咲かせた美しい緑の髪の少女は、まるで森の一部のように馴染みながらも、どこか神秘的な存在感を放っている。
アイシャの
「………………」
急に押し黙ったキールを、アイシャは見上げた。
いつもどこからともなくすっ飛んできては、活動を邪魔してくる幼馴染みの男の子。
(きっとお母さんとかに、私の邪魔をするように頼まれてるんだ)
アイシャは、ぷくと頬を膨らませる。
「…………」
「…………?」
キールは黙ったままなので、アイシャは目をぱちぱちさせる。
「どうしたの、キール? もしもーし?」
顔の前で手を振ってやると、ようやくキールはハッとしたようだった。少しぼうっとしていたようだ。それが恥ずかしかったのか、少し顔が赤くなっている。
キールは慌てて少しのけぞると、腕で顔を隠した。
「かっ、帰るぞ!」
「なんなのー、もう! まぁもう目標達成したけどー!」
キールがアイシャの手を引く。
ふたりは歩き出した。
アイシャは歩きながら振り返り――川を再び見た。……ボトルメールはもう見えない。
(手紙たちが人に――できれば男の子に――届きますように!)
アイシャは、下流へ向かって小さく手を振った。
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